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眩い光、深き影

 教授の単調な講義録が響く中、フェリクスは羽ペンを走らせる。

 その脳裏をよぎるのは、義兄が執務机で書類を捌く姿だ。一切の無駄がなく、冷徹なまでに正確。あの絶対的な強さがあるからこそ、姉アマーリエは心穏やかに微笑んでいられる。

(僕も、あんな風に……)

 不意に、隣でエルベアトがノートの端に描いた落書きが目に入った。それは複雑な鎖の紋様だった。

「エルベアト?」

「あ、悪い。集中してた?」

 エルベアトは慌ててその落書きを塗り潰す。その時の彼の瞳に宿った一瞬の暗さを、フェリクスは見逃さなかった。

「……婚約の話、本当は嫌なのかい?」

小声で尋ねると、エルベアトは困ったように眉を下げ、いつものふにゃりとした笑みを浮かべた。

「まさか。相手はブラウヴァルト侯爵家の令嬢らしい。格上もいいところだよ。ノイエラグーネ家にとっては願ってもない話さ」

 ブラウヴァルト侯爵家。

その名を聞いた瞬間、フェリクスの背中に冷たいものが走った。かつてライヘンベルグ伯爵家と密通し、フェリクスの実家であるリーヴェスヴィンセン家を追い詰めた黒幕の一角だと、義兄がこぼしていた名だ。

「……エルベアト。その縁談、少し慎重になったほうがいいかもしれない」

「フェリクス?」

「エルヴィスさまが言っていたんだ。今は平穏に見えても水面下ではまだ澱が溜まっていると。君を巻き込みたくない」

 エルベアトは数秒間、フェリクスを凝視した。やがて、彼はふっと息を吐き、机の下でフェリクスの腕を軽く叩いた。

「……お前の義兄さんは、お前にとっての『絶対』なんだな」

 その言葉には、羨望とも、あるいは警告とも取れる不思議な響きがあった。

「でもさ、フェリクス。光が強ければ強いほど、影も濃くなる。……あんまり眩しいものばっかり見てると、足元の影に足を掬われるぜ」

 その時、講義終了を告げる鐘が鳴り響いた。

エルベアトは足早に教科書をまとめると、「じゃあな、レポートは自力で頑張るよ!」と明るく手を振って教室を出ていった。

 一人残されたフェリクスの視線は、窓の外――遠くに見えるローゼンブルグ公爵家の壮麗な屋敷の方角へと向けられる。

 守るための力が欲しい。義兄のような、誰も寄せ付けない絶対的な力が。

 しかし、先ほどのエルベアトの言葉が、耳の奥にこびりついて離れなかった。



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