第23話 王女と剣の手合わせ
第二王子マヌエル視点
「あの、第一王女殿下に剣を向けるのは不敬になりませんか?」
目を瞬いたヴァレリオが急に不安そうな表情になって言った。
利かん坊なヴァレリオでも、その辺りはやはり気になるようだ。
「そのようなこと、気にする必要はありませんよ」
そう言ったのはいつの間にか私たちの側に来ていたデルフィーナだ。
デルフィーナはニコレッタやヴァレンティーナとお揃いの騎士服を着ている。
差し色は瞳の色である緑だ。
手には稽古用の剣を持ち、穏やかな表情で立っていた。
「その問いは当然、わたくしと剣を交える覚悟あって口にしたもののはず。まさか逃げ口上ではないでしょう?」
デルフィーナはいきなりヴァレリオを煽るようなことを言い出した。
それを聞いてヴァレリオの顔色が変わる。
ヴァレリオは決意を漲らせ、深々とお辞儀をして言った。
「デルフィーナ第一王女殿下にご挨拶申し上げます。タルティーニ侯爵が三男ヴァレリオと申します。お会いできて光栄です。まことに勝手ながら殿下にはぜひともお手合わせ願いたく存じます」
ほう、そう来たか。
気の強いことだ。
まだ六歳でも気持ちはいっぱしの騎士なのだな。
デルフィーナもこの返答が気に入ったようだ。
おろおろしているのはジョエレだけだ。
ヴァレンティーナも楽しみだという表情を浮かべている。
「ではヴァレリオ。手合わせをしましょう」
「はい」
「マヌエル。ヴァレリオに剣を」
「はい、姉上」
私が動くまでもなくジョエレが稽古用の剣を取りに走った。
すぐに戻ってきて剣をヴァレリオに渡す。
ヴァレリオはその場で素振りをした。
なかなか鋭い振りだ。
「デルフィーナ殿下。お待ちくださりありがとうございます」
「では、始めましょう」
私たちは二人から十分に離れた位置へ下がった。
すでに他の騎士たちも稽古の手を止め、二人に注目している。
だがデルフィーナは意に介さないし、ヴァレリオもまったく気にしていないようだ。
二人は間をあけて立ち、向き合って礼を交わし、剣を構えた。
始めの合図も何もない。
双方殺気を漲らせると、ヴァレリオが躊躇なく踏み込んだ。
デルフィーナは難なくヴァレリオの剣を弾く。
二人の激しい打ち合いが始まった。
デルフィーナは十六歳。
ヴァレリオより十年は長く稽古を重ねてきている。
六歳のヴァレリオでは太刀打ちできないことくらいわかっている。
だがデルフィーナは本気で相手をしている。
剣にはその人の性格が如実に表れる、というのがデルフィーナの持論だ。
直接打ち合うことでヴァレリオの為人を見極める気満々なのだ。
勝ち負けを決めたいのではない。
王女と剣を交える機会を得た時、ヴァレリオがどのような行動をするのか。
実際に剣を交えた時、ヴァレリオはどこまで本気で立ち向かえるのか。
相手が格上だとわかった時、ヴァレリオは何を思いどう動くのか。
そういったことを見極めたいのだ。
デルフィーナも、私も、そしてヴァレンティーナも。
ヴァレリオは正面から何度も何度も打ち込んでいく。
正面からでは敵わないとわかると、位置をずらしたり速さに変化をつけるなどして何度も何度も打ち込んでいく。
あきらめる、という言葉を知らないかの如く、何度弾かれても何度でも立ち向かっていく。
ヴァレンティーナはそんなヴァレリオの姿を真剣に見つめている。
しばらくするとヴァレリオは肩で息をし始めた。
足の運びも鈍ってきている。
もはや体力は限界のようだ。
デルフィーナに比べれば筋力も体力も圧倒的に足りないのだから当然といえば当然のこと。
だが音を上げることなく、ヴァレリオは渾身の力を振り絞ってデルフィーナへ攻撃を仕掛ける。
その剣をデルフィーナが鋭く打ち払い、ヴァレリオの手から剣が放れて飛んだ。
勝負あり。
ヴァレリオは悔しくて仕方がないようだが、きちんとデルフィーナと向き合い、礼を交わした。
「手合わせありがとうございました」
「お見事でした」
デルフィーナの言葉をヴァレリオは一瞬、揶揄されたと誤解したようだ。
だが至極真面目な表情のデルフィーナを見て怪訝な表情に変わる。
「剣の腕のことを言ったのではありませんよ。あなたが最後まで絶対にあきらめず立ち向かってきたその心根に、わたくしは心打たれたのです。見事でしたよ」
ヴァレリオは肩の力を抜いた。
