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ペルシアンラヴ   作者: 藤原去鬼(ふじわらさき)
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ペルシアンラヴ 5

もう、寝てしまっている参加者もいた。

 「はっはっは、もしも私の話に興味を持ったら、帰国後にインターネットでいろいろ調べてみてください」

 「いろいろ聞いていたけれど、あなたの話でよりはっきり分かりました。私は年寄りですが、少しでも今の世の中をよくするのに貢献したいと思っています、とても参考になった。ありがとう」

 吉田のご主人が笑顔ながら、穏やかな声で、しかし、きっぱりと言った

 小堀さんも頷いている。時武さんは「う~ん」と唸っていた。

 森村親子は熟睡。村中は横を向いていた。みゆはうんうんと何度か頷いていた。

 「やっぱり世界平和よねー」と小さな声で言った。

 ほかの人たちは寝ていた。


 「いや、こちらこそありがとうございます。さて、イスラーム側にも問題は多々あります。産油国の王族の自分らだけよければいい、金ならやるよという姿勢。いくら妨害されていたとしても、自分たちの力でちゃんとした政権を樹立できない各国の情けなさ…それもISというバケモノが出てきた原因です」

「そして世界的な経済格差と差別から、不満を持った各国のイスラーム系の若者が続々とISに加入しています。原水爆から日本では『ゴジラ』という怪獣を産み出しました。ISも出現すべくして出現したと思います。ISは今の世界が産み出した存在です。最初の映画『ゴジラ』では、ゴジラが倒された後、最後に志村喬演じる学者が言います。『私はあれが最後のゴジラとは思えない』と」

 「たとえ武力でISを潰しても、また次のISが出てくるでしょう。テロリストを弾圧しても、殺してもなにも変わりません。テロの起きる原因を解消しないとダメです」

 「…お休みの方も多いようですが、もう少しだけ続けます。

ISはとても胡散臭い存在です。原理主義者だったら、激しいイスラエル批判を繰り返すはずなのにしない。戦場ではイスラームでは厳禁の麻薬を使っているという噂もある。とても奇妙なのは、ISの『資金源』とされる、石油の密輸でISから買っているのは誰か、ということをマスコミがまったく調べないことです。資金源を断つべきなのではありませんか? ロシア軍機がトルコ空軍に撃墜されたとき、お互いに『ISから石油を買っている』と言い合いをしましたが、これも世界のマスコミは真剣に扱わなかった。いったいどうなっているんでしょう。

宗教者として見ても、ISはクルアーンを部分的に拡大解釈していて、反イスラームとさえ言えます。クルアーンをよく読むと、『捕虜を殺してもよい』ということも出てきますが、『可能なら放免してやれ、それが最善』とあります。酷い女性虐待、そして、異教徒だけでなくスンニ派の従わない人々も虐殺…そんなことを神が許されるでしょうか」

 「ISなどが行っているテロについても、少し申し上げましょう。そして、どうしたらテロをなくせるか」

「一般人に対して行われるテロは卑劣、愚劣かつ最悪です。実行した人間は絶対に天国へなんかいけるわけがない。神がそんなことをお許しになることはまったくない。『一般人に対する自爆テロ』は、もうずいぶん前に、サウジなどの神学者により『ファトワ(イスラームの教えに鑑みた声明)』において、認められないと発表されています。その結果、パレスチナではなくなりました。…しかし、イラクやシリアでは、いっこうに止みません。ISも相変わらず奨励し、実行させています。

自分に直接、縁もゆかりもないものを『敵全体の一部』と勝手に判断して襲う。教われた人はなにがなんだか分からないうちに落命する。誰かが言っていました『人は殺されるとき、相手の目を見ながら殺されたいものだ』と」

「イスラーム世界の、世界に対する怨念の蓄積もそれ以前からありましたが、さらに911に際して、『対テロ戦争』をぶち上げたブッシュ政権の思惑が、ISを産みだし、育て、今花咲かせているとも言えます。

