電子の届かぬ丘
(お題:東京稲妻)
東京に稲妻が落ちて大規模な停電が起こったことを知ったのは次の日の朝になってのことだった。八月の暑さが真っ盛りの夜に、電気タイプのポケモンが集いに集ってかみなりの威力勝負をしたかのような、えげつないパワーを持った稲妻が落っこちたのだと、あちこちから証言が入ってきているらしい。いかづちが落っこちただけなら昔からある災害だけれども、最近のはそうではなく、ひとたび停電が起こってしまうと人々はまともに生活ができなくなる。僕はたまたま出張で福岡に居たのだが、その被害のほどを考えると気が遠くなった。
そう、最近の雷は電磁パルスを起こすのだ。なので、どれだけ対策をしていても電気機器は機能しなくなってしまう。よってインフラは破壊され、真っ先に電気の供給がストップするし、充電式のものも誤作動を起こして最終的に故障を起こす。夜の出来事だったから、一瞬にして関東全域が真っ暗闇になったはずだ。
僕は早く東京で何が起こっているのかを知りたかったが、どこにも情報はなかった。それはそうで現地から情報を発信する手段がないのだ。電磁パルスは徹底的に電子機器を破壊するために、根本から動作しなくなる。そのために、電波などはまるきり役に立たない、恐らく東北や中部に拠点を構えるマスコミが、現地に行って帰ってくることによって初めて情報が知らされるだろう。ひどい雨と暗闇の中、取材に行くだけの根性がある報道局がいたならばもう情報は入っていたのだろうが、まだなにも分かっていないことからして、そういう人は居なかったのだろう。
とにもかくにも、東京には家族を残してきているので、僕は行けるところまでは行こうと新幹線に乗り込んだ。名古屋が終点となってしまって、僕はとりあえず名古屋駅をぷらぷらしながら続報を待った。昼を食べようと適当に入った定食屋でテレビを見たが、詳しいことは本当にわからないらしい。取材班からの連絡もなく、現地の人達からの連絡もない。周りの客達が「テロかもな」「そんな陰謀論めいたこと言うなよ」「でももう東京はダメだぜ。やっぱ次の首都は名古屋だろう」とか話していたので、いよいよ不安が募ってきた。
鉄道網が回復する見込みが無いので、僕はレンタカーを借りて東京へ向かうことにした。
……夜になった頃には東京に入ることができた。天気はもう良くなっていて、湿気がむっとするくらいなものだった。暗いせいでよく分からないが、タイヤが水たまりを蹂躙する音が頻繁に聞こえる。僕の運転する自動車のライトが、この地域で点灯する唯一の明かりだった。
僕は自宅に辿り着いた。スマホの電灯で家の中を照らす。
「おい、帰ったよ。大丈夫か?」
呼びかけると、ドタンバタンと音がして、妻が這い出てきた。僕の持っていた明かりに転がり込んできた彼女は、まるで幽霊みたいだった。
「で、でんきを持っているの?」
彼女は僕のスマホを凝視して、子どものように目を輝かせる。
「これは電気だけど、ほんのちょっとだよ。それよりも、無事だった?」
「ううん、電気が無くて……」
「あはは、それは見れば分かるさ。怪我も無さそうで何よりだ。それで、文は?」
文は僕と彼女の娘だ。今年で五歳になる。
「ふ、文は……お風呂場」
彼女が告げた。……その調子に僕は嫌な予感を覚える。インフラはすべて壊滅したはずだから、水道なんて出るはずがないのに、どうして風呂場なんかに?
僕は慌てて風呂場に向かって、浴室を覗きこんで……絶句した。目を見開いて、悲鳴を上げた表情のまま事切れている文の姿があった。なんだこれは、どうしてこんな──!
「電気を! 電気を持って行かないで!」
妻の悲鳴が聞こえてきた。僕は思わず電灯を消して、彼女の様子を確かめに行く。妻はごろんと廊下に見を投げ出し、長い髪を振り乱して、這いつくばるようにして僕へ追いすがろうとしていた。
なんだこれは……。
その時、家のドアがドタバタ騒々しく鳴った。窓もガンガンと鳴り響く。
「電気を! 電気を寄越せ!」
「その電気を! 明かりを……明かりをくれ!」
「ネットだ、ネットをさせろ!」
僕は一昔前のゾンビ映画を思い出す。僕は動く死人に囲まれた主演俳優の汗の滲んだ顔を思い出す。だが、僕は抵抗するなどというのは思いもよらない事だった。僕はあの主演俳優のように強くはない。ああ、と僕はへたり込む。あいつらは拳銃を持っていて、すぐに自殺することが出来た。でも、僕にはそれができない。
それならば……と、僕は電灯を消して、叫ぶ。
「俺も……電気がほしいんだよ……」
恐怖心は去った。が、同時に安心感も持って行かれてしまった。
あらゆる電子機器が身体の機能の拡張であったとしたら、その拡張だけを破壊された人達は中途半端な人間みたいなものになるんじゃないかなー、という想像。
追記:あとでスピルバーグの『宇宙戦争』見たんですけど、まんま同じことやってました……。