「ありがとうございます」
どうやらヴァレリオはデルフィーナのお眼鏡にかなったようだ。
「これから先、体が成長し力がつけば、剣術の天才マヌエルと剣を交える時もやってくるでしょう。今後もよく励みなさい」
「はい!」
おやおや。
デルフィーナは最後に私を持ち上げてきた。
だがヴァレリオに見どころがあることは確かだ。
従者に決まったあかつきには私が直にヴァレリオを鍛えてやるのもいいかもしれない。
もちろんヴァレンティーナのために。
デルフィーナは自分の稽古に戻り、ヴァレリオもこちらに戻ってきた。
ヴァレリオはヴァレンティーナと目が合うと少し視線を落とした。
「恥ずかしい姿をお見せしてしまいました」
だがヴァレンティーナは真剣な表情でヴァレリオに言った。
「何を言うのです、ヴァレリオ。わたくしは勝ち負けを見たかったのではありません。技だけではなく心の有り様も含めたあなたの剣が見たかったのです」
ヴァレリオが顔を上げてヴァレンティーナを見た。
ヴァレンティーナは笑顔になって言った。
「ヴァレリオ。わたくしもあなたの粘り強さに心打たれました。とても素敵でしたわ」
「あ、ありがとうございます」
ヴァレンティーナに褒められたとたん、また顔を赤く染めるヴァレリオ。
デルフィーナと手合わせしていた時とはまったく別人のよう。
この調子ならヴァレンティーナが自然に利かん坊のヴァレリオの手綱を握れそうで何よりのことだ。
そして今日、弓を射るニコレッタとヴァレンティーナを見て、デルフィーナとは直接手合わせまでしたことで、ヴァレリオは身をもって思い知ったことだろう。
王女と貴族令嬢はまったく違うということを。
少なくともフォンタナ王家の王女は、わがままで高飛車でひらひらしたドレスを着て偉そうにあれこれ命令するだけの生き物ではない、ということが身に沁みてわかっただろう。
フォンタナ王家においては王子も王女も武器の習得は義務。
この義務はテオ様がベネドリナ国王になって以降、代々フォンタナ一族の王子王女が果たしてきている。
自分の身は自分で守らなくてはならないから、ということではない。
そもそも王室第一騎士団は王族の身を守るために作られたのが始まり。
普段、私たち王子王女には必ず護衛騎士が付き従う。
ではなぜ義務となっているのか。
禁忌魔術大暴走後の魔力汚染の浄化、魔物討伐には代々の王や王弟、王太子が先頭に立って働いてきた。
それは待ったなしの重要な仕事であり、しかも常に命の危険があるのだから、王に何かあればすぐさま王子王女が代わりに先頭に立ち、指揮を取らなくてはならない。
たまたまその時、何も知らない王女しかいなくて代わりを務めるどころか恐怖のあまり周りの足を引っ張り、まったく役に立ちませんでした、では済まない時代が長く続いた。
よって性別にかかわらず武器の習得が義務となったのだ。
さらに乗馬も義務。
のんびり馬車に揺られて現地へ赴く、などという悠長なことはしていられないから、遠駆けなどもできるようにしておかなくてはならなかった。
華美に着飾って美食に耽り、身分を笠に着てわがまま放題に過ごす王子王女はフォンタナ一族には不要だったとも言える。
そして今も魔力汚染や魔物の脅威は依然として残っており、王国も安泰と言うにはまだ程遠い状況にある以上、私たち王子王女の義務は続いていくのだ。
さて、デルフィーナはヴァレリオを認めたようだし、私も今の手合わせを見てこれならいけるかもしれない、と考えている。
ニコレッタも面白がっていたが気に入らないとは言っていなかった。
ヴァレンティーナ自身もヴァレリオが気に入ったようだ。
ヴァレンティーナはいずれ魔物討伐隊に参加することになる。
その時、護衛騎士に加えてヴァレリオが従者として付き従うこともあるかもしれない。
危険な状況下において魔力型が全型のヴァレンティーナを一瞬たりとも一人きりにはさせられない。
ヴァレリオならヴァレンティーナを守り切る従者になれる可能性は十分にありそうだ。
従者にするにはまだ他にも条件があるが、この後はヴァレンティーナ自身が思うようにヴァレリオを引き回して為人を見極めることだろう。
側に置いてもよい相手かどうか、きっとヴァレンティーナは自分で答えを出すはずだ。
ヴァレリオの驚きに満ちた一日はまだまだ続く。




