第1話 神様にもレビュー欄があるらしい
神様にレビュー欄があったら、あなたは何点を付けますか?
天気予報は外れる。
電車は遅れる。
理不尽な事故は起きる。
それでも世界は、なぜか「正常に運営中」。
元QA・テスターの神崎悠斗が見つけたのは、神様へ直接苦情を送れる謎のアプリでした。
★1レビューから始まる、世界運営改善コメディ。
第1話、どうぞお楽しみください。
神崎悠斗は、目の前の光景を見て、まず最初にこう思った。
――再現条件がそろいすぎている。
時刻は午後七時三十二分。
場所は都内の住宅街と幹線道路が交差する、片側二車線の大きな交差点。
天候は、十分前から突然降り始めた局地的な豪雨。
視界は悪く、路面にはすでに深い水たまりができている。
そして、交差点の信号機は消えていた。
「最悪だな……」
悠斗はコンビニの軒下から、雨に煙る道路を見つめた。
会社からの帰宅途中だった。
元々はシステム開発会社でQAとテストを担当していたが、半年前の部署異動で、今は社内システムの保守をしている。
不具合を見つけること。
発生条件を切り分けること。
原因を特定し、再発を防ぐこと。
それが悠斗の仕事だった。
だからなのか、日常生活でも問題が起きると、無意識に状況を整理してしまう。
豪雨による停電。
信号設備の故障。
帰宅時間帯の交通量。
視界不良。
冠水しかけた路面。
これだけ悪条件が重なれば、事故が起きる可能性は高い。
というより、まだ起きていないことのほうが不思議だった。
「警察には誰か連絡したのか?」
周囲を見渡す。
コンビニの前には、雨宿りをしている人間が十人ほどいた。
全員がスマートフォンを構えている。
通報しているのかと思ったが、どうやら動画を撮っているだけらしい。
道路では、信号を失った車が互いの様子をうかがいながら、少しずつ交差点へ進入している。
クラクションが鳴る。
一台が進むと、別の一台が慌ててブレーキを踏む。
ルールが機械によって支えられていた場所から、その機械だけが突然消えた。
残ったのは、誰が先に進むのか分からない混乱だった。
悠斗はスマートフォンを取り出し、警察へ通報した。
場所と状況を伝えると、すでに複数の通報があり、警察官が向かっているという。
「到着まで、どのくらいですか?」
『現在、周辺でも信号機の故障が相次いでおりまして――』
「ここだけじゃない?」
『はい。落雷の影響と思われます。危険ですので、安全な場所でお待ちください』
電話が切れる。
悠斗は空を見上げた。
黒い雲が渦を巻き、断続的に稲妻が走っている。
だが、妙だった。
雨雲レーダーでは、今日一日、雨の予報はなかったはずだ。
朝も昼も快晴。
夕方の天気予報でも、降水確率は十パーセントだった。
それが今では、バケツをひっくり返したような雨だ。
「天気予報が外れた、だけならいいけどな」
スマートフォンには、緊急気象情報が表示されていた。
《局地的な豪雨に注意してください》
通知時刻は、三分前。
「遅すぎるだろ」
雨が降り始めたのは十分前だ。
通知が来る頃には、道路はすでに冠水しかけている。
障害を検知してから通知するまで七分。
テスト担当だった頃なら、重大インシデントとして報告書を書いているところだ。
そのとき、コンビニの軒下から小さな影が飛び出した。
「あっ!」
黄色い傘を持った小学生くらいの男の子だった。
道路の反対側で、母親らしき女性が叫んでいる。
「戻って! そこにいて!」
だが豪雨とクラクションで、声はほとんど届いていない。
少年は、信号が消えた横断歩道の前で立ち止まった。
左右を見る。
車が途切れたと思ったのか、一歩踏み出す。
「待て!」
悠斗は考えるより先に軒下を飛び出した。
傘を開く暇もない。
冷たい雨が一瞬でスーツを濡らす。
横断歩道へ向かって走る悠斗の視界に、左側から近づいてくる大型トラックが映った。
速度が落ちていない。
運転手からは、雨と対向車の影で少年が見えていない。
「止まれ!」
悠斗が少年の腕をつかむ。
引き寄せる。
同時に、トラックのクラクションが鳴った。
耳をつんざくような音。
白いヘッドライト。
水しぶき。
急ブレーキの甲高い音。
悠斗は少年を歩道側へ突き飛ばした。
自分も逃げようとした。
だが、足が水たまりに取られた。
「――っ」
世界がゆっくりになる。
迫ってくるトラック。
運転手の引きつった顔。
