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第1話 残り三十分

 死ぬ直前まで、俺は明日の一限を休むかどうか考えていた。


 雨で休講にならないだろうか。出席回数には、まだ余裕があったはずだ。念のため、友達に資料だけ頼んでおくか。


 次の日になれば忘れてしまうようなことばかりだった。


 バイトを終え、自転車でいつもの交差点へ入った。信号は青だった。


 右側から白い光が迫り、遅れてブレーキ音が聞こえた。


 次の瞬間には、身体が宙へ浮いていた。


 痛みはなかった。ただ、濡れたアスファルトが妙に近く、街灯の光が水たまりの中で揺れていた。


 そこで、俺の記憶は途切れた。


     ◇


 目を開けると、すべてが白かった。


 天井も壁もない。地平線さえ見えないのに、背中には硬い床へ寝かされている感触がある。


「……何だ、ここ」


 声は普通に出た。


 身体を起こしても、頭や腕に痛みはない。服装はバイト帰りのままだったが、雨に濡れていたはずの上着は乾いていた。


 胸に手を当てる。


 鼓動がなかった。


 息はできる。苦しくもない。それなのに、胸の中だけが静まり返っている。


「嘘だろ……」


「どこだよ、ここ!」


「お母さん! お母さん、どこにいるの!」


 周囲から、いくつもの声が重なった。


 俺以外にも人がいた。正確な人数は分からない。数十人どころではなく、100人近くはいるように見えた。


 スーツ姿の男。病院着の老人。制服姿の女子高校生。裸足の子ども。外国人らしい人間も少なくない。血の染みた作業着を着た者や、片手に手錠をぶら下げた男までいる。


 泣いている者、自分の身体を何度も確かめている者、何かの撮影だと叫びながら走り回る者。


 俺は立ち上がろうとして、膝にうまく力が入らなかった。


 交差点。迫ってきたライト。宙に浮いた身体。


 思い出した途端、喉の奥が冷たくなった。


 俺は死んだ。


 それ以外の説明が思いつかなかった。


「あれ……何?」


 誰かのかすれた声に引かれ、周囲の視線が一斉に同じ方向へ向いた。


 白い空間の前方に、女が立っていた。


 白い布をまとい、腰よりも長い髪を垂らしている。ただし、大きさがおかしい。建物の3階か4階ほどの高さがあり、集められた人間をまとめて見下ろしていた。


 顔立ちは整っているように思えた。


 目を逸らし、もう一度見ると、どんな顔だったか思い出せない。美しかった気もするし、白く塗り潰されていたような気もする。両腕は確かに2本あるはずなのに、背後の影だけが何十本にも枝分かれしていた。白い衣の裾は床へ垂れず、重力に逆らうように上へ流れている。


