第13章 計画
一方、マサト…事務所にて。
マサトは机に突っ伏し、力なくうめくように呟いていた。
マサトの心の中:
「くっそぉ……変な注目浴びた上に、あんな仕打ち……あんまりだぁ……!」
頭を抱え、目をつむる。あの瞬間、確かに自分のことを知らないように振る舞ったシスリア。
けれども、何かが違うと本能は訴えている。
マサト「おかしい……絶対おかしい……! あれは……シスリアは……全て忘れてる……俺のことも、事件のことも……探偵だったことすら……!」
怒りと悲しみ、そして焦燥が、マサトの思考をかき乱していく。
だが、彼は気づいていた。
マサト「でも……俺だけは覚えてる。俺だけは、あのシスリアを……絶対に取り戻す……!」
…次の日
タースの心の中:
「これは……無理な作戦かもしれない。だが、もし成功すれば……最高の勝利だ。」
「やつに“思い出させる”…そしてその瞬間に、殺す。記憶を思い出すその一瞬……人間にとって最も脆くなる時間……苦痛と混乱が走る隙しかない。抵抗する意思が戻ったなら、それはもう“獲物”だ。プライドは傷つかない。」
「それに……シスリアをこの手で捕らえた瞬間から、もう勝負は決まっていた。これは、俺の勝ちだったんだ……きっと。」
翌朝。
スティーブ(タース)は朝食の席で、静かに切り出した。
タース「シスリア……昨日のことだが……あのマサトくんから、連絡があった。」
シスリアはピクリと眉を動かし、露骨に嫌な顔をした。
シスリア「え……会えってことですか? 嫌ですよ……あの人、しつこいし、少し怖いです。」
当然の反応だ、だがタースは、用意していた言葉を重ねた。
タース「理解しているよ。無理はさせたくない……ただ、今回は“終わらせる”ための話なんだ。彼も謝りたいと言っていてね。これで最後だ。これが済めば、君の前に彼が現れることは二度とない……約束する。」
シスリアは不安げな目で見上げたが、タースの声とその安心感にうなずく。
シスリア「……わかりました。スティーブさんがついてきてくれるなら……」
タースはすぐさま、マサトにメールを送った。
「色々話したいが、まずは建前として“シスリアに謝る”という形にしてほしい、昨日はお互い問題があったが、ちゃんと話すべきだと思う。
ただし、街中は避けよう、君の噂が広がっていて警察にも話が回ってる、少し静かな場所で落ち着いて話そう。」
マサトの心の中:
「……怪しい、めちゃくちゃ怪しい…けど……これは、千載一遇のチャンスでもある……!」
「本当にシスリアが来るなら、真実を見抜ける可能性がある……!」
そして翌日。
タースは車を走らせる。助手席のシスリアは、あのマサトとの写真をじっと見つめていた。
タースはちらりと横目で見た。
タース「……どうした?」
シスリア「いえ……何でもないです……」
表情に微妙な陰りが見えたが、すぐに笑顔を作る。
そして到着したのは、山道の途中にある誰も通らぬ崖沿いのガードレール。車を停め、視線を向けると――そこにはマサトが立っていた。
タースの心の中:
「よし……ここだ、やつには、まずシスリアを一人で向かわせる…俺は“見守ってる”という体で……後部座席から、車ごと突き落とす準備はできてる……」
タース「シスリア、安心して…俺はここから見てる、危なくなったら、すぐ行く。」
シスリア「……はい。」
そう言ってシスリアは、少しおそるおそる、マサトの方へと歩き出した。
タースの心の中:
「さあ……思い出せ……記憶が戻るその瞬間……終わりだ、シスリア。」
緊張と運命の空気が、崖に満ちる。
車内
タースは静かに、しかし張り詰めた視線で前方を見据えていた。
シスリアとマサト。
二人が再び向き合った今、次に起きるのは“何か”だった。
と、その時。
マサトが、おもむろに銃を構えた、しかも――その銃口はシスリアに向けられている。
タースの心の中:
「……なに? あいつ、シスリアに……? まさか……殺す気か……? それだけは――それだけは……!」
だが
タースの脳裏に、数時間前の記憶がフラッシュバックする。
あの朝の車内
シスリアが、マサトとの写真をじっと見つめていたあの“冷静すぎる”表情。
タースの心の中:
「……思い出していたのか……あの時……すでに……!」
そして今、マサトが銃を向けた意味――
「違う……これは……演技だ。シスリアは、記憶を取り戻した上で俺に一撃を加えようとしている……!」
静かに車のドアを開ける。
一歩一歩、重い足取りで現場に降り立つ。
