9.妄想族過激派の襲来②
はい、やって参りました恒例イベント。学園のヒロインと言えば避けては通れぬ道。王道中の王道。熟読した“野の花~”にも登場するシーン!
「貴方、先日ウィリアム様と親しくお話されていたんですって?二人で出掛けたとか??」
「クレア様の婚約者という事は当然ご存じですわよね?」
「御恩あるクレア様の大切な方に擦り寄るなんて…貴方、恩を仇で返すおつもりなの?」
時は放課後、場所は人通りの少ない教室。目の前にはこちらを睨めつける女生徒達。
お察しの通り、絶賛絡まれ中です。
当然“クレア”は関わっていないわよ。何が悲しくて自分で自分を虐めると言うの?あと、そんな事する取り巻きもいないわ。くすん。
先日三人で行ったカフェの帰りがけに私が化粧室に行っている間、ウィリアム様とリリアが二人でいる所を見られたらしいという事はアンリから聞いていた。“リリア”が絡まれる事もあるだろうとアンリと対策を練っていたのに、今日に限ってアンリはお休み。間が悪いわね。仕方がないから腹を括って丸腰で闘いに挑むわ。わくわく。
戸惑いの表情を浮かべつつ彼女達を観察すると、見た事のあるご令嬢方ばかりね。同じクラスや下の学年の方々まで。派閥は違えどいずれも高位のご令嬢だわ。でもいつもと髪型や化粧を変えてらっしゃるのはどういう事かしら?ともかく、誤解は訂正しなければいけないわね。
「お話にあったカフェにはお義姉様と三人で行きました。やましい事は何も。」
「まぁ!口答えなさるの?」
「そんなつもりは…。あの、お姉様が何か仰っていたのですか?」
何も言ってないのは分かっているわよ。私の事ですもの。でも彼女達は「クレア様は告げ口のような真似はなさいませんわ。」としながらも続けた。
「最近お休みの時間もお一人で過ごしているようで…きっと心を痛めているのです。」
それはリリアで過ごしてる時間の事ね。
「授業中もどこかぼんやりと考え事をされてたり。」
リリアとウィリアム様が接触しないように対策を考えてた時のお話かしら。
「ウィリアム様の事をじっと見つめてらっしゃったり。」
そうなの!?それについては全く自覚なかったわ。私は何をしているのかしら??
それにしてもよく“私”を見て下さっているのね。そんな細かな所まで。感動して思わず涙ぐんでしまう。私にもお友達がいたみたい!
「何をしてるんだ!?」
狙ったように登場したのはウィリアム様。後ろには何人かの女生徒がいるわ。彼女達が連れてきたようだけど、出来ればもう少しお友達の言葉を堪能したかったわ。
「大丈夫か!?」
そう言ってウィリアム様が駆け寄って来た。額に汗する彼を見て何だか胸がぎゅっとなったわ。ここにも心配してくれる人がいたのね!
「私にもお友達がいたようです…!」
「?あぁ、彼女達が案内してくれたんだ、大丈夫かク…るしくないか?リリア嬢。」
そう言われて自分が今リリアである事を思い出した。危なかったわ!感動し過ぎて一瞬意識が飛んでいたわね。ウィリアム様グッジョブですわ。
「ウィリアム様、何も問題ありません。至らない所をご指導頂いていたんです。」
「泣いているじゃないか!」
「これは感動の涙です!!」
「そ、そうなのか…?」
ウィリアム様ったら心配症ね。出来ることならこの感動を分かち合いたい所だけど、ままならない物ね。リリアのお友達にも感謝しないといけないわ。
そう思って改めてウィリアム様の後ろの方々を見ると、こちらは比較的爵位の低いご令嬢方だわ。でも何故そろりそろりと後退して行くのかしら?。そして何人かが“私”のお友達と拳を握って合図を送りあっている。ん?あれはリリアの友人Aでは?
何かしら、この既視感。これはもしかして、と思った瞬間
「では、指導は終わりましたので、これにて!」
誰かがそう言ったかと思うとドン!と背中を押された。吃驚して転びそうになった私を「危ない!」と、ウィリアム様が抱きとめる。その間に「キャ───っ!」という奇声を残してズザザザ!とあっという間に誰もいなくなった。
やっぱりね!ヒロインが絡まれてると見せ掛けての、妄想族過激派の襲撃第二弾ね。いつもと違う様相は身バレ防止だったんだわ。流石高位のご令嬢方、抜かりないわ。それにしても前回からのバージョンアップが凄まじいわね。何人参加してるのかしら。
「…何だったんだ…?」
ウィリアム様、巻き込んで申し訳ありません。私のせいじゃないけど。それにしても彼女達の行動力たるや。学年も派閥も爵位も超える連携プレーって凄い事よ。
混乱するウィリアム様と感嘆する私。その横をひゅうっと風が抜け、遠くで鳥が鳴いた。そして未だ抱き止められている事に気づく。
突然、私の心臓が暴れ始めた。ウィリアム様が触れているそこかしこから鼓動が聞こえてくる。耳元でも鳴っているよう。何なの、コレ!?顔も手も、身体中が熱いわ!
この時私は初めて気づいたの。資料室でもカフェでも、ヒントはたくさんあったのに現実から目を背けていたのね。何時からなのかしら。自分でも気づかないうちに
奇病に侵されていたんだわ!!
その事実に気づいた私は、ウィリアム様からそっと距離をとり、頭を下げる。
「助けて頂いてありがとうございました。申し訳ありませんが、用事がありますので失礼します。」と言って早足にその場を立ち去った。ウィリアム様は「あぁ」と言っていたけど、どんなお顔をされていたのか見ることは出来なかった。
まだ鼓動が早いし、身体中熱を持っている。熱のせいか、ふわふわとしている。まだ、ウィリアム様がそこにいる気がするの。掴まれた腕や背中に添えられた手、頬に触れた胸板。全て感触が消えないわ。
私が死んだら、ウィリアム様は悲しんでくれるかしら…?ふとそんな事を思った。