「女神……?」


 誰かが呟いた。その呼び方は、驚くほど簡単に人々へ広がった。


「女神様だ」


「これ、もしかして転生じゃないか?」


「異世界転生ってやつ?」


 歓声さえ上がった。


 巨大な女は口を動かさなかった。それでも声が聞こえた。頭上からでも、耳元からでもない。頭蓋骨の内側へ、直接流し込まれてくるような声だった。


『地球上における生命活動の終了を確認しました』


 騒いでいた人々が静まった。


『これより、次生体の構成を行います』


 次生体。聞き慣れない言葉だった。


『各自に付与された功績点を使用し、身体、能力および携行物を選択してください』


 女が片手を上げる。


 俺の目の前に、半透明の板が現れた。驚いて一歩下がると、板も同じ距離を保ったままついてきた。空中に浮かぶ画面らしい。


 中央に、大きな数字が表示されていた。


 ――保有功績点:100


「100……」


 思わず声が漏れた。周囲でも次々と声が上がる。


「俺、280ある!」


「420!」


「760って出てるんだけど!」


「何したらそんなにもらえるんだよ!」


「90しかない……」


「俺、35だ。何かの間違いだろ」


 数秒前まで、同じように死んだ人間だったはずだ。それが数字一つで、もう上下に分かれ始めていた。


 高い数字を持つ者は画面を見せびらかし、低い者は身体で隠す。


「功績って、徳みたいなものか?」


「善行ポイントだろ」


「100しかない奴って、どんな人生送ってきたんだよ」


 近くで笑い声がした。


 俺は反射的に画面を隠した。100が多いのか少ないのか分からない。ただ、胸を張れる数字ではないらしい。


 大学へ通い、バイトをして、友達と遊んだ。困っている人を見れば、余裕がある時には手を貸した。命を懸けて誰かを救ったことはないし、世の中を変えたこともない。


 悪人ではなかったと思う。だからといって、善人だと言い切れるほどでもない。


 俺の人生なら、こんなものなのかもしれない。


『制限時間は、地球時間で30分です』


 画面の上部に数字が現れた。


 29:59


 29:58


 一秒ずつ、確実に減っていく。


「待ってくれ!」


 スーツ姿の男が巨大な女へ叫んだ。


「次はどんな世界なんだ。先に説明しろ!」


『選択を開始してください』


「元の世界へ戻る方法は?」


『選択を開始してください』


「転生しないという選択はあるのか!」


『選択を開始してください』


 声も調子も、まったく変わらない。質問へ答えていないというより、最初から質問というものを認識していないようだった。


 俺は諦めて画面へ目を戻した。項目は3つ。身体設定、異世界能力、初期装備。


 まず身体設定を開く。


 名前と年齢が表示された。


 瀬川直人《せがわなおと》、20歳。


 その下に数字が並んでいる。


 身長、173センチ。


 体重、62キロ。


 筋力、47。


 持久力、43。


 敏捷性、51。


 器用さ、54。


 知能、55。


 感覚、49。


 免疫力、46。


 精神安定性、48。


 容姿、52。


 運、50。


 推定残存寿命、61年。


 ほとんどが50前後だった。50が平均なら、驚くほど普通だ。持久力が少し低く、器用さと知能が少し高い。それも、自分で納得できる程度の差だった。


 試しに、筋力の横にある矢印を一度押す。47から48へ上がり、功績点が100から98へ減った。


 元へ戻すと、功績点も100へ戻る。逆に筋力を46へ下げると、功績点が101になった。


「自分の能力を売れるぞ!」


 誰かが叫んだ。周囲で一斉に画面を操作する音が鳴り始めた。


「本当だ。身長を下げたら増えた」


「器用さなんかいらなくない?」


「寿命10年で20ポイント以上になる!」


 嫌な予感がした。


 試しに筋力を1まで下げてみる。


 画面へ赤い文字が表示された。


 ――自発呼吸に重大な支障が発生する可能性があります。


 すぐ元へ戻した。


 単なるゲームの数字ではない。数値を下げれば、本当に身体が変わる。


「身体の細かい部分まで売れるぞ!」


 少し離れた場所で、若い男が声を上げた。身体設定の下にある詳細項目を開いている。


「骨格強度を下げるだけで、かなり増える。どうせ身体強化を取るんだから、元の骨なんて最低限でいいだろ」


「赤い警告が出てるぞ」


 隣にいた友人らしい男が画面を覗き込んだ。


 骨折、胸郭変形、内臓損傷。


 離れた俺の位置からでも、赤い文字が並んでいるのが見えた。


「こういうのは、能力を組み合わせろってことだよ。先に削って、後から強化すれば得になる」