これも911という事変に対する、一面的な見方に過ぎませんが、『東西冷戦』が終わってアメリカの軍部と軍事産業、いわゆる軍産複合体は困惑しました。敵が消滅してしまったら、戦争の可能性がなくなったら、自分らも縮小を余儀されなくなる。出世も既得権益もなくなる。リストラもある。

そこで『新しい敵』が必要だった。そして、うまいこと『テロリスト』という次の敵が見つかった。相手が国単位であれば、勝敗で戦争は終わる。しかし、テロリストには国境はありません。「テロ」の細胞が育ち得る土壌があれば、どこでも存在します。そのすべてをどうやって殲滅するのか。『終わりのない戦争』の始まりです。しかし、武力だけでは勝利できません。細胞を潰しても潰しても培養されるフィールドがある限り、新たなテロリストが育ちます。それををつくったのは誰か。

そもそも911当時は『国際的で強大なテロ組織』なんて現実にはありませんでした。だいたいイスラーム側にそんな国際的なテロのネットワークを構築する力はありませんでした。…ある意味では情けないことですが…そんな力があれば、近代以降に欧米側に対抗することが、もっといろいろ出来たでしょう。

でも『アメリカの敵』としては『強大なテロ組織』が必要だった。それはまた政治基盤の強化にも好都合だった。テロへの恐怖を煽ることで、国民を締め付ける愛国者法という法まで立法することが出来た。そんなことのためにアル=カイダは恣意的に強大なテロ=ネットワークとされた。今でもアル=カイダは、巨大な残像を保っています。しかし、実際には、各地にあるテロ団体のようなものが、緩いつながりを持っているだけです。

さて、テロの要因をもうひとつ。ヨーロッパ各国のアラブからの移民二世たちも皆、経済格差にあえいでいます。かつてヨーロッパが好況であったときに移民しましたが、今では世界的な経済不況と格差で移民系以外の若者たちでさえ就職難です。それが移民系だと、既にその国の国籍を持っていても差別されます。

どんなに勉強をしても、どんなにがんばっても報われず、まともな就職も出来ず、途方に暮れています。将来の夢をなくした彼らは過激派に接触し、取り込まれます。そしてまた移民ではなく、イスラームと縁のなかった、しかし、今の社会では報われない貧しいヨーロッパ人の若者たちまでもが、ISに参加しているのが現状です。

地上軍を派遣すれば、さしあたってISを撃破することは可能でしょう。しかし、それも実現しない。…もっとも、力でISを撃滅しても、また次の過激派勢力は現れます。


解決方法は、簡単です。努力した者が平等に報われる社会、また弱い者が生きていける社会を実現することです。そうすればテロなんか起きるわけがない」

 「しかし、それは今の世の中では不可能でしょう。残念ながら。

では、次に取るべき手は…」

 「ひとつには、スンニ派とシーア派の和解でしょう。これは、本当はイスラームのなかから、そういう動きが出ないといけない。サウジとイランが本来は進んでそうすべきです。しかし、現実は…サウジがイランと国交断絶したりしている。どちらもイスラーム世界の覇権を得たいからです。イスラーム内部からは無理というなら、ローマ法王でもいい、仏教の徒でもいい。誰か仲裁の労をとれないものか。無意味なカトリックとプロテスタントの争いを終わらせたように、止めさせなければならない」

 「…そんなことも含めて『新しいイスラーム』も出てこないといけない。ISとはまったく正反対の…いや、本来のイスラームはもっと素晴らしいものだと私は信じています」

 「そうしたイスラーム内部からの力も絶対に必要ですが、テロ根絶には、世界の多くの人が人ごととは思わず、自分のことだけを考えず、少しであってもできることを始める必要もあるでしょう。非道なことが行われているのを知らんふりしていてはダメです。やがては自分に降りかかってくる。このままだと世界全体がもっとひどいことになるでしょう」

