第11章
源頼朝と北条政子の長女・大姫の生涯を描いた作品です
頼朝さまはすっかり懲りて、もう二度と大姫さまの縁談を口になさる事は無いだろうと思っておりましたところ、わたくしの考えが甘すぎたようです。しぶとさにかけては古今東西の誰にも負けない頼朝さまは、今度は何と大姫さまの入内話を持ってまいりました。いえ、正確に申しますと、都の有力貴族である土御門通親さまと丹後局さまから
「大姫を帝の妃にしたらどうか?」
と持ちかけられ、その話に頼朝さまが飛びついたというのが真相でございます。
大姫さまを天皇の妻にし、男の子が生まれれば、その子を次の天皇にして、自分は天皇の外戚として政治の実権を握る・・・頼朝さまは、この考えに夢中になりました。
しかしながら、それは頼朝さまたち源氏が、命を懸けて倒した平家がやってきた事ではありませんか。源氏の武士たちは、平家のやり方に不満があったからこそ、頼朝さまを担いだのです。頼朝さまも、平家とは違う、武士による新しい国造りを目指していたはずです。それなのに、ここへきて頼朝さまが平家と同じ道を歩もうとし始めたものですから、誰もが違和感を覚えておりました。
そんな周囲の困惑をよそに、大姫さまの入内工作に邁進する頼朝さまは、翌年の初春、表向きは東大寺の落慶供養を理由に、政子さまと大姫さまを連れて上洛なさいました。もちろん、入内の話は大姫さまには内緒です。
実はこの時、例によって大姫さまは
「わたしは行かない」
と駄々をこねたのですが、わたくしが
「死ぬ前に一度で良いから京の都を見てみたいなぁ・・・都はさぞ美しいところだろうなぁ・・・でも、大姫さまが行かないとなると、わたくしも一緒に留守番だなぁ・・・」
と思いっきり哀っぽく嘆いたものですから、わたくしを不憫に思われた大姫さまが、再び思い腰を上げてくださったのです。
結果的に大姫さまを欺いたのは悪いと思いますけど、わたくしも頼朝さまと同じように、大姫さまに幸せになっていただきたい、その一心でしたので、下手な芝居をしてでも、とにかく大姫さまを外へ連れ出す、その事だけに集中しておりました。
牛車に揺られての都への旅・・・わたくしは楽しくて道中ずっとはしゃいでおりましたけど、大姫さまは物憂げな表情を崩す事がありませんでした。
そして、ようやくたどり着いた京の都・・・ちょうど桜が咲く季節でした・・・都は何と美しいことでしょう・・・やはり鎌倉のような田舎とは違います・・・わたくしの目には、都のすべてが洗練された上質なものに映りました・・・
都へ到着すると、さっそく頼朝さまは朝廷工作を開始し、様々な人とお会いになっていらっしゃいました。大姫さまも、政子さまとご一緒に、今回の入内話の張本人である丹後局さまのところへご挨拶に行かれました。何も知らなかった大姫さまは、丹後局さまとお会いして初めて、自分を天皇の妃にする計画が進んでいることをお知りになりました。それを知って腹を立てるかと思いきや、意外にも大姫さまは平然としていらっしゃいました。
しかしながら、大姫さまの入内話は立ち消えになりました。結局、頼朝さまは、朝廷内の勢力争いに巻き込まれただけだったのです。大姫さまの入内話も、政争の道具としての用が無くなるや、ポイッと捨てられてしまいました。朝廷に巣食う魑魅魍魎のような貴族連中に上手くしてやられて、武士の棟梁である頼朝さまの面目は丸潰れでした。後に頼朝さまは、鷹狩りの途中、何者かによって暗殺されてしまうのですが、その原因は大姫さまの入内問題にまつわる頼朝さまの方向転換と諸々の失策にある、とわたくしは推察しております。
大姫さまは、最初から頼朝さまの入内工作が失敗すると予想していたらしく、とても痛快そうな笑みを浮かべていらっしゃいましたけど、長旅が虚弱な体にこたえたのか、鎌倉に帰り着くなりすぐ病床に臥せてしまわれました。
それから二年あまりの間、大姫さまのお体は病と闘っていらっしゃいました。最後は、あらかじめ約束されていた命の期限が来たかのように、急激に衰弱していかれました。政子さまは狼狽し、医者を何人も呼び、僧侶を集めて読経させましたが、もはや死が避けように無いことは誰の目にも明らかでした。
頼朝さまと政子さまは可能な限り大姫さまの側にいて看病なさっていらっしゃいましたけど、たまたまお二人が席を外していた時、大姫さまはわたくしを枕元に呼んで、苦しい息の中、こうおっしゃいました。
「都を見せてあげられたから、今までさんざん世話になった加代に対する義理は果たせたわよね」
「何をおっしゃいます」
わたくしは泣きながらそう叫びました。
「わたくしの事なんかどうでも良いですから、姫さま、また元気になってください」
「もう良いのよ、加代。都へ行ったことで父上と母上に対する義理も果たしたし、ようやくわたしは義高さまのところへ行けるわ」
「駄目です。もっと長生きしてくれなくちゃ駄目です、姫さま」
「静さまに言われてから、わたしは自分の責任を果たす事だけを考えてきました。それを果たし終えた今、わたしは安心して義高さまのもとへ行けます」
「そんな悲しい事をおっしゃらないでください、姫さま」
「なぜ泣くの? わたしは嬉しいのよ、加代」
「姫さま」
「今までありがとうね、加代」
「姫さま」
「義高さま、おいちは今そこへ・・・」
慌てて頼朝さまと政子さまを呼びに行かせたのですが、もう間に合いませんでした。そのまま大姫さまは、わたくしに看取られながら、静かに、眠るように、義高さまが待つ死の世界へ旅立たれました。二十年の短いご生涯でした。
大姫の存在を知ったのは、昭和54年放送のNHK大河ドラマ『草燃える』によってでして、幼少期の大姫を斉藤こず恵さん、成人後を池上季実子さんが演じていらっしゃいました。様々な事が納得できなくて、結果うまく生きられない、生きるのが不器用な人は、あんがい多いと思います。かく言う私にもその自覚があり、だから大姫に惹かれたのでしょう。損得だけで割り切れれば楽でしょうけど、そうさせない何かも人生にはありますよね。




