表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/71

祝福の鐘が鳴る街で

 光の眩しさにアマーリエは目を開けた。ぼんやりとした視界がだんだん鮮明になって、天蓋の模様が目に入った。傍らに小さな重みを感じてそっと目をやると、小さな赤児がすやすやと眠っていた。

「……おはよう」

 アマーリエは囁くように言う。

 体はいまだ重く鈍痛を訴えていた。けれども気持ちはとても晴れやかだった。そっと赤児を見つめる。

「奥さま、お目覚めですか」

「おはよう、アンネ」

「旦那さまとクラウスさま、フェリクスさまが先ほどからお待ちです」

 アンネが近寄り恭しく頭を下げた。アマーリエは頷いて微笑んだ。


 やがて扉が開き、先頭にエルヴィスとクラウス、そしてフェリクスが部屋に入ってきた。

3人並んで寝台の脇に集まる。

「体は……体は大丈夫か?」

 震えるその声に、アマーリエは頷いた。

「まだ起き上がるのは辛いけど、平気です」

「そうか……良かった……」

 エルヴィスが絞り出すように息を吐く。一歩引いた場所にいるフェリクスはアマーリエを覗き込むと気遣わしげに尋ねた。

「食欲はありますか? またオレンジを持ってきましょうか」

「ありがとう。お願いできると嬉しい」

 フェリクスもまた、安堵の息を吐いた。

「お母さま、大丈夫?」

「平気よ、クラウス。ありがとう」

 クラウスのやわらかな金の髪を撫でてやると、彼はくすぐったそうに笑った。暖炉の火が爆ぜる音がする。

 エルヴィスが手帳を開き、アマーリエにおずおずと見せた。たくさんの名前が書かれた中で、ひとつだけ丸で囲んである。

「名前を考えたんだ。アリーゼ、はどうかな? 君みたいに高潔な娘に育って欲しくて……その、どうだろうか」

「アリーゼ」

 アマーリエは舌の上で転がすように何度かアリーゼと噛み締めると、ふわりと微笑んだ。

「素敵な名前だと思います。エルヴィスさま、ありがとうございます」

「そうか……そうか」

 エルヴィスが感無量と言ったように頷く。クラウスがエルヴィスの影から覗き込んで恐る恐る赤児の指に触った。

「アリーゼ。小さい。僕がお兄さまだよ」

 そう言うと、赤児が目を開ける。フェリクスが覗き込んで、思わずというように声を上げた。

「わ……翡翠色の瞳だ。姉さま譲りですね」

「そうね。髪の色はエルヴィスさまに似ているみたい」

 アマーリエの声が優しい。フェリクスもその翡翠色の瞳を細めた。

「アリーゼ。あなたは今日からアリーゼよ」

 

 鐘の音が鳴り響いた。

 次々と連鎖するように街中の鐘が鳴る。

「この音……」

 驚くアマーリエに、エルヴィスが少し照れたように笑った。

「アリーゼの誕生を街中が祝福してくれているんだ」

 鐘の音に驚いたように、アリーゼが反応する。そのアリーゼの様子に、部屋の中は息を呑むように静まり返った。

「……泣かないな。やっぱり君のように誇り高い娘になるよ」

 エルヴィスが目元を和ませると、横たわるアマーリエの頬に口づけをする。

 ローゼンブルグ邸に、アリーゼ・フォン・ローゼンブルグが誕生したのだった。


 アリーゼを囲む穏やかな笑い声が、暖炉の爆ぜる音と混じり合っていく。

 窓の外では、いまもなお祝福の鐘が街の空を震わせていた。

 アマーリエは愛しい重みを感じながら、ゆっくりと瞼を閉じる。

 遠ざかる意識の中で、この幸福な音がいつまでも続くことを、彼女は願うのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