第1節 Ⅵ「裏切りの探偵」
「ふぅ……」
私は一人、屋敷のはずれにある川岸で海に散らばった宝石のような夜空を見上げていた。
あの後、ジャンヌを西園寺の屋敷の戻ったら「夕飯の護衛はいいです」と追い払ってしまった為、星を見ながらすばるから貰った余りの草団子を食べている。
今のところ、これが私の夕飯だ。「また明日護衛をお願いします」って言われてもせめて屋敷に居させてくれよ、と納得いかない行動に愚痴った。
(もしかして、護衛の夕飯の分は用意されていないという理由だけで追い払われていないだろうな?)
……ありえないな、とこれ以上追求することは止めた。疑問は追求するほど、ややこしくなって信頼関係を損なう……昔、誰かがそう言っていた。とにかく余分な追求はするなってことだ。
(さて、どうしよう……屋敷に戻って陰から警護でもしようかな……)
私は団子の串を川に投げ捨て、西園寺邸に戻る事を考えた。何かあったからじゃ遅い。すぐに対応できるように戻ったほうがいい。そう思った私は立ち上がって、西園寺の屋敷に帰路した。
「――?」
――帰路しようとした矢先、ゾクリ……と震えるような強い視線を感じた。まるで殺意を持った人間が探して見つけたような、獲物を狩るような視線だった。
鯉口を切り、後ろを振り向く。そこには白く包まれたスーツに纏った男が立っていた。
花魁のように妖しく見せる男性――私はこの男性の正体を知っている。
「……なんだ、お前か」
鯉口を戻し、私は男に近寄る。そして、男はベレー帽を手に持って紳士的な会釈で私に声をかけた。
「おぉ、これは姫香さんではありませんか!」
「何やっているんだよ、探偵。こんなところで」
探偵と呼んだ男――こいつは、葵奏多。
白いスーツに身をまとい、完全に西洋坊ちゃんスタイルを見せるキラキラのイケメンである。だからといって全て西洋坊ちゃんではなく、髪や瞳は真っ黒な生粋の日本人だ。
彼とはあるきっかけで出会い、知ったかぶりのホラを吹く……クソ童貞の陰気野郎だ。でも、そんなヤツでも私はこいつを信用している。何故なら、コイツが掴む情報は他の探偵に比べたら最短で1日で調べ終えるスピード探偵だ。
早い理由は……色々警察沙汰になるから突っ込まない方がいい。
「いや何、私もこの夜空を眺めようと思いまして―――」
「嘘つき。さっきから調査をしているような鋭い目つきだったぞ」
そう、こいつはいつも嘘をつく。探偵だから嘘をつくのは当たり前、と思ったそこのあなた。
実はこの探偵、何度もホラを吹き、嘘を重ねるような行為を何度も行っている。そのせいで『裏切りの名探偵』なんて悪いレッテルを貼られている為、少なくともこの周囲は信用されていない。
全部嘘くさい、適当すぎる話だと思うが、私が証人のひとりだから信用しろ。
「……バレっちまった、か。じゃあ――」
「うるさい、とっとと喋れ」
耳を引っ張って、回りくどいホラを制止させる。最初はそんな事はしなかったけど、二度三度やらされた時から制止させているのだ。
「実は西園寺木見助の屋敷を調査していたんだ。ほら、あの黒い噂が絶えない海外商人」
西園寺木見助……って今日の仕事の依頼人じゃないか。
……そういえば聞いたことがある。黒い噂を嗅ぎつける人はいたが、その後行方不明になる人が出ている。噂じゃ、西園寺木見助が消したとか噂が出ているけど、行方不明者を消した証拠もないので未だに謎に包まれている。……こんなホラ吹き探偵が、黒い噂の全容を知りたがるなんて意外すぎだ。いつも地味な猫探しがメインな依頼が多かったのに……。
「……どういう風の吹き回しだ?」
「知りたいか?」
頷くと、彼はキョロキョロと二人だけの状況を確認して耳元に囁かせた。
