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ある可哀想ななろう作者の日常  作者: 藍藤 唯
悪夢の始まり
4/4

Web上で同性愛者という認識が根付いてしまった、ある可哀想ななろう作者のお正月



 僕が毎年のように年越しそうめんを啜っていると、青伸せんべいが、正面でひたすら紅芋たるとをむさぼり食っていた。


「せめて麺類にしとけよ」

「ふぉふぇふぉふぇっふぇふふぁ」

「せめて飲み込んでから喋れ」

「くおええうえーるあお」

「それもう去年だ」


 ずず、とお茶を啜ってのち、ふう、と息を吐く青伸せんべい。


「いや何、2015年も好きなものを食べて生きたいじゃあないか」

「あ、うん、いやまあ文化とか度外視すればそれでいいのかもしれないんだけどさ」

「そういうきみも年越しそばとは無縁の貧相な食べ物なんだから」

「貧相と言ったな!? つるつるしこしこ、とっても美味しい夏の風物詩を貧相と言ったな!?」

「今冬まっしぐらなんだけど」


 もっちもっちとそうめんを咀嚼しつつ、目の前のせんべいを睨み据える。

 そうめん、素敵じゃないか。何故それを理解できないのかと、残念でならない。


 そうそう。

 何故青伸せんべいが僕の部屋に来ているかといえば、答えは簡単だ。

 年末に三日間連続で行われる某イベントの為に、地方からやってきていたので宿だけを貸していたのだ。


「去年は色々あったねぃ」

「本当にな」

「いやあ、今でも忘れないよ。ぶっ……くす……」

「寒空の下にほっぽり出してやろうか」


 この野郎。

 本当にどうしてくれようか。


 ホモで幼女の眼球フェチとかいう恐ろしい性癖を所持してしまった背景には、間違いなく目の前に居るナチュラルな畜生が関係していた。


「ああ、そういえばなんだけど、I藤って一人暮らしじゃん」

「見れば分かるだろうが」

「まあそうだけど。訪問販売とか宗教勧誘とか、来たりしない?」

「来るか来ないかで言えばまあ来るけど、そんなに頻繁じゃないな」

「いや、これが意外と新年早々に来たりするから、気を付けた方がいいんだよ」


 ふむ、と頷いて温かいお茶を手に取った。

 独り暮らしの歴は、せんべいの方が長いだろう。言われてみれば、何度か作業中に彼の自宅に訪問販売が来たこともあった。

 僕の方にも、何度か来た記憶がある。


「気を付けるっつってもさ、お断りするだけでいいんじゃないか?」

「いやぁ甘いよ。この前放送局の支払い何某というのが来てね。うちにテレビは無いと言ったら『入って確認してもいいか』などと言われてね。いやはや驚いたものだよ」

「うわ、そんなことあるんだ」


 あれには本当に困った。そんな風に締めくくって、再び素手で紅芋たるとを食べ始める青伸せんべい。コイツはもしかしたらお菓子なら何でもいいのかもしれない。


「で、どうやって断ったんだ?」

「ん? きみの真似をさせてもらったよ」

「僕の、真似?」

「うん」


 僕が訪問販売などを相手に、何かをしたことがあっただろうか。

 そう考えていると、青伸せんべいは自信満々に胸を張って豪語した。


「入っても良いが、俺はホモだ」

「それが僕の真似ってどういうことだよ欠片も言ったことねぇよクソが!」

「来るというなら尻に決死の覚悟を抱いて来い」

「カッコつけても無駄だから! っていうかそれ本当でも嘘でもすげえ嫌だな!?」

「なぁに、無理やり入ってきたら不法侵入なんだ。構うもんか」

「そういう問題じゃないだろう!」


 あんまりにもほどがあるだろう。こたつから思わず立ち上がってしまったせいで、お茶の入っていた湯呑みが揺れた。危ない。


「いやまあ、女性でない限りはだいたいどうにかなるってことだよ。安心したまえ」

「安心できるかよ。お前本格的に薔薇の方々に土下座しろよ」

「まあしつこい勧誘には一撃必殺。覚えておくといいさ」


 そう締めくくって、紅芋たるとをぐわしと掴む青伸せんべい。いくつストックあんだよ。


「ところで、きみは誰かにお年玉をあげたりするのかい?」

