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神様レビュー★1「世界の運営が雑すぎます」  作者: 海老崎 伊織
第1章 ★1レビュー、神様に届く
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1/10

第1話 神様にもレビュー欄があるらしい

神様にレビュー欄があったら、あなたは何点を付けますか?


天気予報は外れる。

電車は遅れる。

理不尽な事故は起きる。


それでも世界は、なぜか「正常に運営中」。


元QA・テスターの神崎悠斗が見つけたのは、神様へ直接苦情を送れる謎のアプリでした。


★1レビューから始まる、世界運営改善コメディ。

第1話、どうぞお楽しみください。

 神崎悠斗は、目の前の光景を見て、まず最初にこう思った。

 ――再現条件がそろいすぎている。

 時刻は午後七時三十二分。

 場所は都内の住宅街と幹線道路が交差する、片側二車線の大きな交差点。

 天候は、十分前から突然降り始めた局地的な豪雨。

 視界は悪く、路面にはすでに深い水たまりができている。

 そして、交差点の信号機は消えていた。

「最悪だな……」

 悠斗はコンビニの軒下から、雨に煙る道路を見つめた。

 会社からの帰宅途中だった。

 元々はシステム開発会社でQAとテストを担当していたが、半年前の部署異動で、今は社内システムの保守をしている。

 不具合を見つけること。

 発生条件を切り分けること。

 原因を特定し、再発を防ぐこと。

 それが悠斗の仕事だった。

 だからなのか、日常生活でも問題が起きると、無意識に状況を整理してしまう。

 豪雨による停電。

 信号設備の故障。

 帰宅時間帯の交通量。

 視界不良。

 冠水しかけた路面。

 これだけ悪条件が重なれば、事故が起きる可能性は高い。

 というより、まだ起きていないことのほうが不思議だった。

「警察には誰か連絡したのか?」

 周囲を見渡す。

 コンビニの前には、雨宿りをしている人間が十人ほどいた。

 全員がスマートフォンを構えている。

 通報しているのかと思ったが、どうやら動画を撮っているだけらしい。

 道路では、信号を失った車が互いの様子をうかがいながら、少しずつ交差点へ進入している。

 クラクションが鳴る。

 一台が進むと、別の一台が慌ててブレーキを踏む。

 ルールが機械によって支えられていた場所から、その機械だけが突然消えた。

 残ったのは、誰が先に進むのか分からない混乱だった。

 悠斗はスマートフォンを取り出し、警察へ通報した。

 場所と状況を伝えると、すでに複数の通報があり、警察官が向かっているという。

「到着まで、どのくらいですか?」

『現在、周辺でも信号機の故障が相次いでおりまして――』

「ここだけじゃない?」

『はい。落雷の影響と思われます。危険ですので、安全な場所でお待ちください』

 電話が切れる。

 悠斗は空を見上げた。

 黒い雲が渦を巻き、断続的に稲妻が走っている。

 だが、妙だった。

 雨雲レーダーでは、今日一日、雨の予報はなかったはずだ。

 朝も昼も快晴。

 夕方の天気予報でも、降水確率は十パーセントだった。

 それが今では、バケツをひっくり返したような雨だ。

「天気予報が外れた、だけならいいけどな」

 スマートフォンには、緊急気象情報が表示されていた。

 《局地的な豪雨に注意してください》

 通知時刻は、三分前。

「遅すぎるだろ」

 雨が降り始めたのは十分前だ。

 通知が来る頃には、道路はすでに冠水しかけている。

 障害を検知してから通知するまで七分。

 テスト担当だった頃なら、重大インシデントとして報告書を書いているところだ。

 そのとき、コンビニの軒下から小さな影が飛び出した。

「あっ!」

 黄色い傘を持った小学生くらいの男の子だった。

 道路の反対側で、母親らしき女性が叫んでいる。

「戻って! そこにいて!」

 だが豪雨とクラクションで、声はほとんど届いていない。

 少年は、信号が消えた横断歩道の前で立ち止まった。

 左右を見る。

 車が途切れたと思ったのか、一歩踏み出す。

「待て!」

 悠斗は考えるより先に軒下を飛び出した。

 傘を開く暇もない。

 冷たい雨が一瞬でスーツを濡らす。

 横断歩道へ向かって走る悠斗の視界に、左側から近づいてくる大型トラックが映った。

 速度が落ちていない。

 運転手からは、雨と対向車の影で少年が見えていない。

「止まれ!」

 悠斗が少年の腕をつかむ。

 引き寄せる。

 同時に、トラックのクラクションが鳴った。

 耳をつんざくような音。

 白いヘッドライト。

 水しぶき。

 急ブレーキの甲高い音。

 悠斗は少年を歩道側へ突き飛ばした。

 自分も逃げようとした。