 男は増えた功績点で、身体強化の項目を選んだ。


 必要条件の欄には、筋肉量、骨格強度、魔力器官と表示されている。そのうち2つが赤く染まっていた。


「条件、足りてないじゃないか」


「推奨だろ? 取れたんだから使えるって」


 男は笑って確定欄へ触れた。


 最初に、膝が折れた。


 転んだのではない。


 立っている自分の体重に耐えられず、脚の骨が内側から崩れた。


 乾いた音が続く。


 腰が沈み、背骨が曲がり、胸郭が自分の内臓を押し潰していく。


 男は声を上げようとした。潰れた胸から、空気だけが漏れた。


 身体強化は発動しなかった。


 男は白い床へ崩れ、そのまま動かなくなった。


 笑っていた友人たちは、しばらく反応できなかった。数秒遅れて、悲鳴が上がる。


「戻せ! 元に戻せよ!」


 巨大な女は動かなかった。


『確定後の再構成は、本人の選択として処理されます』


「条件を説明してなかっただろ!」


『必要条件は表示されています』


「読める時間なんてないだろ!」


『本人の選択として処理されます』


 別の場所では、老人が口を開けたまま倒れていた。筋力か持久力を下げすぎたらしく、呼吸ができずに痙攣している。


 周囲の人間が助けようとしたが、触れることはできなかった。一人ひとりの間に、透明な壁のようなものがある。


 誰にも助けられない。歓声は消えていた。


 画面上の数字だけが、淡々と減り続けている。


 26:38


 俺は異世界能力を開いた。


 最初の画面には、知っているような言葉が並んでいた。


 火魔法。


 水魔法。


 剣術。


 治癒魔法。


 鑑定。


 収納。


 身体強化。


 魔力強化。


 本当に異世界へ行くのなら、まず魔法だろう。一瞬だけ、そう考えた。


 火魔法Ⅰ。必要ポイント20。


 俺の100ポイントでも取れる。


 詳細を開く。


 ――魔力器官:未所持。


 ――魔力知覚:未所持。


 ――熱耐性:不足。


 ――発動媒体:未所持。


 すべて「推奨」と書かれている。必須ではないらしい。


 だからこそ怖かった。


 取得はできる。


 使えるとは、どこにも書かれていない。


 画面の右下に、小さな数字が見えた。


 1/9,846,211


「……は?」


 1ページに20個。それが、9,846,211ページ。


 指で横へ送る。2ページ。3ページ。10ページ。100ページ。


 高速で送ると、数字は一気に進んだ。


 382。


 1,804。


 7,291。


 それでも全体の1%にも届かない。


「ページ多すぎるだろ!」


 誰かが叫んだ。


「全部見られるわけない!」


「検索はある!」


「何て調べるんだよ!」


 検索欄へ「強い」と入力する。


 検索結果、83,462件。


 何の役にも立たなかった。


 次に「不死」と入れる。


 完全不死。


 条件的不死。


 肉体不死。


 精神不死。


 擬似不死。


 死後活動。


 死亡延期。


 死亡回避。


 死亡概念希薄化。


 似たような名前が、数千件並んだ。


 完全不死は1,800,000ポイント。肉体不死は420,000ポイント。条件的不死は説明が長すぎて、読むだけで数分かかりそうだった。


 死亡延期は12ポイント。安い。詳細を開く。


 ――致命傷を受けた際、死亡成立を最大30秒間延期します。


 延びるだけだった。30秒後には死ぬ。


「時間停止、99,999ポイントだってよ!」


「取れるわけないだろ!」


「おすすめ順に並べろ!」


「おすすめの上位、全部100,000ポイント以上だ!」


 焦りが周囲へ伝染していく。


 泣きながら画面を連打する者。高価な能力を得るため、寿命を何十年も削る者。聞いたことのない技能を、説明も読まずに確定する者。


 俺も画面を送り続けた。100ポイントで取れる最強の能力。安くて便利な抜け道。何百万件もあるのなら、どこかに一つくらい存在する気がした。


 だが、探す時間がない。


 22:06


 まだ22分ある。


 そう思った直後、22分しかないのだと気づいた。


 一秒で一件確認しても、全体のほとんどを見ることはできない。最強を探している間に、何も決められないまま終わる。


「そこの人」


 隣から声をかけられた。


 30歳前後の女性だった。紺色のスクラブを着ている。


「運は、下げない方がいいと思います」


「運?」


 俺の数値は50。試しに49へ下げると、3ポイント増えた。他の能力より高く売れる。


