10 謎の穴
『飽きたー』
茜が座席からずり落ちそうなだらしない格好で言った。
スサノオ三号を出てから二時間ほどが経過していた。最初は初めて見る星の景色に感嘆の声を上げていた俺たちだったが、同じような岩と山ばかりだ。次第に言葉は減っていった。
「飽きたな」
フルオートにしたのですることはなにもない。異常はないかと地表を見ても、生物はいるはずもなく、気になるのは天候ぐらいだが特に雲も見えず、問題はまったくないように思われた。しばらくして、
『あれ? 隼人、あれを見てみろ』
茜が指差す三次元モニターの映す奇妙なものはすぐわかった。
「穴?」
岩盤に開いた大きな穴のように見える。しかし、
『四角形じゃないか?』
茜の言うように、直線四つで構成された四角い穴なのは間違いなさそうだ。
「ここまで来た仲間がいるのか?」
『シュドメルじゃあんなの作れないだろ』
確かに単体では無理だろう。シュドメルの簡易測定によると長辺は約二〇〇メートル、短辺は一〇〇メートルほどだ。工作機械を運んできたとしても、穴を掘る理由がわからない。調査目的の採取にしてはでかすぎる。
「マモル、聞こえるか?」
スサノオ三号への回線を開いて問いかけたが、応答はなかった。通信衛星を打ち上げてないので声が届かないのだ。通常の惑星開拓の場合はまず通信連絡網を整えてから実働隊が軌道上の開拓宇宙船から飛び立つのだが、手順を誤ったようだ。
「しまったな、焦り過ぎたか」
『あれってひょっとして、エイリアンの?』
茜が声を潜めた。
人類はいまだ地球外知的生命体と遭遇していなかった。いや、俺たちが宇宙に旅立った時点では、という方が正確か。その後の千年で地球では友好関係を結んでいたり戦争しているのかもしれない。なんにしろ、俺たちは地球外知的生命体と遭ったことはないのだ。知的じゃない地球外生命体はわんさかいる。
「うーん、どうなのか」
この星に生命が誕生していず、俺たちの仕業でもないとすればその可能性は高いだろう。自然にできた物とは思えない。
『あたしたちで調査しようぜ、人類初のエイリアンの痕跡を』
「むむむ」
『歴史に名が残るぞ?』
悪い意味で残るかもな。人類初のエイリアンのトラップにかかって死んだ者、みたいな? しかし、
「シュドメル、あの穴から一キロ離れて着陸しろ」
『了解』
『お、隼人も名声には弱かったか』
「そんなんじゃない」
ただの学術的好奇心だ。学術的はなくてもいいかもしれない。
シュドメルが着陸すると、狭い通路を通って貨物室に向かう。日菜子との時は荷物が満載されていたので使わなかったものだ。途中で茜の柔らかいお尻と何度も接触したが、もうちょっと通路が広ければいいのにと思うばかりだった。
小さなエアロックから貨物室に出た。
『どっちが運転する?』
「宇宙ジャンケンで決めよう」
アステロイド、シューティングスター、サンの三すくみだ。
『コ、ス、モ!』
俺がサン、茜はシューティングスター、茜の勝ちだ。
『運転しまーす!』
操縦と言ってほしいがな。
ビヤーキーはモーターボートをひっくり返して長く伸ばしてシートをつけたようなそんな形状だ。カッコいい。
シートにまたがった茜の形のいい柔らかいお尻にぴったりくっつくように抱きついた。安定するからの他に理由はない。
『よし! しっかりしがみついとけよ!』
ビヤーキーを起動させるとシュドメルの後部ハッチが開いた。弾かれるように加速したビヤーキーがシュドメルから飛び出す。地上五十センチほどをビヤーキーは走るように飛んだ。
『ひゃっほうー!』
「調子に乗って穴に落ちるなよ!」