 だが、足が水たまりに取られた。

「――っ」

 世界がゆっくりになる。

 迫ってくるトラック。

 運転手の引きつった顔。

 宙を舞う黄色い傘。

 少年を抱きしめる母親。

 視界の端で、スマートフォンが路面へ落ちる。

 画面には、先ほどの緊急気象情報が表示されたままだった。

 ――豪雨の予測失敗。

 ――通知の遅延。

 ――信号設備の同時故障。

 ――周辺地域でも同様の不具合。

 ――警察の到着遅延。

 頭の中に、問題点が並ぶ。

 それぞれは別々の障害に見える。

 しかし、同じ時間、同じ地域で同時に起きている。

 偶然にしては重なりすぎていた。

 交通設備と天候。

 本来なら担当が違う。

 だが、担当が違うからといって、別々に処理していい問題ではない。

 部署間で情報が共有されていない。

 それが事故を引き起こしている。

 ――連携不足。

 悠斗がそう結論づけた瞬間だった。

 雨に濡れた空中へ、半透明の画面が現れた。

「なんだ……これ」

 白い枠。

 青く光る文字。

 スマートフォンの画面に似ているが、宙に浮いている。

 そこには、見たことのない文章が表示されていた。

 《障害を検知しました》

 《担当部署を検索しています》

 《天候管理局》

 《交通運命管理局》

 《利用者からの評価を受け付けています》

 その下に、五つの星が並んでいる。

 ★★★★★

 悠斗は思わず笑いそうになった。

 こんな状況で、レビューを書けというのか。

 不具合の報告先が分からず、たらい回しにされる利用者の気持ちはよく分かる。

 だが、今はそんなことをしている場合ではない。

 トラックが目の前まで迫っている。

 悠斗の意識が白く塗りつぶされていく。

 最後に見えたのは、五つの星のうち、一番左だけが光る光景だった。

 ★☆☆☆☆

 そこで、悠斗の意識は途切れた。

     ◇

 目を開けると、白い天井があった。

「……病院?」

 声がかすれていた。

 体を起こそうとすると、左肩に鋭い痛みが走る。

「痛っ」

「あ、目が覚めましたか!」

 ベッドの横にいた看護師が立ち上がる。

 悠斗は状況を聞かされるまで、しばらく時間がかかった。

 トラックは悠斗の直前で停止した。

 完全には避けきれず、悠斗は車体の側面に接触して転倒。

 左肩の打撲と、軽い脳震とう。

 幸いにも骨折はなく、命に別状はない。

 横断歩道へ飛び出した少年も無事だった。

「運が良かったですね。あと少しトラックが止まるのが遅かったら、大変なことになっていましたよ」

「そうですか……」

 運が良かった。

 その言葉に、悠斗は引っかかりを覚えた。

 あの距離と速度で、本当に停止できただろうか。

 雨で路面も滑りやすかったはずだ。

 だが現実に助かっている。

 なら、それ以上考えても仕方がない。

 看護師が悠斗の所持品を置いたテーブルを指差した。

「スマートフォンは壊れていませんでした。画面に傷はありますけど、動くみたいです」

「ありがとうございます」

 看護師が病室を出たあと、悠斗はスマートフォンを手に取った。

 時刻は午前七時十五分。

 事故から一晩が経っている。

 会社へ連絡しなければならない。

 画面を開くと、家族や同僚から大量のメッセージが届いていた。

 それらへ返信しようとして、悠斗は見慣れないアイコンに気付いた。

 黒い背景。

 中央に描かれた、金色の五つ星。

 その下に、英語で名前が表示されている。

「GOD REVIEW……?」

 神のレビュー。

 悪趣味なアプリ名だ。

 インストールした覚えはない。

 事故の混乱で、変な広告を押したのだろうか。

 悠斗は削除しようとアイコンを長押しする。

 しかし、削除の選択肢が表示されなかった。

「システムアプリ?」

 そんなはずはない。

 聞いたこともないアプリだ。

 警戒しながら、アイコンを押す。

 画面が暗転する。

 数秒後、金色の文字が表示された。

 《GOD REVIEWへようこそ》

 《あなたの声を、世界の運営者へ》

「怪しすぎるだろ」

 閉じようとしたが、画面は自動的に切り替わった。

 表示されたのは、店や商品の評価サイトに似た一覧画面だった。

 上部には、部署名らしき項目が並んでいる。

 《天候管理局》

 総合評価 ★★☆☆☆

 レビュー件数 8,412,775,931件

 《交通運命管理局》

 総合評価 ★★☆☆☆

 レビュー件数 3,109,882,044件

 《生命管理局》

 総合評価 ★★★☆☆

 《恋愛運命局》

 総合評価 ★☆☆☆☆

「件数、多すぎないか?」

 数字が本当なら、利用者は人類全体よりも多い。

 悠斗は天候管理局を選択した。

 大量のレビューが表示される。

 《旅行の日だけ雨が降りました》

