日本3
3月1日。
卒業式が終わり、隼人と2人、家に向かって歩いている。
わたしの両親は来てくれたけれど、小絵ちゃんは卒業式に来られなかった。
ライルさんと一緒に、彼の最後の仕事をするために海外に行っているのだ。
「陽菜、俺と付き合って」
隼人が立ち止まり、唐突にそう言った。
「え?」
「何回言ったら伝わるの? これで101回目」
隼人はため息をつく。
「ごめんなさい」
不思議に思いながらも、わたしはいつものように頭を下げた。
隼人はもちろんわたしとライルさんが付き合っていることを知っている。
「……このやり取りも今日で最後だね」
「隼人?」
「陽菜、どっか遠くに行っちゃうんでしょ?」
返事ができない。
今後のことを小絵ちゃんには話したけれど、隼人にはまだ話せていなかった。
小絵ちゃんから聞いたのだろうか。
「あーあ。仕方がないから、もう降参する。俺もそこそこいい男だと思うけど、どう頑張ったってライルには敵わない。大体卑怯だよね。あのビジュアルで魔法が使えるとか、神の領域だよ」
「それは……わたしもありえないって思う」
隼人は笑った。
「でも、降参したホントの理由はそういうことじゃない。俺さ、これまでずっと俺が陽菜のこと一番好きだって自信があったんだよね。けどそれは、陽菜が陽菜だからだよ。ライルは多分、陽菜が別の姿になったって、例えば人間じゃなくたって何も変わらないんじゃないかな。もう次元が違いすぎて笑っちゃうよ」
「隼人……」
「陽菜、どこへ行ったっていいけど、幸せでいてよね。それだけは約束して?」
隼人は俯いた。
「ごめんね……」
わたしは再び謝る。
「謝らなくていい。ちゃんと約束して?」
「うん。……約束する」
わたしは答えた。
「じゃあ、たい焼きでも食べて帰ろ?」
隼人は顔を上げると、わざとらしいくらいの笑顔でそう言った。
「隼人……。隼人、餡子嫌いじゃない」
「そんなんカスタードにするから大丈夫」
いつもの軽口。
泣きそうになる。
ありがとう、隼人。
隼人が幼馴染でよかった。
ナギに戻っても、隼人のこと……絶対忘れない。
わたしも隼人の幸せを願ってる。
2週間後、最後の仕事を終えたライルさんは、わたしの両親の前で土下座した。
「陽菜さんを俺に下さい。俺の全てを掛けて陽菜さんのことを絶対に幸せにします」
そんなセリフを一体どこで覚えたんだろう。
しかも土下座って。
「ライル君、頭を上げて」
父は狼狽えている。
「娘はようやく高校を卒業したばかりだ。まあ、君はしっかりした青年だから若いことには目を瞑ろう。だが、一体どこの国へ連れて行くって?」
「サイネリアのナギです」
「聞いたことがない」
父は頭を抱えた。
「すごく遠い国なの。でもお父さんに認めてもらえなくたって、わたしはライルさんと一緒に行きます」
きっぱりとそう言った。
「陽菜……」
父は困惑の表情で固まっている。
「ライルさん、立ってください。もう行きましょう」
わたしの言葉にライルさんは左右に首を振った。
「お前のご両親にきちんと認めてもらうまで、俺はお前を連れていけない」
「ライルさん……」
「ご両親に認めてもらわないで、お前は幸せになれるのか?」
ライルさんは言った。
確かにそうだ。
わたしが間違っていた。
事情を説明できなくても、気持ちだけはもっと精一杯伝えなければ……。
わたしもライルさんの隣に座り、床に頭をつける。
「お父さん、お母さん、今まで大切に育ててもらったのに勝手なことを言ってごめんなさい。けどわたし、どうしてもライルさんと一緒に生きていきたいんです。許してください」
「陽菜、そこまで……」
「あなた、ライルさんは小絵ちゃんや隼人くんが認めた人よ。きっと大丈夫」
母が言った。
「2人とも頭を上げなさい。……ライルくん、どうか陽菜のことを頼みます」
父は母と顔を見合わせ、微かに笑った。
「くれぐれも体にだけは気をつけるのよ」
母の声が優しく響く。
「ありがとうございます。きっとまた2人で会いに来ます」
ライルさんはそう言って、ようやく頭を上げた。
自宅を出て、一緒に彼のマンションに向かう。
「ライルさん、どうしてさっきはあんなこと……。わたし、ちゃんと分かっています。もう陽菜とさよならしなければいけないって」
陽菜との別れ……。
こちらに戻る前から分かっていた。
覚悟していた。
わたしは元々陽菜ではない。
前にライルさんは、わたしのことを本物の陽菜だと言ってくれたけれど、セリアとして生きていくのならどうしたってこの体と別れなければいけない。
だから誰も哀しまないように、サイネリアに戻るときには、ライルさんにひっそりと陽菜の躰を土に還してもらおうと思っていた。
当然、もう両親、隼人や小絵ちゃんに会うことはできない。
「こちらの世界のものをサイネリアに持ち込むべきではない」
ライルさんは言った。
それは前にも聞いたセリフ。
わたしは静かに頷く。
「だが、俺は陽菜をサイネリアに連れて行こうと思っている」
「えっ?」
「長い間、魂のないセリアの躰を眠らせておけたのは、時を留める魔法と躰を成長させる魔法の高等技術。今度はそれを陽菜に施せばいい」
「そんなこと、自然の摂理に反します」
「そうかもしれない。しかし彼女もまたお前だ。こちらで一緒に過ごして、改めて彼女もまたお前なのだと実感した。だったらお前の命が尽きるまで、星川陽菜はお前と共にあるべきではないのか?」
「ライルさん……」
「陽菜の躰があれば、またいつかこちらを訪れることもできよう」
わたしは左右に首を振る。
「……そんなことは許されません」
「誰に?」
ライルさんは首を傾げる。
「誰って、神様……とか?」
彼は緩く笑う。
「俺には神の罰よりお前が哀しむ顔を見るほうが怖い」
わたしは泣きながらライルさんに抱きつく。
「ライルさん、ありがとうございます」
「礼を言うのは俺のほうだ。今、自分が魔術師で良かったとようやく思えた」
ライルさんは、わたしの頭をそっと撫でた。