あっという間に穴のそばについた。俺たちはビヤーキーから降りる。近くで見るとその大きさがわかる。惑星開拓ではこの何十倍もの規模で土壌を工事するので大きさ自体にはさほど驚かないが、何者がやったのかわからないとなれば話は別だ。
「かなり時間が経ってるな」
『うん、角は丸くなってる。危ないから近づき過ぎるなよ』
「ふ、誰にものを言ってうわあ!」
足が滑って落ちそうになった。
『隼人!』
差し出された茜の手を咄嗟に掴み、茜はそれを強く引いた。茜の下半身に抱きつくように、お尻にしがみつく体勢になった。茜のお尻は大きくて柔らかかったが、しっかりしがみつくにはやや頼りないな、とだけ思った。
『なにやってんだ、言ったそばから!』
茜が怒ったのは俺のうかつな行動だけだ。俺を立たせると手を握ってきた。
「もう大丈夫だぞ」
『あたしがのぞくから握ってて』
穴の深さは一〇〇メートルほどだ。重力は同じくらいなので落ちれば普通はぺちゃんこだが、スーツには色々仕掛けがあるのでまずそうはならない。登ってくるのが面倒ではある。
茜はおそるおそる徐々に落ち込んでいく縁に近づくが、真下は見えそうにない。見る必要もなさそうだが。
穴の底は大小さまざまな岩が転がっている。砂が積もっているのは吹きこんだものと風化したものだろう。
「なにを見たいんだ、茜?」
『あそこ、削岩機のあとがないか?』
茜は縁の落ち窪んだあたりを指差す。
「なに?」
俺には見えなかったが、穴の遠くにある側面にはだいぶ風化が進んでいるが、確かに縦向きの筋が入っているように見える。もしあれが削岩機のあとだとすれば、人類に匹敵する科学力を持っているだろう。
「詳しく調べてみるか。茜、ハーネスで降りてみろ。俺はあたりの土壌を調べる」
俺は茜を引っ張り上げた。
『面倒なんだよね』
「つべこべ言うな」
俺は茜のお尻を叩いた。ぷるんと揺れるのはそれがお尻だから当たり前だ。
『あいた。へいへい』
「へいは一回!」
『へーい』
茜は胴体装備からワイヤーに繋がったハーケンを引っ張り出すと、適当な地面に電磁ハンマーで打ち込んだ。がっつんがっつん叩かなくても添えるだけで打ち込むことができるものだ。形はフラッシュライトに似ている。
茜はワイヤーを伸ばしながら、穴の縁に沿って徐々に下降していく。
俺は周辺に地球外知的生命体の痕跡がないかと、つぶさに観察しながら足を進めた。
『んー、やっぱりなにかの機械で削ったように見えるな。ドリルかも。そっちはどうだ、隼人?』
「特にないな。ひっかき傷さえなさそうだ」
そうやって半周して元の場所から対角線を引いたあたりで、岩盤に残る傷跡を見つけた。俺はしゃがんでよく見てみたが、自然にできたものなのかそうじゃないのかは判断がつかなかった。かなり風化が進んでいる。
俺は胸の装置から超高性能マイクロスコープを引き出した。細いワイヤーで繋がっているのは宇宙空間でなくしてしまわないためだ。手が滑って飛んでいったでは仕事にならない。惑星での操作の際は、高所から落として下の通行人に怪我をさせないためでもある。
超高性能マイクロスコープで傷跡を撮影し、拡大画像をヘルメット内の反射モニターで見てみたが、傷はつけられた方向がわからなかった。
立ち上がって周囲を見ると、ちょっと離れたところにもうひとつ同じような傷があった。平行なふたつの傷跡。
「なんだこれは」
思わずつぶやいた。
『どうした?』
茜の声に顔を向けると、茜は絶壁の半ばまで下降していた。
「傷があるんだけど――」
そこまで言って茜の遥か向こうにある黄土色の壁に気がついた。空まで覆い隠すような高い壁。あれは――。