 《洗濯物を干した直後に降らせるのをやめてください》

 《台風の進路が毎回こちらへ来ます》

 《予報と実際の天気が違いすぎます》

 冗談のような内容に混じって、深刻なものもあった。

 《豪雨で村が流されました》

 《三年間雨が降っていません》

 《避難情報が災害発生後に届きました》

 そのすべてに、同じ表示が付いている。

 《対応済み》

「対応済み……?」

 悠斗は画面をスクロールする。

 どのレビューも対応済み。

 返信内容もほとんど同じだった。

 《貴重なご意見ありがとうございます》

 《今後の世界運営の参考にさせていただきます》

 《本件は対応済みです》

「テンプレート回答かよ」

 悠斗は交通運命管理局も確認した。

 《同じ交差点で事故が多発しています》

 《信号設備の故障が修理されません》

 《豪雨時に交通障害が集中しています》

 《天候管理局と情報を共有してください》

 こちらも、すべて対応済み。

 悠斗の指が止まった。

 《豪雨時に交通障害が集中しています》

 投稿日時は三か月前。

 場所は、昨日事故に遭った交差点と同じ地域だった。

 返信には、こう書かれている。

 《設備の動作に問題はありません》

 《一時的な気象条件によるものです》

 《対応済み》

「何も対応してないじゃないか」

 昨日、信号機は消えていた。

 豪雨の警報は遅れた。

 少年は事故に遭いかけた。

 悠斗自身も、あと少しで死ぬところだった。

 それなのに画面上では、三か月前から対応済みになっている。

 システムの状態と、実際の現場が一致していない。

 QAとして最も信用してはいけない状態だ。

 悠斗はレビュー投稿ボタンを押した。

 五つの星が表示される。

 一瞬だけ迷い、一番左を選択する。

 ★☆☆☆☆

 文章入力欄へ指を置く。

 怒りだけを書いても意味はない。

 発生した現象と、考えられる原因を書く。

 それが不具合報告の基本だ。

 悠斗は文章を入力した。

 ★☆☆☆☆

 豪雨と交通設備の故障が同時発生しています。

 過去にも同様の報告がありますが、現場では改善されていません。

 対応済みではなく、天候管理局と交通運命管理局で原因を確認してください。

 入力した文章を読み直す。

 感情的な表現はない。

 発生条件も分かる。

 担当部署も明確だ。

「これでいいか」

 もちろん、こんな怪しいアプリに投稿したところで、何かが変わるとは思っていない。

 ただ、対応済みという表示を見たまま何もしないのは、気分が悪かった。

 悠斗は送信ボタンを押した。

 《レビューを送信しますか?》

 《このレビューは世界へ重大な影響を与える可能性があります》

「大げさだな」

 確認を押す。

 画面に金色の光が走った。

 《レビューを送信しました》

 その瞬間。

     ◇

 人間が誰一人として知らない、世界の上位にある場所。

 無数の光る画面が並ぶ巨大な空間で、神々はいつものように仕事をしていた。

 雨量の調整。

 風向きの設定。

 人間の運命経路の修正。

 祈りの分類。

 奇跡の承認。

 神々にとっては、何千年も続いてきた、ごく普通の業務だった。

 突然、すべての画面が赤く染まる。

 耳をつんざく警報音が、神界全体へ響き渡った。

『警告』

『警告』

『管理者権限を持つレビューを検出』

 働いていた神々が一斉に顔を上げる。

「なんだ、この警報は?」

「システム障害か?」

「こんな音、聞いたことないぞ!」

 天候管理局の中央画面に、一つのレビューが表示される。

 ★☆☆☆☆

 豪雨と交通設備の故障が同時発生しています。

 過去にも同様の報告がありますが、現場では改善されていません。

 対応済みではなく、天候管理局と交通運命管理局で原因を確認してください。

 投稿者名。

 神崎悠斗。

 そして、神々の顔色を変えたのは、その下に表示された赤い文字だった。

 《最優先対応対象》

 《レビュー削除不可》

 《関係部署への改善命令を発行します》

 警報音がさらに大きくなる。

 神界の全域へ、無機質な声が響き渡った。

 【特級レビューを受信しました】


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


世界を運営している神様にも、どうやらレビュー欄があるようです。


しかも悠斗が何気なく投稿した★1は、神界を揺るがす「特級レビュー」でした。


果たして神々は、素直に不具合を修正してくれるのでしょうか。


次回、第2話

「★1を付けたら神様が家に来た」


レビューへの苦情を言うため、神様が直接やって来ます。

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