11 砂嵐
「茜! すぐに上がれ! 砂嵐だ!」
『えっ! ちょっ、マジかぁ!』
遙か彼方にあったと思われた砂の壁は、すでに距離を半分ほどまでに縮めている。速い!
「シュドメルまで行こう! それとも穴の方が安全か?」
俺はパワーアシストの力を借りて、地表を走った。
『上がる上がる! いつ治まるかわからないからな!』
惑星によっては嵐の規模はめちゃでかくなる。最大風速やその期間など、地球を元に考えたらひどい目に遭う。何年も続く嵐があるのだ。
俺は茜のハーケンにたどり着いた。茜はまだ姿を現さない。砂の壁はもうすぐそこだ。
「茜!」
『もうすぐだ!』
茜が姿を現した。ハーケンを掴んでスーツの馬鹿力で引っこ抜く。ビヤーキーに走る茜がそれを巻きとった。茜が飛び乗るようにしてビヤーキーにまたがる。次の瞬間には、茜のお尻にぶつかるようにして俺も飛び乗る。俺が茜の胴に腕を回すのと、
『しっかり掴まってろ!』
と茜が叫ぶのと、砂嵐に巻き込まれるのとが同時だった。
『くそ! ビヤーキー! オートで戻れ!』
ビヤーキーはゆっくりと動きだした。横から大量の砂をぶつけられる衝撃。スーツのパワーアシストがなければ、茜も俺もビヤーキーに掴まってはいられなかっただろう。すっ飛ばされて、どこか遠くで眼を覚ますのだ。生きていれば。
「むう!」
『がんばれ、ビヤーキー!』
ビヤーキーは嵐に流されないように風上に頭を向け、少しずつシュドメルに向かっているようだ。俺は視界ゼロ。ヘルメットの外には砂しかない。
「茜、お腹は苦しくないか?」
嵐に吹き飛ばされないように俺が掴まっているのだ。かなり圧迫されているだろう。
『大丈夫! 安心してしがみついてろ!』
茜の声に強がりはなかった。風向きも影響しているのだろう。ビヤーキーにも感謝だ。
しばらく砂がぶつかってくるのに耐えていたが、
『見えた! というかすぐそばだ!』
頭をずらして前方を見ると、目の前にシュドメルの後部ハッチが見えた。シュドメルもまた風上に頭を向けているのだ。ハッチが開いてビヤーキーがゆっくりと荷室に入っていく。左右に並んでいるドローンは固定されていて、暴風の中でもびくともしない。
ハッチが閉まって風が止んだ。惑星開拓用の貨物航宙機であるシュドメルのハッチは、砂嵐でも空間を密閉する。そういう風に出来ているのだ。
『ふえー、疲れた』
茜がハンドルから手を離して俺にもたれかかってきた。
「お疲れさん。助かったよ」
『ふふ、感謝しろよ』
「さあ、中に入ろう」
俺がタンデムシートから降りると、
『うわ』
茜がシートに仰向けにひっくり返った。
「なに? そんなに疲れてんの?」
『いいやー、ちっとも』
しかし茜はそのまま動こうとしなかった。
「やれやれ」
俺はこっそりため息をつくと、手を差し出した。
『ため息、聞こえたけど?』
茜は俺の手を掴んだ。
「なんのことだか」
俺は優しく茜を引き起こす。
「脚、上がるか?」
『ああ。よいしょ』
若者言葉。
やや足元がふらつく茜を支えてエアハッチへ入る。プラズマとアルコール噴霧で滅菌するとエアーを入れ換える。奥のハッチが開いてクルーゾーンへ入り、俺と茜は安堵の息をついた。
『ふー、やれやれだ。しばらくここで缶詰だな』
「そうだな。早く砂嵐が収まるといいが」
俺たちは狭い休憩室に入るとヘルメットを脱いだ。ソファとテーブル、壁に埋め込まれたフードマシンくらいしかない。
「装備も外す?」
「そうだな。外してやろう」
俺は茜の後ろから装備を外しながら、
「お弁当は何日分だ?」
と聞いた。
「んーと、七日分だな」
デフォルトか。なにかあった時のために備えての、最低日数分のフードマシンの原料だ。砂嵐はそれほど長くは続くまい。いざとなったらシュドメルで無理矢理にでも帰還するしかないが、上空は風が不安定でできれば嵐の中を飛びたくはない。
「よし、全部外したぞ」
「んー! 楽になったー!」
茜は大きく伸びをした。
「それは気のせいだ。俺のも頼む」
俺は後ろを向いた。スーツのパワーアシストがあるのだ。装備の重さなどないに等しい。
「そうかな。楽になる気がするけど」
茜が俺の装備を外しながら言った。
「ほい、オッケー」
俺も楽になった気がしたが気のせいだ。
「ありがと。なにか食べるか?」
「お、いいな。なんにしようかな。隼人はなんにする?」
「お前と同じものだ」
「ずるいぞ!」
俺たちは笑った。
結局、茜がメニューを決めて、青椒肉絲定食と麻婆豆腐定食、春巻き単品を分けあって食べた。
「ふいー、食った食った」
茜がスーツのお腹をぽんぽんと叩いた。膨らんでいる。
「スーツ脱ぐ。苦しい」
茜が背中を向けたので超高性能ファスナーを下ろした。
「食べ過ぎだ」
「隼人も脱いじゃえよ」
「そうだな」
俺たちは下着姿でソファに座ったが平気だった。
『スサノオ三号から通信です』
シュドメルのAIが言ってきた。
「お? 打ち上げたのか? 繋いでくれ」
『隼人?』
マモルの声が室内に響いた。
「マモル、通信衛星を打ち上げたんだな」
『うん、手順を間違えたね。もうすぐで全域が通信可能になるよ。それより、そっちはなにか大変なことが起こってないかい?』
「ああ、砂嵐に巻き込まれた。シュドメルに茜といる」
「ヤッホー」
『それならよかった。そんなデータが来てたんだ。それによると、明日には治まると思うよ』
「わかった。助かったよ、教えてくれて。じゃあ明日戻る」
『了解。気をつけてね』
通信が切れる音がした。
「あー、なんか安心したー」
茜が俺にもたれかかってきた。柔らかくて温かくてすべすべだったが、重かったので押し返した。
「おっとと。じゃああたしはシャワーでも浴びてくるか」
茜が立ち上がってドアに向かう。
「あ、一緒に入る?」
茜が途中で振り返った。このシュドメルの浄水機能は、スサノオ三号と違って使った水を百パーセントは回収できない。しかし明日戻れるなら節約する必要もないだろう。
「いや、大丈夫だぞ」
「そっか」
茜は向こうを向いてブラを上から脱いだ。白い背中が露わになったがすぐにドアが閉まった。残念などとはこれっぽっちも思わなかった。