「んー、まあ後輩連中にはあげようかな。といってもそんなに多くはないんだけど、毎年遊びに来る奴らにはあげてるよ」

「ふむ、やっぱり誰かにあげるべきかな」


 顎に手を当てて思案する青伸せんべい。たるとでべたべたになった手、拭け。


「いやまあ、誰も居ないんならわざわざ探す理由はないと思うけど」

「そうもいかないだろう。誰だって後輩付き合いというものはあるものだ」

「まあ、そりゃ、そう……なのか?」


 時計を見ると、まだまだ夜の一時というところ。

 遊びに来る後輩たちは流石に始発以降だろうから、まだまだ余裕はある。


 僕はノートパソコンを取り出して、作業の為にエディターを起動した。


「なんだい、新年早々」

「いや、ツイッターみたら正月短編あげてる人がちらほらいるからね。つい僕も書いてみたくなったんだよ。せんべいは?」

「んー……まあ、そういうことならやろうかね」


 当然の如く執筆道具を持ってきている辺り、せんべいも筋金入りのなろう作者だ。

 正面でお互いにパソコンを立ち上げると、しばらくしてタイピングの音しか聞こえなくなってきた。


「今何文字くらい?」

「二千字突破……かな。だいたいではあるんだけど」

「速いね」


 小さな会話だけが続き、打鍵音は尽きない。

 冬の長い夜が明けようかというところまでずっと執筆を続けていた。


「初日の出は、執筆と共にだねえ」

「悪くないじゃないか。僕ららしい」

「まぁね」


 一息ついて、軽く伸び。

 冷めてしまったお茶を飲み干して、炬燵から移動。コンロの火をつけて、ヤカンの中のお茶を温める。


 と、その時だった。


 軽やかなベルの音が鳴り響く。

 時計を確認すると、少し後輩たちの来る時間よりも早かった。

 しかし考えてみれば、初日の出の関係で元旦だけは始発が早いのだ。もしかしたらそれに乗ってきたのかもしれないと、僕はインターホンの受話器を取った。


「……はい」

「○○放送局でーす」

「うちテレビ無いです」


 まさか元旦早々から営業とは、恐ろしいこともあったものだ。

 振り返れば、執筆を中断した青伸せんべいがやけに楽しそうに笑いながら僕の方を見ていた。

 まさかとは思うが。


「やれ! 絶対効果あるって。マジ、保障するから」

「お前の保障ほど信憑性の欠片もないものってこの世に存在したっけな!?」

「男の声だったろ!? 間違いなくいける、信じろ!」

「そんなくだらない遊びに他人を巻き込もうとするなよ!」


 やってられない。

 呆れてものも言えないとはこのことだ。

 青伸せんべいに背を向けて、僕は受話器に返事をした。


「すみません、うちテレビ無いんで」

「でも電波は届いているので、確認させて貰っていいですか?」


 イラッときた。そしておそらくせんべいのせいでその時の僕はヤケだった。


「構わんが、俺はホモだ」

「えっ」

「入ってくるというのなら、尻に決死の覚悟を抱いて来い」

「は、え?」

「あ」



 やってしまった。





 視界の隅で、青伸せんべいが笑い転げている。あの野郎。

 いやでも、これで何とかなるというのなら全く問題はないだろう。

 そうだ、全く問題は無い、はずだった。


「え、っと。I藤さん?」

「はい、なんでしょう」


 何故名前を知っているのか。まあ業者だから当たり前といえば当た――


「ノリで放送局の真似したんですけど……Rの弟のTです」

「えっ」

「……I藤さん、薔薇だったんですね」

「えっ」

「開けてもらって、いいですか?」

「あ、ああ」


 後輩の中で一番最初に来たのはRの弟のTだったか。

 だが何だろうこの不穏な空気。青伸せんべいも何やら表情がマジになっている。


 ゆっくりと鍵を開く。


 するとそこには、何やら頬を赤く染めた柔道部の猛者が。僕より縦も横もあるガタイマックスの男が。


「あの……優しくしてください」


 目の前が真っ暗になった。

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