タース「シスリア……思い出したか…写真で記憶を取り戻した上に……即興で作戦まで練るとはな。まったく……驚いたよ、俺の長期にわたる作戦も……水の泡だ。」
シスリアがマサトの手から銃を取り、ゆっくりとタースに向ける。
その姿は、かつての“世界一の探偵”そのものだった。
シスリア「……観念してください。逃げ場はありませんよ。」
タース「そういうわけにもいかない……撃てるのか?シスリア。」
シスリア「……」
マサト「……シスリアさん…どうするんすか……?」
――タースの心の中:
「そうだ……記憶を失った“後”の彼女が、まだ心に残っている…撃てない可能性がある……! 今が……チャンス!」
タースはゆっくりと手を後ろへ回し、隠し持っていた閃光弾のピンを抜いた。
タイミングは完璧。閃光と爆音が一帯を包む。
シスリア「っ……!!」
マサト「ぐっ……目が……!」
その隙に、タースは一気に車に駆け込み
アクセルを踏み抜く。
逃げた。
それでも、シスリアにだけは車を向けなかった。
タースの心の中:
「今撃たれれば……終わりだ……だが……俺は生きた……この勝負はまだ、終わらせない……!」
数分後――道路に腰を下ろしたシスリアとマサト。
マサト「……思い出してくれたんすね、シスリアさん……」
シスリア「……ええ。なんとか、ギリギリでしたけどね。ほとんどは“運”……でも、それと――マサトさんがくれた“写真”のおかげです。」
マサトは言葉を失い、ただ深くうなずく。
マサト「それに……殺さなかった。奴は……」
シスリア「プライドでしょうね……あれでも殺し屋。事故でしか始末できないという、自分の流儀がある。でも…もう、許すつもりはありません。
必ず……私の手で捕まえます。
……惚れてしまった“彼女”のためにも。」
マサト「……シスリアさん……」
陽が沈み、崖の向こうには赤い夕日が静かに落ちていった。
戦いは、再び幕を上げる。
ーー扉が開く。
シスリアは久しぶりに、自らの足で“探偵事務所”に戻ってきた。
玄関に立ち、しばしの静寂の後ーー
シスリア「……ふぅーっ……」
静かに目を閉じ、深く深呼吸をする。
埃ひとつない事務所の空気。
だがそこには、記憶と“居場所”の匂いが確かにあった。
懐かしい。
この数ヶ月、彼女は“彼女自身”ではなかった。
だが今、戻ってきた。全てを思い出して。
「おかえりなさいっすー!」
唐突に、奥から現れたのはマサトだった。
手には山盛りのパンケーキ。
マサト「メープル!どばっどばにかけておきましたからぁ!」
シスリア「……ありがとうございます、マサトさん」
シスリアは微笑みながらパンケーキを見つめ、フォークを手にする。
これもまた、記憶にある“日常”。
静かに、彼女はそれを口に運んだ。
一方その頃…タースの基地。
カメラの映像にも、盗聴にも、もうシスリアの声はない。
事務所の盗聴器も、もう“切れた”。
タースの心の中:
「く……くふふ……ふふふ……ははは……」
タース「面白い……簡単に殺せないから、価値がある……。
何度も殺せる状況を俺は作った……つまり、俺は既に“勝っている”…!
一度勝った……次も勝つだけだ……」
タースは拳を握る。
顔には不気味な笑みが張りつき、冷たい視線が壁を突き刺す。
「……だが、冷静になれ……変装はもう使えない…行動も……縛られている」
つまり……ここからは、生身のバトルのようなもの
記憶を戻した世界一の探偵……その頭脳と真正面から勝負することになる……」
それでも
タースの心の中「だからこそ面白い…俺は……楽しめる。徹底的にやってやるさ……!」
不気味な静寂が基地に広がる。
そして、再び狂気が戦場に舞い戻ろうとしていた。
ゲームは再開される。
朝。
事務所の天井から差し込む光。
カーテン越しに揺れるその光の粒が、シスリアのまぶたをくすぐった。
その目がゆっくりと開かれる。
しかし、その直前…彼女は夢を見ていた。
笑顔のスティーブ。
食卓には温かいスープ。子供の声、幸せな家族の空間。
微笑む“自分”がそこにいた。
あぁ、これは。
シスリア「……夢、ですね……」
静かに起き上がり、ベッドの端で両手を組む。
“あの頃の自分”が心の奥で囁く。
『黙っていれば、あのまま幸せだったかもしれない』
『あの人は、私を大事にしていた』
だが、シスリアは目を細めて言った。
シスリア「それでも…私は…」
鏡の中の自分を見据える。
あの声は人格ではない…ただの「残り香」。
記憶の中に染み込んだ甘い幻だ。
シスリア「私は探偵。あの男を…タースを、必ず捕まえる」
続く