 「…パレスチナで自爆テロが頻発していたころ、実行者は優秀で真面目な青年が多かった。彼らは真面目だからこそ、家族のために、仲間のためにと思って、いちばんやってはいけないことをしてしまった。ひとりひとりのことを調べるごとに、私は残念でなりませんでした。今、行われている自爆テロは、ほとんどが強制、あるいは年少者をだまして、といった卑劣なやり方、または命と引き換えに家族へ大金を、といったものとなっていますが、自発的な実行者たちへは本当に言いたい。『死ぬ覚悟があれば、死ぬ気でほかのことをやれ! 』と、絶対に許しがたいことですが、なにがそこまで彼らを追い詰めたのか、とも思います…」

 …沈黙がしばし続いた。


 荒木は噴き出た汗を拭いた。

 「…では、これで終わります。後、三〇分くらいで昼食の場所に着きます。ありがとうございました」

 まだ、起きていたメンバーから、拍手がぱちぱちと起こった。

 優が目を覚まして、目をしばたたかせていた。


 バスが止まったのは、道路の両脇に家々が集まっただけの、本当に小さな街とも言えない街だった。あまり近代的な感じではない。ひと昔前の日本の自動車修理工場のような店が二軒並んでいて、その脇に小さなレストランがあった。看板も手書きのようで、文字自体がよく読めない。入って行くと、肉屋みたいなガラスケースがあって、そこに練られたひき肉が金属のケースの上にラップされて盛られていた。閉口したのはハエの大群。ぶんぶんと大群で舞っている。周囲は荒れた土地ばかりなのに、いったいどこから湧いてくるのだろう。

 しかし、荒木は喜悦の表情で奥から出てきた店主と話し始めた。そして、メンバーを店に招き入れた。

 「それでは皆さま、昼食です。きれいな店でなくて申し訳ありません。でも、味は保証しますよ」

奥には縁台のようなところに何重にも絨毯が敷かれていた。荒木は皆を招じ入れると、自分はどっかりと縁台に乗ってあぐらをかいた。

「はい、すいません。私からもお詫び申し上げます。どうしてもドライブの日は、こういう小さな街で食事をとらざるをえなくなるときがあります。でも、料理はちゃんとしたお店ですので、ご安心ください」

田中がいたら、たいへんな騒ぎになっていただろう。佐々木が困る顔を見なくて済んで、本当によかったと陽一は思った。皆、眉をひそめながら手でハエを払い、奥へと入って来る。最後のひとりが入ると佐々木がドアを閉めた。これでハエ軍団は一応閉め出した。

ほどなく、肉の焦げるいい香りがしてきた。

佐々木は店主を手伝いながら、ラップされた大皿を運んだ。最初の食事と同様に、山盛りの白いご飯の頂点だけに、黄味がかったごはんが少し乗っている。

「串焼き肉のケバブは最初と同じでご飯の下にあります。どうぞお召し上がりください。この店の肉の質と熟成の具合は最高です。これだけのケバブは滅多に食べられません」

陽一は、荒木がそういうのなら間違いないだろうと、ラップをとって、フォークでご飯の下からケバブを掻き出し、食卓にあったスマッグ(香辛料)をたっぷりかけた。

ひと口食べた。

こ、これは…美味い! 大げさに言うと、今まで食べた肉料理のすべてが走馬灯のように脳裏をよぎったかもしれない。神戸牛のステーキ、黒豚のチャーシュー、地鶏の炙ったささみ、燻製のソーセージ、母親のロールキャベツ、日本の一流ホテルのローストビーフ、学生時代に大好きだったとんかつ、初めて食べた鳥のぼん尻…肉料理のループが限りなく続いた。しかし、このケバブはそれを上回るかもしれない。羊肉の臭みは混ぜられた香辛料で、逆に旨味となっている。肉汁は多過ぎも少な過ぎもなく、しかし、肉自体の旨味が脳まで喜ばせる。なんだか、原始の時代に、やっと獲物を仕留めてかぶりついた原始人の気持ちが分かった気になった。噛みしめるほどに、笑顔になってしまう。

