5 とても貴重な白魔法
兵隊さんの顔色を見たニリンダさんが、慌てた様子で首をかしげます。
「変ね……」
釣られて、私もそちらのほうに視線を向ければ、ニリンダさんのいいたいことが伝わって来ました。頭の傷が治ったというのに、兵隊さんの苦しそうな顔色は、全然よくなっていないんです。額に浮かんだ脂汗と、歯を食いしばるためにこわばった口元は、治療する前とおんなじです。
『足が……熱い』
はっとしました。
跳ねるようにして、兵隊さんの足元に近づくと、私は恐るおそる脛あての留め具に手をかけます。そうして、慎重に脛あてを取り外していきました。左足に異常は見られません。
「何をしているの?」
怪訝な様子でニリンダさんが私を見て来ましたが、それに構わずに私は右足の脛あてに移ります。そうして、こちらを外したとき、顔をしかめたくなるような悪臭が漂って来ました。フライパンをからだきしたときのような熱のにおいと、お肉よりもはるかに原始的な何かを、誤って焼いてしまったかのような不自然な悪臭です。
正直、吐き気がしましたが、今はそれどころじゃないと私は必死に声を上げます。私の声は裏返っていました。
「ニリンダさん、これ!」
私は急いでニリンダさんに、兵隊さんの足を見せたんです。
「何よ、これ。重症じゃない!」
兵隊さんの右足は、ふくらはぎの部分がひどく焼けただれていたんです。皮膚が泡立つようにふくれており、内側からはじけるように破れてしまった部分からは、まだ熱を帯びた体液が、じゅくじゅくと染み出していました。はっきりいって、あんまり直視したくはない光景です。息が吹きかかるだけでも、激痛が走ることでしょう。それとも、脛あてと足が、熱で結合しなかったことを喜ぶべきなんでしょうか。私には分かりません。
私はニリンダさんが、もう一度白い魔法を使ってくれることを期待していました。
ですが、ニリンダさんは私の目を見ると、重苦しい表情で首を横に振っていたんです。このときばかりは、いくらおバカな私でも事情を察することができました。
(そんな……。まさか、もう魔法は使えない?)
思えば、私が体を見ることにどぎまぎとしていた兵士の方に対して、ニリンダさんは白魔法を使おうとはしていません。
なぜ、使わなかったのか。
ずばり、答えは単純です。白魔法に必要なエネルギーを、節約しなければならなかったからでしょう。ちょっぴり頭がよくなった気分なので、しばらくの間、現実逃避もかねてどやらせてください。
大怪我を負った人に白魔法を使うために、ニリンダさんは力を温存していたんです。ということは、すでに力を使ってしまったニリンダさんは、もう……。
私は息を飲んで、横たわる兵隊さんの足を見つめました。
緊張で鼓動がどんどんと速くなっていきます。私は最悪の事態を、想像してしまっていました。
「ほかに、どなたかいらっしゃらないんですか!?」
「……無理よ。ここには、私を含めて術医が3人しかいないの。どこも手いっぱいのはずよ。シャーロットさんが間に合ってくれれば、助けられるでしょうけれど……」
その語感から、術医ということばが、白魔法を使って患者を助ける癒し手のことだとは、さすがに私も理解できました。
「たった3人……」
私のことばに、ニリンダさんが悔しそうに唇をかみました。うっすらと血がにじんでいます。
「そうよ。だからこそ、聖女であるシャーロットさんを、派遣してもらえるように頼んだの。でも、間に合わなかった。到着する前に、争いがはじまってしまった」
「どうにかならないんですか?」
「それは、逆に私があなたに聞きたいわ。修繕薬師として、どうにかできない? あなたにも医学の知識があるんでしょう?」
「そんな……」
この世界にとっての治療行為が、超自然の白魔法であることは分かりました。そして、それが大変貴重であることも。
そうであるならば、軽傷者に対する治療には、別のアプローチが用いられているということです。それが、おそらく先ほどから連呼されている、修繕薬師という方々なんでしょう。薬師は看護師のように、術医を手助けする立場の方たちなんだと、今さらながら私も理解しました。
ですが、当然、ただの中学生である私に、医学の知識なんてありません。せいぜい鼻血の止め方を知っているくらいです。あとは、タンスの角に小指をぶつけたときの対処法でしょうか。よくぶつけるんですよ、私。行動するタイプの妄想家なので、落ち着きがないんですね。……だれか私をまともなレディーにしてください。
それでも、私は思ってしまっていたんです。
もしも、この兵隊さんが私を呼んだのだとすれば、私にはこの人を治せるだけの力が、備わっているということになるんじゃないでしょうか。私にはニリンダさんとおんなじように、白魔法の力が宿っているんじゃないでしょうか。
そう思ったんです。
お手数ですが、ブックマークと評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。
次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




