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2fool2die  作者: 不覚たん


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2/2

ちょっとワガママ

 少し前まで動いて喋っていた人間も、死んでしまえば動物のエサだ。

 大量の死体を放置しておけば、ヘタすると疫病の温床になる。

 つまり、もはや死体だらけのこの街に住み続けることはできない。


 翌朝、男は目を覚ますと、荷物をまとめた。

 この終わった街を出て、別のコミュニティに参加するのだ。もしそんなものがあれば、だが。


「え、どっか行くの?」

「そうだ」

 昨日の女はまだ居座っていた。

 しかもどこかの部屋を勝手に使って、ぐっすり一眠りしていたらしい。もうそれらは誰のものでもないのだから、特に問題にはならないが。


 女はボサついた髪のまま、斜め下から顔を覗き込んできた。

「まさかとは思うけど、友達を置いていかないよね?」

「ああ、そうだな。友達は置いていかない。もし俺に友達がいればだが」

「いるんだよねぇ、いま、お兄さんの目の前に」

 まったくめげない。皮肉も通じない。人として大事ななにかが壊れているとしか思えない。


 男は荷物をまとめながら、こう尋ねた。

「恥も外聞も捨て去って質問するよ。消去法でこれしか思いつかなかったからな。あんた、なぜ俺に固執するんだ? まさか俺のことが好きなのか?」

 返事はます舌打ちで来た。

 女は不快そうに目を細めている。

「この勘違い野郎がよォ……」

「いや、好きじゃないならそれでもいいんだ。けど、だったら理由を教えてくれよ。ほかに理由が思いつかないんだから。だいたい、理由もなくついてこられたら怖いだろ。人はなんにでも理由を求めてしまうものなんだ」

「人は? 主語が大きくない?」

「大きくない。質問に答えられないなら置いていく」

 また舌打ちが出た。

「お兄さんさ、人の心とかないワケ?」

「なくはない」

「見てよ、この世界! もう滅んじゃってるじゃん! つまり、誰とも出会えないの。会話の通じる相手には、特にね。言うなれば、長いこと宇宙を旅してた人間が、やっと知的生命体に出会えた感じなのよ。そしたらこの大虐殺でしょ? みんな死体になっちゃってんだから、もうお兄さんとお友達になるしかないじゃない。あたしに選択肢なんてある? ねぇ? どう思う?」

 圧が強い。


 男はいちど作業の手を止め、女を見た。正面から目が合ったが、あまりにもキマりすぎていたため、すぐさま視線をそらした。もしメデューサに元ネタがあるのなら、たぶんこの手の女だったのであろう。

「いいか。あいつはこの街を暴力で支配してたんだ。だから是正しようとしたら……結果として虐殺になった。悪いのはあいつだ。あいつがお行儀よくしていれば、俺だってムダな労働をせずに済んだ。いわばブルシット・ジョブだ。いや、料金さえ発生してないんだから、ブルシット・ボランティアだな。いや、ボランティアでさえ料金が発生するケースがあることを考えると、俺の扱いはもっとひどい。つまりこの世界がひどい」

