40.義妹そっちのけでデートします
休日の午後、ひとりで近くのショッピングモールまで出かけた。特に目的があったわけじゃない。ちょっと文房具を見て、ついでに新刊コーナーをひやかして、気がつけばフードコートでぼんやり座っていた。
「蓮くん……?」
聞き慣れた、けれど少し緊張したような声がした。顔を上げると、三好が立っていた。服装はシンプルなワンピース、化粧っ気はないけれど、やっぱりちょっとだけかわいい。
今までは苗字で呼ばれていたのだが、何か心境の変化があったのだろうか。初めて名前で呼ばれ、少しドキッとした。
「ああ、三好。偶然だな」
「はい……すみません、こんなところで」
なぜか三好が軽く頭を下げる。別に謝るようなことはないんだけど、彼女の性格上、こういうところがあるのは知っている。
「買い物?」
「え、あ、はい。今日は家のほうで用事があって……その帰りにちょっと寄ってみただけなんです。れ、蓮くんは?」
「俺も似たようなもん。なんとなくふらっと来ただけ」
「……ふふ、同じですね」
そんなふうに微笑まれると、ちょっと照れる。
すると、そこへさらに別の声が飛んできた。
「あーっ! 蓮先輩っ!」
今度は元気な声。振り返ると、水原だった。最近よく遭遇してしまう。
ラフなパーカーにショートパンツ、ちょっと髪も巻いていて、休日仕様のテンションが見て取れる。
「あっ、あれ? え、女性……?」
蓮の両隣に視線を送り、水原はぴたっと足を止める。
当然のように、三好と水原の間には気まずい空気が流れた。というのも──
「……あの、どなたですか?」
三好が戸惑いながら水原に問いかける。
「えっ、私ですか? 水原です。一年です!」
「そ、そうですか……こんにちは」
ぎこちない挨拶。蓮は、完全に取り残された。
「えーっと……三好は、同じ塾の……あ、いや違う、他クラスの2年で、で、水原は一年生で、まあちょっとその……」
言い訳めいた説明に、二人はそれぞれ「ああ……」「ふぅん……」と妙に納得しているのか、していないのか分からないリアクションを返してきた。
その場の空気が、凍ってる。
いや、九月とはいえ午後の日差しはむしろじりじり暑いのに、俺の背中だけ真冬みたいに冷えてた。
三好と水原、ふたりの間に挟まれて、蓮はどうしたらいいか分からず愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「……えっと、どこか、せっかく会ったし回ります?」
無理やり口を開いたのは、三好だった。相変わらず物腰は柔らかいけど、ちょっとだけ声のトーンが硬かった気がする。
「あ、私も……特に用事なかったし、見たいお店とかあります」
水原もそれに続いて、なぜか俺の顔をちらっと見た。
……え? つまり、三人で?
「いいんですか? お邪魔じゃ……」
「俺も特に急ぎじゃないし」
そう答えるしかなかった。
──ということで、蓮と、三好と、水原の三人で、なんとも微妙な空気のままショッピングモール内を歩き出すことになった。
まず向かったのは、雑貨店。
水原が「新しいスマホケースを見たい」と言い出して、蓮と三好がそれに従う形になった。水原は落ち着いたシックなデザインの棚を見ている。三好は横で「へー、こういうの選ぶんですね」と興味津々。
俺はというと、隣で気を遣いすぎて疲れていた。
「蓮先輩って、こういうの使いませんよね? ……なんか、黒で無地のやつとか使ってそう」
「いや、なんでわかった」
「当たった。やっぱり棒読み探偵っぽい」
何その評価。その探偵に惚れたんじゃなかったのかよ。
三好はそんな会話を聞きながら、くすりと小さく笑った。
──次に向かったのは、本屋。
三好が「新しい文庫のシリーズを探したい」と言い、水原も「私も少女漫画の新刊見たかったんですよね」と乗っかった。
蓮はというと、理系コーナーで参考書を立ち読みしていたのだが──
「真面目ですね、蓮先輩って。休日でも勉強なんて」
「でも、来年には受験生ですもんね。えらいなあ……」
ふたりがなぜか同時に褒めてくる。困る。やめてくれ。
「いや、たまたま目についただけで」
「棒読み」
「……棒読み探偵」
ダブルでツッコまれる。棒読みは関係ないだろ。
店を出ると、水原が言った。
「じゃあ、最後にアイスとか食べません? あそこのカフェ、ずっと気になってたんです」
「私も食べてみたいです」
「じゃ、行こっか」
──というわけで、蓮たちは三人並んで、フードコートのカフェへ。
蓮はチョコミント、水原はピーチソーダフロート、三好は抹茶パフェ。見た目だけなら平和そのもの。
でも、心の中はずっと「なんだこの空気!?」だった。
「……なんか、学園ドラマの一話みたいですね、これ」
三好が冗談ぽく笑う。
「奇妙な三人組、みたいな?」
「奇妙って……まあ、否定はしないけどさ」
三好が控えめに笑って、スプーンですくった抹茶アイスを口に運ぶ。その横顔をちらっと見た水原が、なぜか真顔になる。
「三好先輩って、雰囲気すごい大人っぽいですよね。ちょっとドキッとします」
「えっ、あ……ありがとう?」
三好は戸惑ったように視線を泳がせた。
その横で俺はチョコミントをもしゃもしゃ食べるしかなかった。なんだこの二人の探り合いは。
「でも、私は“棒読み探偵”派ですから」
水原が突然、勝ち誇ったようにそう言って蓮のアイスを指差す。
「棒読み探偵って、なんだよ……」
「かっこいいじゃないですか。“事件ですか?”とか言いそうだし」
「いや、言わないし」
そうして、なんだかんだと三人で一時間半近くも一緒に過ごしてしまった。
ぎこちないけど、たまに笑いもあって、気を使い合いながらも、それなりに……楽しかった気もする。
ただ──俺の胃の消耗度だけはMAXだったけどな。