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氷解のティータイム

エルヴィスは執務室で仕事をしていた。山とあった決裁待ちの書類が、次々に処理されていく。そのスピードに、エルヴィス自身がいちばん戸惑っていた。

「アンゼルム……」

「クラウスさまは、奥さまと庭を散歩されています」

 アンゼルムが淡々と言う。エルヴィスは頷いて、再び書類に向き合う。

 いつもは執務室にクラウスがいた。クラウスの相手をしながら、合間に執務を行うという方が合っていて、仕事に集中できるのがなんだか変な気がするのだ。

「休憩なさいますか?」

「ああ、そうする。クラウスのところに……」

「すぐ紅茶をお淹れしますね」

「……ああ」

 いつにないアンゼルムの強引な言い方に、エルヴィスは黙った。アンゼルムは優雅な手つきで紅茶を淹れた。

「旦那様、どうぞ」

「……ああ」

 深みのあるまろやかな味がする。ふと、リーヴェスヴィンセント家でご馳走になったハーブティーを思い出す。追い詰められていた自分にとって、とても温かく優しい味だった。

「アマーリエは……良い人、だな」

 ぽつりと零すと、アンゼルムははい、と生真面目に頷く。

「旦那さま、奥さまを離してはいけません」

「なんだ、藪から棒に」

「出過ぎた言葉だと承知しておりますが、どうかお離しすることないようお願い申し上げます。ローゼンブルク公爵家にとって必要な方です」

「そうだな……」

 繊細な美貌とは裏腹な、率直な物言いをする人だと思う。だが、身投げしようとしていた自分を見つけて、家に連れて帰ってくれた。クラウスにも良くしてくれて、いくらお礼を言っても足りない気がするのだ。あの日、自分はもういっぱいいっぱいになっていた。クラウスを連れて身を投げようとするほど視野も狭くなっていた。

 それを止めてくれたことには、感謝の気持ちしか浮かばない。

 不思議なひとだ、とエルヴィスは思う。彼女のはっきりした物言いの前では、なにが間違っていて正解だったのかを思いしらされる。

「アマーリエになにか贈りたいのだが……」

「それなら、ドレスなどはいかがでしょうか。既製品ばかりです。オーダーメイドをお作りした方がよろしいかと……結婚式も既製品でしたし」

「そうか……そうだな。都合をつけてデザイナーを呼んでくれるか」

「畏まりました」

 その時トントンとノックがなされた。

「入れ」

「失礼します」

 誰かと思えば、開いた扉の隙間から、アマーリエとクラウスの笑顔が見える。エルヴィスは慌てて立ち上がる。

「クラウスさまから、お父さまにお土産を届けにきました」

 アマーリエが微笑んで、クラウスの手に薔薇を一緒に握らせた。エルヴィスは二人のそばまで歩いていき、薔薇を受け取る。

「その……ありがとう」

「いいえ。クラウスさまが差し上げたいとおっしゃったのですよ。ね、クラウスさま」

「あう、ぶー」

 クラウスも機嫌よく笑う。貰った薔薇を活けてくれるようにアンゼルムに頼むと、アマーリエが微笑んでエルヴィスを見上げた。

「お仕事中ごめんなさい。クラウスさまのお顔を見て安心されました?」

「……した。アマーリエ、いまちょうど休憩していたんだ。その……一緒にお茶はどうだろうか」

 思い切って誘うと、アマーリエはにっこりと微笑む。

「休憩中なら喜んで。いまお庭を見せていただいたんですよ。とても素敵でした。ね、クラウスさま」

 腕を伸ばせば、アマーリエもエルヴィスにクラウスを渡す。ずっしりとした重さが腕にかかる。本当にこの子を連れて身を投げるなんてことをしなくて良かった、と心から思った。クラウスの頭を撫でてから、アマーリエに腕を差し出す。

 エスコートですね、とアマーリエが笑う。窓からは明るい日差しが差し込んでくる。

 アンゼルムとアンネがお茶の用意をしてくれたのを見て、エルヴィスはアマーリエをエスコートしたのだった。

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