「例の黒い噂を調査して欲しいって頼まれてね。だが、思うように近寄れない」
「まあ消されている人が居れば、探偵も―――っておい、調査を頼まれた……?」
「あぁ、なんでも今日仏蘭西からやってきたご令嬢の護衛人からな」
「珍しい仏蘭西から依頼……ってお前海外の言葉喋れるのか?」
「ああ、昔オヤジが外国人の講師を雇って色々な言葉を学んでいたからさぁ……、ついでに俺も学んでいました」
「またホラ吹きじゃないだろうな?」
「んなわけねーだろ、それじゃ試しに……」
何個か英文を聞いてみたのだが、英語を知らない私にとって何言っているかわからない。だけど、コイツがまともに英語喋れるのが意外だった。
私も、こいつの知らない事をあったなんて……なんかむかつくなぁ……。
「信じてくれたかい?」
「あぁわかった。で、なんでそんな奴から?」
「どうしても日本を訪れたいご令嬢が、危険な目に合わせたくない……と涙ながらに言っていた。だから、私も涙ながらに裏付け調査を行っているのさぁ」
「―――仏蘭西のご令嬢?」
どこかで聞いたようなワード……確か、ジャンヌは仏蘭西からやってきたって言ったよな。しかもご令嬢だから護衛人がいるのが当たり前だけど、ジャンヌは船で別れたとどこかで言っていた。……まさかね。確かに合点いく共通点が多々あるけど、そうとは限らない。たまたま違う令嬢がその屋敷を調べたいって言っただけだよな……たぶん。
「どうした、姫香。悩ましい顔しているぞ」
「あぁ、いやなんでもない」
「――それより、お前はあの黒い噂の屋敷から出てきただろ?」
「え?」
「え、じゃねぇ。言っただろ調査しているって。ちょうどお前が屋敷出たからこうやって会っているじゃないか」
「……まさかだと思うけど、殺気に満ちた視線を出したのはお前だった?」
「あぁ、昔から調査すると殺気が出ているねぇって言われちまうけど」
嗚呼、さっきの緊張を返してくれ……と、恥ずかしくなってきた。なんでこんな変態探偵に牙をむかなければならんのだ……少し後悔した。
「それよりも、お前はあそこで何やっていたんだ?」
「……仕事だよ。たまたまあそこの護衛する仕事があったから」
「そんじゃ、あそこの中はもう見たってことだよな?」
「まあ、そうなるわな」
「些細なことでもいい、教えてくれ。噂の証拠でも見つかったのか?」
「教えてもいいけど、あまり調査に進展するようなデカイ証拠はないぞ」
「なんでもいい、頼む!」
丁寧に土下座までするなんて、意外すぎてちょっと引きそうになった。調子狂うやつなのに逆な行動をしている光景を見れば、見ている方が気持ち悪い。
溜息を出して懐から封筒を取り出した。これは依頼された時にもらった、屋敷の上面図だ。建築時に使う簡略的なものだが一階から三階までの部屋の区切りがよくわかる。ただし、庭や裏庭にある蔵の図面はない。なんでこんなものを渡されたのかよく分からないが、多分部屋の場所を知ってほしい事だろう。
「西園寺邸の構造図だ。これでいいだろ?」
それを奏多に渡して、懐に仕舞った。
「あぁ、少しだけど調査が進む」
サンキューな、と言って髪をなびかせながら走り去った―――私は奏多を呼び止めた。
「おい、ちょっと待て!」
「まだ手がかりがあるのか?」
「いや、それとは違うが……ちょっとコイツの身元情報を調査してくれないか?」
懐から一枚の写真――今朝がた貰ったジャンヌの肖像写真を奏多に渡した。
「別にいいが……こいつがどうかしたのか?」
「いや……その……ちょっとな」
口籠んで言う。――私は悩んでいる。初めて出会った時に喋った、ジャンヌ・ダルクの子孫――その言葉を聞いた時からある疑問が頭の中で蹲っている。
『お前、本当はジャンヌ・ダルクの子孫じゃないだろ?』
