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12/15

12.ツン多め、デレ少々。でも、それがいい。

 翌朝。

 玄関に向かう途中、蓮はキッチンから漂ってくる香ばしい匂いに足を止めた。


「お、いい匂い……」


 リビングに入ると、芽衣がエプロン姿で目玉焼きを焼いていた。紗耶はソファで髪を結びながらスマホをいじっている。


「おはよう、お兄ちゃん。眠そうじゃん」


「おはよう。昨日歩きまくったからな。遊園地って、意外と体力使うな」


「だよねー。わたし、帰ってから即バタンキューだったし」


 芽衣が皿を並べながら笑う。


「二人とも、朝ごはんできたよ。先に食べてて」


「ありがとう芽衣。……ってか、本当女子力高いね」


「まーね!」

 芽衣が誇らしげにウインクすると、紗耶が小さく笑う。いつもならそのまま冗談を返すはずの蓮だったが、どこか様子が違った。


 昨晩の遊園地で見た、それぞれの表情。

 紗耶がわずかに顔を赤らめたあの瞬間も、芽衣が蓮の袖をそっと掴んだ場面も、頭から離れなかった。


「……柚月からLINEきてた。『また遊ぼーね!』ってさ」


 紗耶がスマホを見せながら、なにげなく言った。

 だが、その口調は少しだけ、どこか引っかかるものがある。


「ん、そうだね。また行けたらいいな!」


「ふーん……ま、ヒマなら付き合ってやってもいいけど」


 視線をそらす蓮。

 芽衣がその様子にクスッと笑っていた。


 * * *


 学校の昼休み。

 蓮がパンをかじりながら、クラスの前を通り過ぎた時。


「ねーねー、昨日柚月って誰と遊んでたの? なんか男といたって聞いたけど~」


「え? あー、それ、たぶん……」

 ちらりと目が合った瞬間、紗耶はバツが悪そうに視線を逸らした。


 ──あれ? なんで俺、隠されたみたいになってるんだ?

 柚月と一緒にいたのは事実だし、なんなら紗耶もいたのに。


 ちくりと胸の奥が痛む。理由はわからないけど、その小さな違和感だけが残った。


 * * *


 放課後。

 蓮が昇降口で靴を履いていると、後ろから軽い足音が近づいてくる。


「蓮くん、おまたせー」


 声の主は芽衣だった。制服の裾を軽く整えて、小さく笑う。


「紗耶は?」


「委員会。ちょっと遅くなるって」


「そうか。じゃあ先に帰るか」


 二人並んで歩く道すがら、芽衣が少しだけ口を尖らせた。


「ねぇ、蓮くんって……柚月ちゃんのこと、どう思ってるの?」


「え?」


「べ、別に気にしてるわけじゃないけど、昨日からちょっと気になってて……」


 芽衣の声は、風に紛れそうなほど小さくなっていた。

 どっちだよ。と、蓮は苦笑しながら、空を仰ぐ。


「柚月は、紗耶の友達で……ちょっとおもしろい子だなって。それだけだよ」


「ふぅん。なら、よかった」


 芽衣がホッとしたように笑った。

 その無邪気さに、蓮はなんだか逆に胸がざわついた。


 家に帰ると、リビングにはまだ誰もいなかった。

 蓮と芽衣はなんとなくダイニングに並んで座り、テレビをつけた。


「……なんか、静かだね」


「そうだな。いつもより余計に静かに感じる」


 ぽつりと、芽衣がつぶやく。


「蓮くんさ……最近、ちょっと変わった?」


「え、そうか?」


「うん。なんか……優しくなった、っていうか」


「……それ、前は優しくなかったってこと?」


「ちがうっ、ちがうけど! でも、今の方が、もっと……あったかい感じがする」


 芽衣の視線が、真っすぐに蓮を見ていた。

 その視線を受け止めきれなくて、蓮は照れ隠しに立ち上がった。


「ちょっと風呂沸かしてくる」


「……うん」


 リビングを出た瞬間、背後で芽衣が小さく笑ったのが聞こえた。

 その笑い声が、なぜかやけに心に残った。


 湯が沸くのを待ちながら、蓮は洗面所の鏡の前で自分の顔を見つめていた。

 芽衣の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。


(優しくなった、か……俺、変わったのかな)


 そんなことを考えているとちょうど玄関の鍵が開く音がした。紗耶が帰ってきたのだろうと思い、リビングへ向かった。


「ただいまー」


 紗耶だった。制服のブレザーを脱ぎながら、リビングに入ってくる。


「あれ、芽衣だけ?」


「ああ、お兄ちゃん今ちょうどお風呂沸かしてるとこ」


「ふーん。……昨日はごめん。なんか、わたし、調子くるってた」


 言いながら紗耶はソファにどさっと腰を下ろす。芽衣はにこにこしながら答えた。


「だいじょーぶ。柚月ちゃんと遊園地の話してたら、もう忘れちゃった!」


「それはそれでムカつくんだけど……まあいいか」


 紗耶が少しだけ笑って、洗面所から出てきた蓮と目が合った。


「……蓮くんも、変わったよね。なんか、最近ちょっと“大人っぽい”っていうか」


「またそれか……」


 苦笑いを浮かべながら、蓮はソファの背にもたれる。


「俺は俺のままだよ。ただ、いろいろ、慣れてきただけ」


「ふーん。だったら、ちょっとは甘えてみてもいい?」


「は?」


「もうすぐ夏休みだからさ、どこ行きたい? 遊園地だけで満足?」

 現在は6月中旬。蓮たちの通う高校は七月初頭から夏休みに入るのである。


 紗耶の問いかけに、芽衣も乗っかってくる。


「そうそう、あたしもまたどっか行きたいなー! 今度は、お姉ちゃん抜きでもいいかも!」


「ちょっと芽衣!?」


 三人の声がリビングに響く。

 もうすっかり、この家での時間が“当たり前”になっているのを、蓮はふと実感していた。


(なんだかんだで……楽しいのかもしれないな、こういうのも)


 そんなふうに思いながら、湯が沸いた合図を聞いて、蓮は立ち上がった。

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