「理由は?」


「分かりません」


 女性は即答した。


「分からないからです。影響範囲の説明が曖昧すぎる。身体も、最低限の呼吸と循環と免疫は残した方がいいと思います」


 周囲の人間へも注意を向けながら話している。


「医療関係の人ですか」


「看護師です。久保田《くぼた》といいます」


 久保田は自分の画面を見せることなく、近くで混乱している老人へ声をかけ始めた。


 透明な壁があって触れられない。それでも呼吸の仕方や、画面の数値を戻す方法を伝えようとしている。助けられる保証などない。それでも放っておけないらしい。


 俺は運の項目から手を離した。


 残り20分。


 欲しい能力を探すのをやめ、必要なものを検索する。


 言葉。


 水。


 食料。


 怪我。


 病気。


 寒さ。


 危険。


 最初は「言語」。


 翻訳系だけで30,000件以上表示された。


 完全言語理解、1,200ポイント。


 全種族言語、800ポイント。


 異世界共通語理解Ⅰ、10ポイント。


 日常会話と簡単な読み書きが可能。ただし、専門用語や古語、未知言語には対応しない。


 十分だったので、それを選択する。


 次に「生存」。


 生存術Ⅰ、12ポイント。


 飲めそうな水、簡単な野営場所、基礎的な火の扱いを判断する知識。ただし、異世界固有の動植物には対応しない場合がある。


 完璧ではないが、何もないよりはいい。


「危険」で検索する。


 危険察知。


 危機感知。


 敵意感知。


 殺意感知。


 致死性察知。


 災害予感。


 死亡予兆。


 不吉感知。


 一つずつ説明を開いては閉じる。危機感知は戦闘中のみ。殺意感知は、殺意のない動物や罠には反応しない。死亡予兆は、自分の死の10秒前に通知するだけだった。


 危険察知Ⅰ。必要ポイント15。


 ――周囲に生命または身体機能を損なう可能性がある場合、不快感として通知されます。方向、距離および内容は通知されません。


 曖昧だが、対象範囲は広い。選択した。


 環境適応Ⅰ、18ポイント。


 ――周辺環境への生理的適応を緩やかに促進します。即効性はありません。適応過程に発熱、疼痛、倦怠感を伴う場合があります。


 役に立つかは分からない。それでも、異世界という言葉には一番合っている気がした。


 近くでは、大学生くらいの男が雷魔法の一覧を開いていた。


「こういうの、読んだことあるんだよ。異世界なら、序盤は火力を取るのが正解だろ」


 雷魔法Ⅱの欄には、魔力器官未所持、回路耐久不足という警告が並んでいる。


 男は気にした様子もない。


「知識があれば制御できる。電気系は専門だし」


「警告くらい読め」


 槍術の説明を読んでいた若い女性が、横から低い声で言った。


「取れるのと、使えるのは違うだろ」


「魔法を取らずに、槍術なんか選んでる人に言われたくないけど」


 男は鼻で笑い、雷魔法の説明へ目を戻した。


 残り15分。


 俺も身体設定へ戻る。能力だけを得ても、身体が弱ければ死ぬ。


 身長を173から168センチへ下げる。4ポイント増えた。


 体重は62から60キロへ下げたところで止める。それ以上は筋肉量や内臓容量へ影響するという警告が出た。


 容姿を52から48へ下げる。


 顔面の対称性、肌、毛髪、声の快適性。生存へ影響が少なそうな項目だけを選び、2ポイントを得た。


 自分の顔がどう変わったのかは分からない。今は鏡を見たいとも思わなかった。


 最後に、推定残存寿命。


 61年。


 あと61年、生きられた可能性があったらしい。


 数値を一つ動かす。


 56年。


 6ポイント増えた。


 5年間。


 大学へ通ってきた時間より長い。


 遠い未来の5年間と、これから数時間を生き延びるための6ポイント。


 指が止まった。


 俺は20歳だった。一度死んだばかりなのに、次の人生の寿命まで売ろうとしている。


 馬鹿らしくなり、わずかに笑った。


 それでも確定した。


 今度は、明日まで生きたかった。


 使える功績点は114。


 そこから、持久力を43から49へ上げる。免疫力を46から52へ。筋力を47から49へ。感覚を49から53へ。精神安定性を48から51へ。


 敏捷性、器用さ、知能、運には触れなかった。


 平均より少し丈夫で、少し気づきやすい身体。それだけで26ポイントが消え、残りは88になった。


 異世界共通語理解Ⅰ。


 環境適応Ⅰ。


 生存術Ⅰ。


 危険察知Ⅰ。


 簡易止血。


 痛覚・ショック耐性Ⅰ。


 そして、短槍術Ⅰ。


