第18戦 VS東行桜
「しゃる・うィー・花見?」
朝起きた私に母さんが放った一声は、あまりネイティブな発音ではなかった。
「家人さん、明らかに季節間違えてません?」
ユカの吐息は白く、体はかすかに震えていた。
私も大して変わらないが。
「母さんに聞いてくれ・・・・・寒い」
この時期に桜が咲いているわけが無かろうに。
まあ、ここは大和家から10分もかからない位置だからな。
本邸を囲んでいる山に、ちょいと散歩に来ただけだと思えば良いか。
「さあ皆、着いたわよ!」
花の無い桜も、もしかしたら風情かも知れんな。
葉桜という言葉もある事だし。
今の時期は葉ですら無いが。
・・・・・って
『えええええええ?!』
「わあ、すごいですねっ♪」
「すごいきれいです・・・」
「何故咲いている・・・」
そこにはとても大きい桜が満開となっている。
周りはほとんど落葉した木が多いので、一際美しく咲いている。
「あ、そっか。お兄ちゃんは知らないんだっけ」
「どういうことだ?」
「説明しよう!」
「いや、母さんはいい」
冷たくあしらうと、母さんは「いーもん・・・ふんだ・・・」とか言いつつ地面に『の』を書き始めた。
母さんは説明が下手だからな。
理解するまでに、何時間かかるかわからん。
「ということで、父さん頼む」
「あれは東行桜という名前の桜だ。その昔、とてもせっかちな事で有名な東行法師という人物が、その桜の下でモテないことを悔やんで自殺して以来、咲くのが普通の桜より早くなってしまったそうだ」
「笑えるような、笑えんような・・・」
我が家の近くにそんな珍しくてアホみたいな桜があるとは。
私がリアクションに困って間に、渡部がレジャーシートをひいて宴会のセッティングをしていた。
「母さん、昨日も10リットル以上飲んでいたのだから、酒は控えた方が良いんじゃないか?」
「花がある、酒がある、これで飲まずにゃいられんってもんよ!」
「・・・未成年には飲ませるなよ」
止めても無駄だろう。
どうせ母さんが飲みすぎで体を壊すことも無いか。
飛行機からヒモ無しバンジーをしても死ななかったくらいだしな。
「それにしてもせっかちな桜か・・・・金取れそうだな」
「お金はいただいておりませんが、ちょっとした穴場として、通な旅行好きには知られているそうですよ」
たまにそれを見に来た客を大和家に泊めたりもしますよ、と渡部は続ける。
客は大和邸内で道に迷ったりしないのだろうか。
「あ、さっそく通な旅行好きの方が来てますよっ★」
「あれ、橘!?」
「樫野木、どうしたんだこんな所に?」
「・・・橘君・・・」
あ、森もいた。
「いや、うちの叔母さんが(以下少略)」
通な旅行好きは、どうやら林葉達の叔母さんのようだ。
しょっちゅう振られて傷心旅行に行っていたからな。
「・・・それで実は・・・」
「ああ、分かった」
ということは森と樫の木が入・・・・
「ヌヌ〜ん」
「ってヌヌちゃんいつからいたんですか?!」
「いつと言われても・・・」
「ヌ〜ん」
大体ヌヌ猫は私の肩にいつの間にか乗っていたり、ついてきたりしているが。
描写が無いだけで。
今回はバッグの中で丸くなっていた。
我が家の猫はコタツだけでなく、バッグの中でも丸くなるらしい。
流石に宝蓮荘の猫は一味違うな、と考えているとカンナが自己紹介を始めた。
「おにいちゃんの友達ですね、はじめましてボクは妹のカンナです」
なんか友達をやけに強調してないか。
気のせいか?
「よろしくカンナちゃん、私は樫野木欅よ、隣のはリ・・・森林葉よ」
笑顔で樫野木が答える。
ほんの少しの間をおいて、それに林葉が続く。
「・・・はじめまして、家人君の妹さん・・・」
こっちはこっちで妹を強調しているし。
どうかしたのか?
「家人の父だ、こちらが妻だ」
「・・・はじめまして・・・」
「ないす・テゥ・ミー・テゥ!」
相も変わらず母さんはテンション高いな。
ふぅむ、にしても人数が大分多いな。
整理すると
渡部(使従)
橘蓮(母さん)
橘曲尺(父さん)
橘カンナ(妹)
橘家人(私)
後藤真木(後輩)
向陽由華(友人)
森林葉(秀才)
樫野木欅(同僚)
どう考えても多い。
まあ花見は人数が多ければ多いほど良いだろう。
肝心の桜は一本しか咲いていないが。
「母さん、未成年は勿論、父さんにも酒は飲ますなよ」
「ほぇ?」
父さぁあん!?
もう、遅かったか・・・
あなたの死は無駄にしない。
妙な感傷に浸っていると、何やら後ろからねっとりとした妖気を感じる。
全身から冷や汗を流しながら、ゆっくりと振り向く。
そこには聖母のような笑顔の真木だった。
「先輩、私の料理食べてくださいっ★」
そう言って、真木が差し出してきたのは重箱。
聖母のような笑顔だが、手に持った重箱は悪魔にしか見えない。
≪ギュルリヴォオオオオ・・・・≫
そのおぞましい啼き声に身が固まる。
これを食えと言うのか?!
「さあ、先輩っ☆」
に、逃げたい。
しかし女性の作ってくれた料理を拒否するのは無礼に値する。
私はいつも逃げてばかりいた・・・・
だからもう逃げない!
「いただこう・・・」
わけのわからない覚悟を決め、おそるおそる重箱を開く。
オーラ、いや可視できるほどに濃くなった腐臭がもれる。
腐臭の中から現界したものは・・・
(え、エイリアン?!)
ちょ・・・なんか蠢いている。
手の平サイズの昆虫の進化系のような生き物、十匹ぐらいがワシャワシャと蠢く。
無理無理無理無理無理無理無理!!
すまん、これは無理だ!
先刻の覚悟は、絶対気の迷いだ!!
「家人様」
「え?」
酒に酔い、顔を僅かに赤らめた渡部がそれを口に放り込んだ。
私の意識はそこで途切れた。
橘家人病院搬送
そのときの後藤真木の言葉
「失神するほどおいしかったんですねっ♪」
言うまでもなく、東行桜は西行法師の西行桜のパロディです。
東方や古文の勉強で縁があったので一丁やってみました。
知らない人は調べてみるといいかもしれません。
私自身あまりよく知りませんが・・・
実際の西行桜の下で西行法師が死んだという史実は無い(と思います、きっと)
誰か間違えてたら教えてください。
にしても古文・・・か・・・(遠い目)