花というものは(4)
再び、楓先生の所へ来客が訪れた。
現れたのは、左金吾よりやや背が低く、肉付きのよい丸っこい体つきの侍であった。
月代は少し伸びて手入れが疎かな様子で、顎には薄らと無精ひげが浮いている。着ている服も袴も、よく見れば継ぎ接ぎだらけの有様であったが、その風貌からは、何とも言えぬ人懐っこさと、お人好しそうな気質が滲み出ていた。
その侍は、手に抱えた一鉢を宝物のように大事そうに抱えていた。それは、珍しい斑入りの花菖蒲であった。
「やあ、みなさん。お揃いですね」
その侍は、屈託のない笑顔でそう言うと、誰に遠慮することもなく、勝手にその場へ腰を下ろした。
「はい、皆様、こんにちは。私が水野宗次郎です。どうぞよろしくお願いします」
宗次郎はそう名乗ると、すぐにお菊の方へ向き直った。
「お菊ちゃん、見ておくれよ。ようやく手に入れたんだ。この葉の入り方、実に見事だろう?」
宗次郎は、自身の身なりの貧しさなど微塵も気にする様子はなく、ただ手元の一鉢を慈しむように見つめている。左金吾はその様子に、初対面ながら不思議な親近感を覚えた。
「お菊さん、このお方が……」
左金吾が小声で尋ねると、お菊は少し困ったような、それでも楽しそうな顔をして頷いた。
「ええ、左金吾様。このお方が、楓先生の仰っていた斑入り好きの水野様です。……相変わらず、お花のことになると周りが見えなくなってしまうのですから」
「おやおや、宗次郎様。またそうして、真っ先にお花のお話から始められるのですか。まずは冷めないうちにお茶をどうぞ」
楓先生が苦笑しながら茶を差し出すと、宗次郎はようやく、そこに新しい顔があることに気づいたようだった。
「おっと、失礼。……もしや、貴殿が例の『花菖蒲の若様』ですかな?」
宗次郎は目を輝かせ、左金吾をまじまじと見つめた。
「お初にお目にかかります 私は四谷の水野家跡取りの水野宗次郎と申します。植物全般を集めていますが こと、斑入りの植物となると目がなくて。おもとやヤブコウジだけでなく、ギボウシ、カエデ、君子蘭、ツワブキなど、その他、 花なら何でも白い斑が入っているものには目がなくて。お恥ずかしいことながら 、私は代々貧乏旗本であります。貴殿と違って家が 無役のため、なかなか生活も苦しいのですが、父と母と妹と暮らしております。以後お見知りおきください」
そして、左金吾は、あらためて姿勢を正して
「ご丁寧なご挨拶痛み入ります。私は、麻布桜田町の久松松平織部が一子、松平左金吾と申します。花菖蒲 が専門ですが、植物全般は大好きです。こちらこそどうぞよろしくお願いいたします」
と述べ、軽く会釈をした。
そうこうしているうちに、宗次郎は自分の席であろうところに座り配られた花を愛でながら、生け花を始めた。
そうして、宗次郎も花を生け終わり、楓先生の添削を受けて、雑談に花が咲いた頃、ふと宗次郎が左金吾に問うた。
「ところで、左金吾殿、ずばりそこものにとって、「花」とはなんですか?」
突然の問いに、左金吾は戸惑った。
「花とは、ですか…」
そういえば、左金吾は生まれてこの方、「花」とは何か、について考えてみたこともなかった。
父は旗本とはいえ左金吾の生まれる前から花菖蒲を育てていた。言ってみれば、花に囲まれすぎていたのだ。
左金吾が答えに窮していると、
「私は、「花」とは、愛おしいもの、です」
お菊が笑顔で応えた。きっと草花を育てている草盆栽の花をイメージしたのだろうか。
「「花」とは、「癒し」ですかね。毎日、お店に買いに来てくださる御婦人方を見てると、安らぎの為に買われる方が多くありやす」
さすが助六は花屋だけある。見方がお菊とは別のものだ。
宗次郎はうんうん、と頷く。
最後に、楓先生は、
「私は、もちろん、愛おしい、癒やし、であるとは思うのだけど。「花」とは、人の写し鏡だとおもいますわ。本当の意味の花とは違うかもしれないけど、私にとっては「花」は「いけばな」に通じるし、「いけばな」は「いける人」の心を映すといわれているの」
左金吾がどういう事ですか?という顔をしているので、さらに楓先生は
「「いけばな」というのは、その時のいけるひとの心情や考えを投影してるといえるの。不安な気持ちを抱えている人がいければそんな作品になるし、気持ちが軽やかな人がいければ、それはまた軽やかな作品になるの。その時の心の状態がでるのよ」
左金吾は、どきっとした。昨日の襲撃による動揺が、先ほどの自分の作品に投影され、楓先生に見透かされたのではないか、と。それを察して笑顔で楓は続けた。
「左金吾様は、大丈夫ですよ。お花に何も現れてなかったわ。」
左金吾は胸をなでおろした。
そして、宗次郎は改めて左金吾にむきあい、
「では、お尋ねした拙者がお答えせぬのも、道理が通らないので。拙者の意見を申し上げる」
そう言って、宗次郎はにやりとした。
「ずばり「花」とは「人」である」といった。
左金吾、お菊、助六はすこし肩すかしにでもあったような顔をした。
楓先生は普段からその言説を聞いているようで、さもありなん、というような顔をしてる。
そして、宗次郎はさらに、
「「花」とは、生まれて、地に根を張り、そして、立派に花を咲かせる、そして、子を成し、代を継ぐ」
一息ついて、更に、
「時には変わり種もでる。それは花だったり葉だったり。人もまこと同じ。多種多様な性格の人がこの世に多くいる。そして、なかには変わった御仁もいらっしゃる」
例えば、私や左金吾殿の様に、と言った。
宗次郎はまたしてもニヤリとした。
確かに。
左金吾もそう思う。
私も父も、こと花菖蒲の交配や育種に関しては、少し変人と言わざるを得ない。それは、自分でも自覚している。
宗次郎は、しっかりと左金吾をみて、
「そして、拙者は、その個性を大切にし、さらに特殊な斑入りという突然変異ともいえる植物を収集しているのです。特殊であるがゆえに弱く儚くもあるのですが、それらにも人と同じ一生があります。それらの個性を多くの人に知ってもらい、花としての美しさを備えている、そう伝えたい」
と、その想いを語った。
水野宗次郎は、花や植物について並々ならぬ熱いものがあるようだ。彼は聞けば、葉に斑入りのものをとてよ好んで集めていて、それで、知り合いの絵師に写生させているのだとか。
左金吾は、花に対して、もっと言えば、花菖蒲に対してそこまで熱く語ることはない。単純に好き、という想いしかない。同じ旗本でも、出世とは違うまた別の旗本としての生き方を感じた。
宗次郎が話すことには、宗次郎の高祖父がなにか失態をして、俸禄米を取り上げられてしまったそうだ。しかし、水野家といえば、神君家康公に通ずる親戚筋。改易とはならなかったらしい。そして、それ以来、拝領屋敷はあるものの、扶持米がない旗本なのだという。そこで、一家で内職をし、糊口をしのぎ暮らしているのだとか。そして、生きるのに辛かったときも傍らに花があったから、凌げたのだという。
「左金吾殿、私はね、花に魅せられ、そこから斑入り植物に魅せられ、今があるのです」
己の生き方にはどうやら得心している様子の宗次郎であった。




