日本2
隼人の家の前まで行くと玄関先で、
「陽菜ちゃん!!」
と声をかけられる。
隼人のお母さんの小絵ちゃんだった。
「は? 母さん4日くらい帰らないんじゃなかったっけ?」
「そうだったんだけど、先方の都合が悪くなったから陽菜ちゃんに会いたくてさっさと帰ってきちゃった。ところで」
小絵ちゃんの視線はライルさんに向けられている。
「信じられない!! 超完璧な顔とスタイル!! 貴方、お国はどこ?」
「母さん?」
隼人が呆れた声を出す。
「陽菜ちゃんの知り合い?」
「知り合いっていうか……」
どうしよう。
全然心の準備ができてない。
「陽菜ちゃん、彼を紹介して!! まさに理想通りの逸材!! 是非ともうちのブランドの専属モデルになって欲しい!!」
「ええ!? モデル?」
わたしは大声を上げる。
「何を言っている?」
ライルさんは怪訝な表情で尋ねた。
「小絵ちゃんが、ライルさんにモデルになりませんかって」
「どういう意味だ?」
「小絵ちゃんが作ったお洋服の良さをアピールするお仕事をしてほしいってことです」
「さっぱり分からない」
ライルさんは額に手を当てる。
サイネリアにファッションモデルという職業はないのかもしれない。
「彼の言葉、不思議な響きね。でもどうして陽菜ちゃんまで話せるの? 何か訳あり? 家はどこなの?」
小絵ちゃんは立て続けに質問する。
「あるわけないじゃん。ライルに家なんてないよ」
隼人が答えた。
「ライル……さんていうのね。来日したばかりでまだ家は決まってないのかしら。そうだ!! 良かったら家に来て。どうせ息子と2人だけで部屋ならいくらでも余ってるんだから」
「冗談じゃない!!」
蒼ざめた表情で隼人が叫んだ。
それからライルさんは本当に小絵ちゃんの家に居候し、小絵ちゃんの洋服のブランドの専属モデルになってしまった。
もちろん、無理矢理ということではない。ライルさん自身がモデルという仕事を理解した上で、収入を得るために了承したのだ。
そして、今や彼は日本語を完璧に理解している。
それどころか英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語まで理解し、海外に行っても何ら困ることがない。
当然人々が類い稀なるビジュアルのライルさんを放っておくはずもなく、モデル以外の多方面から声がかかったけれど、ライルさんは小絵ちゃんとの仕事以外何も受けなかった。
ついでと言っては何だけど、対抗するかのように、そういったことに全く興味のなかった隼人までが最近モデルの仕事を始めてしまった。
もっとも隼人の場合は学生なわけだから、バイトの域を超えるものではなく、ライルさんと比べて仕事内容は格段に薄い。
ただ、期待のモデルと言うことで人気は上々。そして、すずちゃんや学校の女子の隼人への熱狂ぶりが怖いくらいだった。
お世話になっている小絵ちゃんには、ある程度の事情を話した。
異世界のことはさすがに驚いていたけれど、ライルさんの魔法を見せたら瞬時に受け入れ、わたしの両親にもやんわりと小絵ちゃんの仕事仲間としてライルさんを紹介してくれた。
小絵ちゃんには、本当に感謝しかない。
月日が流れて、高校卒業間近の冬休み。
なるべくライルさんと一緒にいたくて、わたしは進学をせずに小絵ちゃんの会社に就職することに決めていた。
今、ライルさんは小絵ちゃんの家を出て、近くのマンションで一人暮らしをしている。
わたしは彼のマンションを訪れた。
ライルさんとわたしは小絵ちゃんのおかげで、もう親も公認の仲だ。
「姫」
ドアを開くと、思いもしない人物が現れた。
「カエヒラ様?」
わたしは驚いてカエヒラ様を見つめる。
「セリア姫、お久しぶりです」
そのライルさんにそっくりな綺麗な笑顔。
懐かしさがこみ上げて、カエヒラ様に思わず抱きつく。
「おい、なんで親父に抱きつくんだ」
ライルさんは不機嫌な顔で、わたしをカエヒラ様から引き剥がす。
カエヒラ様は楽しそうに笑った。
「あの、カエヒラ様。お会いできてとても嬉しいですけど、どうしてこちらに?」
わたしは改めてカエヒラ様を見上げる。
「準備が整いましたのでお迎えに上がったのです」
カエヒラ様は真剣な表情で仰々しく頭を下げた。
カエヒラ様の話によると、あれからジェイド王子とメル姉の婚儀は国民に反発されることなく無事に行われ、5国同盟も着実に進められているとのことだった。
「でも、まだたった2年です。わたしが戻るには早くないでしょうか?」
「いえ、ご心配に及びません。お二人とも今か今かと姫のお帰りを待っておられますよ」
カエヒラ様は微笑む。
「男女の双子が生まれたそうだ」
ライルさんが言った。
「……え?」
「これでカナンはもう安泰です」
カエヒラ様が言った。
ああ……。
勝手に涙が溢れる。
メル姉とジェイド王子……短い期間でずいぶん頑張ったんだね。
「戻って…… 2人におめでとうとありがとうを言いたいです」
ライルさんは止まらないわたしの涙を指で拭い、そっとわたしを抱きしめた。
すぐにでも2人と赤ちゃんたちに会いたいと思った。
でも、陽菜としての人生をこんな中途半端なところで投げ出すわけにはいかない。
カエヒラ様には先に戻ってもらい、わたしの卒業を待って、わたしとライルさんはサイネリアに戻ることに決めた。