 剣術より安く、棒状の道具にも一部応用できると書かれていた。武器を持った経験などないが、素手よりはましだと思った。


 すべて選び終えると、残りは16ポイント。


 そこで初めて、画面上部にまだ開いていない項目が残っていることに気づいた。


 初期装備。


 短槍術を選んでも、槍そのものが付いてくるわけではない。


 そんな当たり前のことを、残り時間が少なくなってから理解した。


 背筋が冷えた。


 衣服、無料。


 丈夫な衣服への変更、1ポイント。


 革靴、2ポイント。


 水袋、2ポイント。


 小型ナイフ、5ポイント。


 薄手の毛布、4ポイント。


 火打ち道具、3ポイント。


 保存食3日分、6ポイント。


 鉄剣、15ポイント。


「装備が別にあるぞ!」


 少し離れた場所で、誰かが叫んだ。


「そんなの最初に言えよ!」


「もう全部能力に使った!」


 能力を確定した人間たちが騒ぎ始める。一度確定した能力は取り消せない。


 俺は水袋、小型ナイフ、火打ち道具、薄手の毛布を選び、衣服を丈夫なものへ変更した。食料まで取る余裕はなかった。


 残りポイントは1。


 画面の隅に、小さな文章が表示されている。


 ――未使用の功績点は保留されます。


「保留すれば、後で使えるんですか!」


 誰かが女へ尋ねた。


『使用可能な環境下において使用できます』


「それはいつですか!」


『使用可能な環境下において使用できます』


 また同じ答えだった。


 1ポイントで取れるものを検索する。


 右利き補正。


 口笛技能。


 爪の成長促進。


 小石鑑定。


 一種類の昆虫に対する好感度補正。


 どれも必要とは思えなかった。


 残り1分。


 周囲は地獄になっていた。


「待って、まだ決まってない!」


「治癒魔法に魔力器官が必要って、今気づいた!」


「体重を戻せない。ポイントが足りない!」


「誰か、どれを選べばいいか教えて!」


 泣き声と怒鳴り声が重なる。


 久保田が周囲へ声を張っていた。


「身体設定を確認してください! 筋力、体重、免疫を下げすぎないで! 確定前に警告を読んで!」


 先ほどの若い男は、雷魔法Ⅱを選択していた。警告欄は消えていない。


「先に敵を殺せばいいんだよ。結局、こういう世界は火力だろ」


 外国人の女性は、言語能力と地図作成技能を何度も比較している。中年の男は、斧術、縄術、生存術を選んだ後、初期装備の食料と毛布を確認していた。


 若い女性は、敏捷性を上げる代わりに体重と骨格強度を削っている。剣術の一覧だけを、迷いなく見ている青年もいた。


 全員が、自分の次の人生を30分で作り直していた。


 00:10


 俺の画面に、最終確認が表示される。


 身長、168センチ。


 体重、60キロ。


 平均より少し丈夫な身体。


 異世界共通語。


 環境適応。


 生存術。


 危険察知。


 簡易止血。


 痛覚とショックへの耐性。


 初歩の短槍術。


 水袋。


 小型ナイフ。


 火を起こす道具。


 薄い毛布。


 そして、未使用の1ポイント。


 強くはない。


 魔法も使えない。


 転生特典と呼ぶには、あまりにも地味だった。


 それでも、俺にはこれ以上の答えを出せなかった。


 00:05


 確定を押した。


 身体の奥が、一瞬だけ熱くなる。


 周囲で悲鳴が上がった。間に合わなかった人間たちの画面が赤く染まっている。


『制限時間が終了しました』


「待って!」


『未確定の設定を、現在の状態で確定します』


「まだ体重が3キロのまま――」


 男の身体から肉が消えた。


 知能を下げたまま操作できなくなっていた女性は、焦点の合わない目で立っている。


 魔力出力だけを膨大に増やした少年の胸が、内側から青白く光った。その光に、細い亀裂が走る。


 俺は目を閉じた。


『次生体の構成を完了しました』


 巨大な女の声は、最初から最後まで変わらなかった。


『転送を開始します』


「どこへ行くんだ」


 思わず尋ねた。


 返事はなかった。


 白い床が消える。


 足元がなくなり、身体が落ちた。周囲の人間たちも、叫びながら白い暗闇へ沈んでいく。


 最後に見えたのは、俺たちを見下ろす巨大な女だった。


 顔は、やはり見えなかった。ただ、その口元にだけ細い裂け目が走っていた。


 笑っているように見えたのは、落下する恐怖がそう思わせただけかもしれない。


 次の瞬間、俺は冷たい泥の中へ叩きつけられた。

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