「話が長い」

「苦情はこの世界に言ってくれ」

「主語が大きくない?」

「大きくない。反論は受けつけない。喋るな。呼吸もするな。俺はいま忙しいんだ」

「んぐーっ」

 女は素直に呼吸を止めようとしてアホ顔になっている。

 ただでさえヤバい目がさらにヤバくなっている。

 どうしようもない。


 *


 荷物をまとめた男は、旅立ちの前にバーカウンターへ立ち寄った。

 すべての酒を運ぶことはできないから、いまこの場で飲めるだけ飲んでおくしかない。


「そういえばあのジュース飲んだあと下痢になったんだけど。もう水みたいなのがびゃーっと出てさ。死ぬかと思っちゃった」

「そうか。だが、その報告は俺が酒を飲み終えてからにしてくれ」

「あ、ごめん。いまのはわざとじゃないよ。でも友達なんだからさぁ。楽しいお話は共有したいじゃん?」

「そ、そうだな」

 下痢で楽しめるのは子供だけだろう。

 いや、子供でさえ顔をしかめるかもしれない。

 だからこの手の話は、一部の特殊な嗜好の相手にするのがいいだろう。きっと喜んでもらえるはずだ。


 女はしばらく冷蔵庫をあさってから、「どうせこれも下痢確定じゃん」と言いながらドアを閉めた。まったく反省していない。

「ねえ、お兄さん。もしかしてあたしたちの出会い、運命だとか思ってない?」

「まったく思ってないです」

 心の距離が敬語となって出てしまった。

 お兄さんの心は確実に傷ついている。


「ま、運命じゃないかも。でも、ただの偶然でもないんだよね」

「なにか導線があったと?」

「そう」

「……」

 答えはイエス。

 だが、男がどれだけ待っても、女は中身を言わなかった。


「どんな導線が?」

 やむをえず男が尋ねると、女はダブルピースで応じた。

「ワロリンチョ! 言わないってことはさ、つまり言わないってことじゃん」

「大臣の答弁かよ。あとそのワロリンチョってのはやめてくれ。精神衛生上よくない」

「あ、イラついちゃった? いいじゃん。お互いさまなんだし。今後もお互いの精神を削ってこうよ。友達じゃん?」

「友達っていうか拷問官じゃないか?」

 人間は完璧ではない。

 中には傷つけてくる友人だっているだろう。

 しかしこの女は傷しか与えてこない。マイナスしかない。害そのものだ。目つきもヤバい。成人した女が臆面もなくセーラー服を着用しているのもいくらか許しがたい。


 女はやれやれとばかりにおどけた表情を見せた。

「拷問官? それ、本気で言ってる?」

「本気じゃないけど。少なくとも俺の知ってる友達の関係じゃない」

「お兄さんの想定する友達ってなによ? 言ってみ? セクハラ以外で」

 完全にセクハラ認定されている。

 昨日のことをまだ引きずっていのか。

「俺にとっての友達ってのは、何年かにいっぺん会うかどうかってヤツのことだよ」

「友達いねーだけじゃん」

「いるんだよ。あんたと違ってな」

「……」

「いるよ」

「……」

 女の顔面から、みるみる表情が失われていった。

 大袈裟な演技かもしれないが。


 そこかしこでカラスが喚いている。

 一面エサだらけでさぞ嬉しかろう。

 カラス以外もいる。


 女は完全にしょげ返り、黙り込んでしまった。

 男は気づかないフリで瓶からビールを飲んでいる。

 時間だけが過ぎてゆく。


 あるとき男は立ち上がり、棚から袋詰めのチョコを手に取った。それを開封してテーブルに置く。

「食べる?」

「うん」

「ビールとチョコって合うんだよね。ピーナッツもあれば最高なんだけど。もう誰も農業なんてやってないだろうから、いまとなっては貴重品だ」

「うん」

 女はチョコの包みをとって、口に放り込んだ。

 黙って味わっている。

 男は仕方なく酒を飲み続ける。


 カラスがケンカしている。

 他の縄張りから出張してきたヤツがいたのだろう。

 やってることが人間と同じだ。

 いや、人間が動物と同じなのかもしれない。


「いるもん……」

 女が、突然そんなことを言い出した。

「えっ?」

「友達。いるし」

「ああ、ごめん。勝手に決めつけて……」

「昨日できたばっかりだけど」

「……」

 あきらかに男のことを言っている。

