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きゅう。

いくつかご指摘があり、修正いたしました。

ご指摘、ありがとうございました。281.31

 落ち着いてきたとはこの事なのではなかろうか。そう思わせるほど彼女に対して不安はなくなってきていた。びくりとも震えない彼女もまた、不安を読み取れないのでそうではないかと思っている。


 あれからミシィの手を借りてなんとか普通の対応になった。三日を使っての判断だ。なぜそんなにも日が必要かと言うと、やはり対話の壁があったからだ。


 普通なら表情を見て察しは付くだろう。しかしイルグルムは仮面をつけているため表情を伺うことが出来るわけがない。そうなるとレスティ(仮)もまた相手がどう思っているのかなど分かるはずもなく―――様子を探っては自問自答の繰り返し。結局はいつまで経っても不安のまま。


 そしてイルグルムの方もまた表情の読み取りを勘違いしていたために落ち着けないでいた。ミシィの手を借りてレスティ(仮)の表情を伺うがおろおろと落ち着きがなかったり不安が募ってか萎縮したり。はてはイルグルムの声に弾かれるように体が跳び跳ねたり。


 怖い思いをさせているとしか思えずさすがに王命と言われても続行は厳しいのではないかと思われた。


 しかし救世主は傍にいたのだ。イルグルムに対しては強い言葉で嗜められてしまうがレスティ(仮)に対しては優しく取り繕った。


 彼女が忙しなく表情を変えたら傍に歩み手を握る。萎縮し始めたら肩を抱き距離を詰める。体が跳び跳ねたら前から抱き寄せ背中を優しく撫でてあやす。


 どれも優しい表情で『敵ではない』と体全体を使って表現し、まるで母のようにレスティ(仮)を包むその姿は聖母か。残念な事にイルグルムはミシィの性格を知っているので聖母か云々は思ってもおらず遠い目で見ている。仮面様々だ。


 とにもかくにも、ミシィのおかげでレスティ(仮)との距離は離れずにすんだ。突発な事や驚かすような事をすれば縮こまってしまうが、一つの絵本を覗くために頭を寄せるほど二人の仲はいい。


 そして―――理解力が高いおかげか賢いレスティ(仮)は数個の単語を鼻濁音ではない普通の発音でするようになっていた。



「いー、ぐ。みいー。うぇふぉん。おうぞ。ましゅしゅ」

「イーグ、ですよ」

「いぅぐ」

「イルグルム」

「いぐうむ」

「イルグルム、貴方の名前をこれらイグウムにしては?」

「なぜそうなる」



 どうも、まだきちんとは言えないらしい。最初の頃に比べて確実に言葉の理解もしているのに自分が発する声はまだまだだと頬を押さえて落ち込むレスティ(仮)。


 これでも三日と言う短い期間で覚えようとするのは早いとイルグルムは思っている。子育てをした事がないので物覚えの速度は分かってはいないが。それでもレスティ(仮)の理解力は凄まじいと感じ取っている。


 何を言っているのか分からなかったはずなのに、今では雰囲気でそれとなくわかっているようなのだ。もちろんイルグルム―――と言うよりミシィがそう言う配慮をしているから騒動と言える問題もなくレスティ(仮)は言語を汲み取っていった。


 簡単に言えば言葉の数を減らしただけだ。長い台詞をぺらぺらと喋るより、一つの言葉を教えて身ぶり手振りで補助すればいいと言う運びになったのだ。


 それが功をなしたのか、たまにちぐはぐなやり取りをしてしまうが概ね動作や少し大袈裟な顔の表情などで伝えられた。少なくともレスティ(仮)には覚える意欲があるため少なからず順調に進んでいる。


 ミシィが提案しただけに、彼女の助力は大いに助かっていた。イルグルムだけでは距離が広がって近づくことだけでも困難になっていただろう。


 では、ミシィにすべて任せればいいのではないかと本人に委ねようとすれば綺麗にバッサリと切られたものだ。やはり敵わないな、と思うのは不甲斐なさもあって口にはしない。


 ミシィを主流にこの三日で覚えさせようとした単語は『イルグルム』『ミシィ』『絵本』『王女』『魔術』である。先ほどレスティ(仮)が放った言葉だがまだまだだ。


 名前はなぜかミシィが張り切って一番に教えようとしていた。何故なのだろうかとイルグルムは素朴な疑問だったので聞き返せば「あんたって呼ばれたいの?ちょっとそこのとか、呼ばれたいの?」といつもより三割増しに凄んで言ってきた。


 もちろんそれは嫌である。誰が好き好んで「そこの」「お前」「あんた」「ちょっと」など呼ばれたいか。小さな疑問だったがなかなかに大問題だったと少したじたじになりながらようやくレスティ(仮)と発音練習を始めたのだった。そんな姿を見てミシィがほくそ笑んでいた事を二人は知らない。


 と言うことで手始めに五つの単語。『イルグルム』の名前を重点的に繰り返し、『ミシィ』を呼ばせるために使ったり今までの使用頻度から『絵本』を掲げて挿し絵を指さしなら『王女』を覚えさせ、この世界で知らない者はいない常識の一つから『魔術』を発音させる。


 時に休憩を挟んで疲れを癒しつつ、ミシィが手取り足取り表情で誉めたり叱ったりと順調だ。レスティ(仮)もまたイルグルムにはまだ戸惑いを見せつつもミシィをしっかり食い入るように捉え学ぼうと努力していた。