……昔からの癖なのかもしれない。人を疑うべし、と戦場で裏切る行為があるかもしれないから……本当に嫌な癖が抜け出せないのが阿呆らしい。
ジャンヌ・ダルクは南蛮の本を読む限り、火刑に処されて死んでいる。普通なら子孫がいるなんてありえない話だ。たとえ影武者と入れ替わって処刑するのも少し無理がある。オルレアンの聖女は、当時キリシタンの考えでは裏切った行為で人から疎まれていた……なんて話もある。
あんまり好ましい事ではないが、もやもやした状態であの子に接するのは怖い。
「……何でもない。とりあえず調べてくれ」
「わかった。調査協力のお礼でやっとくから、借りはチャラって事でいいだろ?」
「お前にだけは貸し借り作りたくないもんな」
「はは、うるさい。それで、こいつの名前はなんて言うんだ?」
「名はジャンヌ・ダルク二十三世。仏蘭西から来た金持ちのお嬢様だ。あと、ジャンヌ・ダルクというワードで食いつくのは止してくれよ」
「はいはい、お前はいつもテンションが悪い事で。いっそのこと俺みたいにスペェシャールゥーな言葉で―――」
「絶対お断りだ。早よ調査に戻れ!」
尻に蹴りを入れて突き飛ばすと、明後日の方向へ走り去っていった。
「全く……能天気なやつ……」
そいつを見ていると、バカが伝染ってしまう……元から私がバカだけか。
「まあいいや、家に帰ろう」
西園寺邸を見張るのを決めていたけど、思ったより眠気が溜まっているから止めた。
とぼとぼと重い足取りで家に向かう。早く寝て明日の護衛に備えよう。欠伸が出て急に眠気が襲い、無理やり覚醒したら頭痛が起こった。
西園寺邸から近い集合民家がある。箱館戦争後に建てられた若い建物だが、建造から一年で幽霊が出るという噂で住みたくないと曰く物件となってしまった。
「ただいま」
静かな家に入り、二階にある自室の引き戸を開いて誰もいない家に返事をする。六畳部屋には、小さい箪笥と床には酒瓶と新聞などのゴミが無残に散らばっている。ここ数日、掃除していなかった。とりあえず、自分が寝られるスペースを確保して布団と枕を畳に引く。
「――いてっ」
ふと箪笥にぶつかり、その反動で飾っていた写真立てが倒れてしまった。
写真立てを立て直す。そして寝る――と思った時、写真に目をとどめてしまった。
「―――」
まだ日本に写真というものが知らなかった時に撮った家族写真だ。父と母と私と双子の妹の五人の集合写真――私は父から剣術を教わっていたが、あるすれ違いで勘当されたのだ。
もう、十年以上も家族に会っていない。この写真を持つ意味は、度々家族を思い出すようにその写真を家出前にくすねた。多分、写真を見ていれば心が落ち着く……なんて癒し効果のあるハーブと同じだ……と思う。
私は特に、双子の妹の姉である――花緋の事が気になる。昔から繊細すぎて、よく子供にいじめられていた。妹をいじめから守ってやれたのは私だった。もう私の代わりにいじめから守ってくれる人が居るのか……。でも、奈津芽がいるから大丈夫か……。
……でも、できれば戻ってふたりの様子を見たい。だが、地元の長野に行くまでの行く費用がない。その為に今日の警護の仕事をしたんだ。まあ、これは私個人の事だからすばるには長野に帰る事は黙っている。
「―――――あっ」
突然、勘当される直前の走馬灯が走る。懐かしいけど、思い出したくもない。ただ、私は間違った事は言っていない。間違っているのはオヤジの方だ。
「くそっ……じじいの事思い出したらイライラしてきた」
写真立てを元に戻して、私はすぐに布団に潜り込んだ。忘れたい、と強く念じて目をぎゅっと閉じる。眠れる……これで嫌なことも忘れられる。
「ぐぐぅ……」
鼾をかいて、私は深淵の眠りに入っていった―――――