宙を舞う黄色い傘。
少年を抱きしめる母親。
視界の端で、スマートフォンが路面へ落ちる。
画面には、先ほどの緊急気象情報が表示されたままだった。
――豪雨の予測失敗。
――通知の遅延。
――信号設備の同時故障。
――周辺地域でも同様の不具合。
――警察の到着遅延。
頭の中に、問題点が並ぶ。
それぞれは別々の障害に見える。
しかし、同じ時間、同じ地域で同時に起きている。
偶然にしては重なりすぎていた。
交通設備と天候。
本来なら担当が違う。
だが、担当が違うからといって、別々に処理していい問題ではない。
部署間で情報が共有されていない。
それが事故を引き起こしている。
――連携不足。
悠斗がそう結論づけた瞬間だった。
雨に濡れた空中へ、半透明の画面が現れた。
「なんだ……これ」
白い枠。
青く光る文字。
スマートフォンの画面に似ているが、宙に浮いている。
そこには、見たことのない文章が表示されていた。
《障害を検知しました》
《担当部署を検索しています》
《天候管理局》
《交通運命管理局》
《利用者からの評価を受け付けています》
その下に、五つの星が並んでいる。
★★★★★
悠斗は思わず笑いそうになった。
こんな状況で、レビューを書けというのか。
不具合の報告先が分からず、たらい回しにされる利用者の気持ちはよく分かる。
だが、今はそんなことをしている場合ではない。
トラックが目の前まで迫っている。
悠斗の意識が白く塗りつぶされていく。
最後に見えたのは、五つの星のうち、一番左だけが光る光景だった。
★☆☆☆☆
そこで、悠斗の意識は途切れた。
◇
目を開けると、白い天井があった。
「……病院?」
声がかすれていた。
体を起こそうとすると、左肩に鋭い痛みが走る。
「痛っ」
「あ、目が覚めましたか!」
ベッドの横にいた看護師が立ち上がる。
悠斗は状況を聞かされるまで、しばらく時間がかかった。
トラックは悠斗の直前で停止した。
完全には避けきれず、悠斗は車体の側面に接触して転倒。
左肩の打撲と、軽い脳震とう。
幸いにも骨折はなく、命に別状はない。
横断歩道へ飛び出した少年も無事だった。
「運が良かったですね。あと少しトラックが止まるのが遅かったら、大変なことになっていましたよ」
「そうですか……」
運が良かった。
その言葉に、悠斗は引っかかりを覚えた。
あの距離と速度で、本当に停止できただろうか。
雨で路面も滑りやすかったはずだ。
だが現実に助かっている。
なら、それ以上考えても仕方がない。
看護師が悠斗の所持品を置いたテーブルを指差した。
「スマートフォンは壊れていませんでした。画面に傷はありますけど、動くみたいです」
「ありがとうございます」
看護師が病室を出たあと、悠斗はスマートフォンを手に取った。
時刻は午前七時十五分。
事故から一晩が経っている。
会社へ連絡しなければならない。
画面を開くと、家族や同僚から大量のメッセージが届いていた。
それらへ返信しようとして、悠斗は見慣れないアイコンに気付いた。
黒い背景。
中央に描かれた、金色の五つ星。
その下に、英語で名前が表示されている。
「GOD REVIEW……?」
神のレビュー。
悪趣味なアプリ名だ。
インストールした覚えはない。
事故の混乱で、変な広告を押したのだろうか。
悠斗は削除しようとアイコンを長押しする。
しかし、削除の選択肢が表示されなかった。
「システムアプリ?」
そんなはずはない。
聞いたこともないアプリだ。
警戒しながら、アイコンを押す。
画面が暗転する。
数秒後、金色の文字が表示された。
《GOD REVIEWへようこそ》
《あなたの声を、世界の運営者へ》
「怪しすぎるだろ」
閉じようとしたが、画面は自動的に切り替わった。
表示されたのは、店や商品の評価サイトに似た一覧画面だった。
上部には、部署名らしき項目が並んでいる。
《天候管理局》
総合評価 ★★☆☆☆
レビュー件数 8,412,775,931件
《交通運命管理局》
総合評価 ★★☆☆☆
レビュー件数 3,109,882,044件
《生命管理局》
総合評価 ★★★☆☆
《恋愛運命局》
総合評価 ★☆☆☆☆
「件数、多すぎないか?」
数字が本当なら、利用者は人類全体よりも多い。
悠斗は天候管理局を選択した。
大量のレビューが表示される。
《旅行の日だけ雨が降りました》