「イ・ル・グ・ル・ム」

「い、む、ぐ、う、る」

「イーグ、だ」

「いーむ」

「イーグ」

「いーる」

「イ・ー・グッ!」

「いー、ぐ!」

「もう少しだな」



 一つ一つを発音させると何となく発音ができているような気がした。今まではどことなく鼻濁音が耳につくがそれほど酷くはない。それでもまだ他の単語には鼻濁音が酷いが。


 それでもめげずにやろうとする姿勢はイルグルムの心を動かせた。拙すぎるが義母以外にこんなに異性と言葉を交わしたの事はない。ミシィは数少ない言葉を交わせる異性ではあるがここまで相手と話したいとは思わなかった。


 ようやく聞ける声は少し強ばった優しい声。高い声だが心地よい響きは嫌ではない。そして何より唯一の愛称を呼ばれた時が少しだけ心が踊る。もっと声を聞きたいとも思う。


 少しばかり変化した心に気づいてはいるものの、これを明確に表せる表現は今のイルグルムには出来なかった。ただかつてない穏やか気持ちに浸っていたいと言う心は素直にレスティ(仮)の練習を受け入れられて楽しむ。


 こんなに楽しめるようになるとは思わなかった。同じ事を何度も何度も続けさせられているのに頑張ってくれるならばそれに答えたいとは思う。本当によく挫折もせずに続けられるものだ。


 しかし………なんだろうか。イルグルムはこの三日で言い現せられない感情も浮き出てきた。


 相手は少女だと言うが、言葉を教えるのに物を見せて示したり自ら発音してみたり。まるで赤子に教え込むようなものではなかろうか………なんとなく離れない所感がちらついてやりにくかったりする。



「そろそろ次に行きましょうか」

「は?次?次があるのか?」

「すでに十日すぎて缶詰ですから。息抜きは必要でしょう」

「………護衛は私か」

「当然です。私は後ろに控えていますから今日は西の庭園へ行きゆっくりと過ごされてはいかがでしょう?」

「本当にそれだけか?」

「あわよくばそこにある花や木の呼び名など教えて差し上げればいいかと」



 すでに決定しているらしい。レスティ(仮)にまた迎えていない昼をするためにティーカップを顔まで掲げて微笑んだ。きょとりとした表情で首を傾げる姿は『わからない』と言う合図だ。


 ミシィは微笑んだまま指先を扉に向ける。そしてティーカップをもって飲むふり。あっちで飲む、と言う手振りでそれを伝える。


 そしてレスティ(仮)は少し考える素振りを見せて今まで使っているテーブルを指差し、両手を交差させて×印を。そして扉を指差してからカップを持って飲むふりをした。最後に首を傾げて合っているのか聞いている。


 これがようやく築き上げてきたやり取りだ。喋れないと言うだけでここまで面倒だとは思わなかった。また、面倒ではあるが伝えられる、伝わる事がすごく魅力を感じた。


 このように女性と接していたら少しは会話が出来ていただろうか………いや、出来ないだろうと思い改める。


 これは環境が整ってこそ、お互いを見て相手にうまく伝える根気も必要だし何より読み取る強い意思がないと成立しない。ただ手を指したりするだけでは当然伝わらない。次々と手を動かしても伝わらない。お互いを知っていなければ奇行な行動だろう。


 知らなければ、知ろうとしなければ分からない声のない会話はとても不便だ。それでも理解しようとする心がけ一つで世界は変わる。なんて―――目が離せない世界なのだろうか。


 動き踊る心の名前は知らないが今わかった事がある。もう少し、早く彼女と出会いたかった、と。そうすればきっと………会話が楽しいと、早く気づけたに違いない。彼女限定でそれはとても素晴らしい事だとイルグルムは仮面の下で微笑む。


 ミシィが微笑んで大きく頷けばレスティ(仮)の表情が綻んだ。やはり窮屈な思いをさせていたのだとすぐに反省する。


 では行こう。西の庭園は少し歩かなくてはならない。人目がつかないようなルートをイルグルムは知っているので迷うことはない。すぐに立ち上がって動き出す―――が、ミシィが邪魔をするかのように立ち憚った。


 なぜか先ほどの微笑みとは打って変わって眉間のしわが酷い。眼光も鋭い。何かを訴えている。イルグルムを盾にレスティ(仮)に見えないように立ち憚るから明らかにイルグルム一人に怒っている。そしてイルグルムは自分になぜ怒っているのか、分からなかった。



「ご令嬢をエスコートするのが紳士ではなくて?」

「……………………………………………………そう、だな」



 ドスの効いた声はどこから出しているのだと聞きたいくらい低い。険しい表情も合間ってさらに凄みを増す。魔力なしで威圧だけで人を昏倒させるのではないかと思わせるそれはイルグルムに有無を言わせない。


 振り替えって手を差しのべ、それを戸惑いながら手を重ねる二人。


 たどたどしく二人ともが躊躇いながら手を取り合って移動する姿はなんともぎこちなく………慎重に動こうと強ばったイルグルムと緊張のせいかガチガチに固まった体で動くレスティ(仮)になんとも言えない。


 ようやく手を繋いで並ぶ二人を見てミシィはただ思う。



「これ、一から十のすべてを私が誘導しなきゃならないのかしら………」



 影ながら支える役目を背負う者として、まだ日は浅いがいつまでこの進展がなかなか発展しない二人を支えなければならないのか………強行手段を考えてもいいのではないかと。歯がゆい気持ちでミシィはため息を短く溢した。


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