村中は夢中で平らげている。みゆが自分の分を村中の皿に入れても見向きもしない。優も笑顔で食べていた。

「いかがですか。美味しいと思いますが」

…しかし、黙々と食べている男性陣に比べて、ご婦人方は明らかにひるんでいた。吉田さんの奥さまは「荒木さんが言っていたのはこれなのね」とイランでの初めての食事の際の荒木の言葉を思い出していたが、「美味しい」と言いつつ、なかなか食が進んでいなかった。

「すいません。シラーズでは、またご馳走が出ますから、無理に食べられなくとも大丈夫ですよ」

そう言うと。佐々木は女性にフルーツジュースのパックを配り始めた。

「はい、これで少し足しにしてください。男性の方でも欲しい方はご遠慮なく」

それから、チャイも出た。トイレ休憩を経て、だいたい一時間でまたバスに乗り込んだ。


再び、荒木が話し始めた。

「次は三〇分ほどで、パサルガタエに到着します。アケメネス朝ペルシャの開祖、『大王』と呼ばれるキュロス二世の墓が残る、アケメネス朝最初の首都です。キュロス大王は『ファールス』と呼ばれるシラーズを中心とした地方の出身で、『ファールス』とはペルシャの語源となっています」


 しばらくしてパサルガタエに着いた。道路からすぐのところに、朽ちた石の世界が広がっていた。

「足元に気をつけてどうぞ」

でも、遺跡と周辺はきれいに整備されていて、歩きやすかった。いくつか小さな建造物が残されていたり、列柱が残されていたりするのが見えた。チケット売り場の前を通り、遺跡のなかへと入って行く。

「はい、こちらへどうぞ」

石で築いた基礎の上に、小さな石の小屋のようなものがあった。

「これがキュロス大王の墓です。紀元前六世紀に活躍したキュロス大王は、メディアをこの地で打ち負かして都を建てました。そして、オリエント世界に大帝国を打ち立てました。既にお話ししましたが、聖書にも記されている『バビロン捕囚』という故実ですね。五万人に及ぶユダヤ人を救出したと言います。このことでも分かるとおり、キュロス大王は仁慈に厚い王でした。その統治については、アレクサンダー大王も範としたと言います」

そこで荒木は陽一に目くばせした。なるほど、確かにペルシャは野蛮で退廃した国ではなさそうだ。 

 アレクサンダー大王は近年にも映画になっているけど、キュロス大王なんて聞いたことがない。世界史は勉強したのに…高校を卒業すると、受験には関係ないので、すっかり忘れてしまったようだ。しかし、欧米のエンタ系の映画って、今でも歴史を捻じ曲げているんだなあ。映画の通りだと思っていたら、昔から欧米ばっかりが正義ってことになってしまう。

 そんなことを考えているうちに、写真撮影の時間も終わり、バスへと戻った。

 

 「皆さま、いらっしゃいますね。いない人はいませんね」

 と手のひらで人数を数えながら荒木が言った。

 「さあ、次はいよいよ旅のハイライトのひとつ、ペルセポリス遺跡です。だいたい一時間くらいで到着します」

 ペルシャ…キュロス大王…どんな国だったんだろう。どんな人がどんな風に暮らしていたのだろう。今までは、歴史というと数字と言葉の連なりにしか思えなかったけれど、こうして考えると、もっといろいろ知りたくなってくる。

 「え~ペルセポリスというのはギリシャ語です。『ペルシャ人の都』という意味です。イランでは『タフテ・ジャムシード』と呼ばれています。伝説の王ジャムシードの玉座という意味です。実際にここを築いたのは、キュロス大王から二代後のダレイオス一世です。

彼は、西はエジプトから東はインダス河という、さらに広大な帝国を築き上げます。そしてパールスの地にペルセポリスの建設を始めました。紀元前六世紀の終わり頃です。ここは一般的な都ではなくて、祭祀と政治のための都市でした。だいたい一時間半くらいの観光となります。トイレはありますから、ご心配なく」

 バスは遺跡の前に到着した。石造りの踊り場のようなところの先、階段の前でチケットを佐々木から渡された。

けっこう暑い。三〇度くらいありそうだ。

 「ここはちょっとスゴイから、しっかり見てねー」(つづく)

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