 だが、反論しづらい雰囲気であった。茶化したら余計に面倒なことになる。しかも女は、おそらく「こっち側」の人間。戦闘になったら泥仕合になる。


 男は頭の中で慎重に言葉を選び続けた。

「友達っていうのはさ……。なんていうか……。互いに分かち合える存在だと思うワケよ。俺はね。あくまで俺の意見ね」

「だからチョコくれたの?」

「いやまあ……そう……かな……」

「じゃあお友達ってことでいいの?」

「そ……うかも? いまにして思えば、そこまで否定するほどのことでもなかったし……」

 成人した男女が、友達かどうかでモメている。まるで学生レベルのやり取りだ。

 女はダァンとカウンターを叩いた。カラスたちが一斉に静まるほどの勢いで。

「だったらいるじゃん! あたし、友達いるんじゃん! なんでさっき違うみたいに言ったの!?」

「え、急に怖……。落ち着いてくれよ。ホントに」

 女は血走った眼球のまま、ぐっと顔を近づけて威圧してきた。

「友達の縁ってのはさぁ、そんなに簡単に切ったりつないだりできないんだよ? 分かる?」

「こっちはずいぶん簡単につながれた気がするんだが」

「はい? じゃあつなぐほうは簡単でいいわ。でも切るのは簡単じゃない。分かるよね?」

「試合中にルール変更しないでくれ」

「試合じゃない! 戦ってないんだから! あーっ! 怒ったらまた下痢しそう! 怒らせないで!」

「いっかい座ろう。ね?」

「あたしもお酒飲もうかな」

「いや、君は飲まないほうがいいんじゃないかな」

 男はまるで爆弾でも解体している気分であった。

 誤った刺激を与えれば、爆発しかねない。

「なんで飲んじゃいかんの? もう未成年じゃないんですけど?」

「バッグにミネラルウォーターあるから。これ飲んで。いまたぶん水分足りてないんだと思う」

「うん」


 ペットボトルの水を与えると、女は両手で抱えてごくごくと飲み始めた。

 おそらく実際に、下痢のせいで軽い脱水になっていたのであろう。

「ぷはぁ。落ち着いたぁ。っぱ水よ。人体の七割は水だし」

「うん、そうだね……」

「あ、チョコもいっこ食べていい?」

「好きに食べてくれ。いっぱいあるから」

 女はにこりと笑みを浮かべた。

「お兄さん、もしかして優しい人? だって、あたしがちょっとワガママ言っても怒らないんだもん」

 ちょっとワガママ?

 明らかにそんなレベルではなかった。

 しかし幸い、そこに触れないだけの理性が、この男には備わっていた。


「もう少ししたら、この街を出よう」

「置いてかない?」

「置いてかないよ。新しい街に行って、新しい友達を作るんだ」

 そしてその友達とやらにこの女を押しつけるのだ。

 さもなくば男に自由はない。


 女は満面の笑みだ。

「あー、はいはい! だったらあたし、修学旅行の続きがしたい! ほんで新宿行って、鎌倉行って、京都行って、奈良行って、川越行って、ほんで……沖縄も行く!」

「海外は?」

「えー、マジで? 海外もアリなん? けどあたし、英語分かんないしさぁ」

「補陀落(ふだらく)とかいいんじゃないかな? 君にオススメだよ」

「なにそれぇ? 聞いたことないんだけどぉ。お兄さん、もしかして海外とか詳しいタイプ?」

「いや、たまたま知ってる場所言っただけだよ」

 補陀落は浄土である。

 生きたまま行き着いたものはいない。


 男はつい小粋なジョークを言いたくて、補陀落などと口走ってしまった。だが、それがなんなのか女にバレてしまったら、またしても先程の発狂を食らうハメになるだろう。

 決して知られてはならない。

 口は災いのもととはよく言ったものだ。


「えーと、もっとチョコ食べる?」

「食べる食べる! え、ヤバ。お兄さん、もしかしてあたしのこと好きだったりする? あー、でもごめん。あたし、お兄さんみたいな人タイプじゃないんだよね。ごめんねごめんねぇ」

「ははは、まいったな……」

 今回も「死ねよ」という言葉を飲み込んだ。

 かなり偉い。

 ノーベル平和賞の候補になっていないのがおかしいレベルだ。


 カラスはずっと喚いている。

 もはやここらは人間の支配するエリアではない。

 そのことを、彼らも理解したのだろう。


(続く)

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