《洗濯物を干した直後に降らせるのをやめてください》
《台風の進路が毎回こちらへ来ます》
《予報と実際の天気が違いすぎます》
冗談のような内容に混じって、深刻なものもあった。
《豪雨で村が流されました》
《三年間雨が降っていません》
《避難情報が災害発生後に届きました》
そのすべてに、同じ表示が付いている。
《対応済み》
「対応済み……?」
悠斗は画面をスクロールする。
どのレビューも対応済み。
返信内容もほとんど同じだった。
《貴重なご意見ありがとうございます》
《今後の世界運営の参考にさせていただきます》
《本件は対応済みです》
「テンプレート回答かよ」
悠斗は交通運命管理局も確認した。
《同じ交差点で事故が多発しています》
《信号設備の故障が修理されません》
《豪雨時に交通障害が集中しています》
《天候管理局と情報を共有してください》
こちらも、すべて対応済み。
悠斗の指が止まった。
《豪雨時に交通障害が集中しています》
投稿日時は三か月前。
場所は、昨日事故に遭った交差点と同じ地域だった。
返信には、こう書かれている。
《設備の動作に問題はありません》
《一時的な気象条件によるものです》
《対応済み》
「何も対応してないじゃないか」
昨日、信号機は消えていた。
豪雨の警報は遅れた。
少年は事故に遭いかけた。
悠斗自身も、あと少しで死ぬところだった。
それなのに画面上では、三か月前から対応済みになっている。
システムの状態と、実際の現場が一致していない。
QAとして最も信用してはいけない状態だ。
悠斗はレビュー投稿ボタンを押した。
五つの星が表示される。
一瞬だけ迷い、一番左を選択する。
★☆☆☆☆
文章入力欄へ指を置く。
怒りだけを書いても意味はない。
発生した現象と、考えられる原因を書く。
それが不具合報告の基本だ。
悠斗は文章を入力した。
★☆☆☆☆
豪雨と交通設備の故障が同時発生しています。
過去にも同様の報告がありますが、現場では改善されていません。
対応済みではなく、天候管理局と交通運命管理局で原因を確認してください。
入力した文章を読み直す。
感情的な表現はない。
発生条件も分かる。
担当部署も明確だ。
「これでいいか」
もちろん、こんな怪しいアプリに投稿したところで、何かが変わるとは思っていない。
ただ、対応済みという表示を見たまま何もしないのは、気分が悪かった。
悠斗は送信ボタンを押した。
《レビューを送信しますか?》
《このレビューは世界へ重大な影響を与える可能性があります》
「大げさだな」
確認を押す。
画面に金色の光が走った。
《レビューを送信しました》
その瞬間。
◇
人間が誰一人として知らない、世界の上位にある場所。
無数の光る画面が並ぶ巨大な空間で、神々はいつものように仕事をしていた。
雨量の調整。
風向きの設定。
人間の運命経路の修正。
祈りの分類。
奇跡の承認。
神々にとっては、何千年も続いてきた、ごく普通の業務だった。
突然、すべての画面が赤く染まる。
耳をつんざく警報音が、神界全体へ響き渡った。
『警告』
『警告』
『管理者権限を持つレビューを検出』
働いていた神々が一斉に顔を上げる。
「なんだ、この警報は?」
「システム障害か?」
「こんな音、聞いたことないぞ!」
天候管理局の中央画面に、一つのレビューが表示される。
★☆☆☆☆
豪雨と交通設備の故障が同時発生しています。
過去にも同様の報告がありますが、現場では改善されていません。
対応済みではなく、天候管理局と交通運命管理局で原因を確認してください。
投稿者名。
神崎悠斗。
そして、神々の顔色を変えたのは、その下に表示された赤い文字だった。
《最優先対応対象》
《レビュー削除不可》
《関係部署への改善命令を発行します》
警報音がさらに大きくなる。
神界の全域へ、無機質な声が響き渡った。
【特級レビューを受信しました】
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
世界を運営している神様にも、どうやらレビュー欄があるようです。
しかも悠斗が何気なく投稿した★1は、神界を揺るがす「特級レビュー」でした。
果たして神々は、素直に不具合を修正してくれるのでしょうか。
次回、第2話
「★1を付けたら神様が家に来た」
レビューへの苦情を言うため、神様が直接やって来ます。




