一緒に
王族を降りたトキ王子が再びナギにやってきたのは、それから3日後のことだった。
「本当に来られたのですね」
ライルさんは少し呆れた口調で言った。
当然、トキ王子を歓迎している様子はない。
「思っていたよりずっと早かったのですね。予想通りの反応でしょうが、カナンは大変な騒ぎになっています。今こちらに来られて大丈夫なのですか?」
メル姉が心配そうに尋ねる。
「ええ。民衆が騒いでいるだけで、政に関する重要な事柄は大概片付けてきましたから。まあ暫くはこちらとカナン、行ったり来たりになるかと思います。そんなことより」
トキ王子はそう言ってわたしを見つめた。
「姫、そろそろ異世界へ戻ろうと考えているのではありませんか?」
「どうして……」
トキ王子は笑みを浮かべる。
「貴方はとても素直な方です。メル姫とジェイドの計画に乗るのでしたら、まず彼女たちの負担を一刻も早く軽減しようと考えるはずです」
「負担?」
「偽りの……現状の負担です。見つかっていないのなら、今、ここにいるべきではないと」
わたしは頷く。
「少しだけ待っていてもらえませんか?」
トキ王子は真剣な瞳でわたしを見据える。
「え?」
「私も連れて行っていただきたいのです。その異世界とやらに」
「ええ?」
わたしは大声を上げた。
側でメル姉も驚いている。
「それがこんなに早く動いた理由ですか?」
ライルさんの問いにトキ王子は頷く。
けれどトキ王子は、ライルさんを見ずにわたしを見ている。
「魔術師を連れて行くおつもりなのでしょう? 不公平です」
「不公平……」
思いもしない言葉に唖然とする。
「先に宣言したはずです。王族を降りたら姫の臣下になると。ですからもう私も貴方の臣下。貴方のことを守りたいのです」
「何を勝手なことを言っているのですか。連れて行けるはずがないでしょう」
ライルさんがわたしの代わりに答える。
トキ王子はようやくライルさんに視線を向けた。
「それは感情面で言っているのですか? それとも物理的に?」
「……両方です。異世界まで移動するのに相当な魔力を要します。当然、普段の空間魔法の比ではありません。魔力を貯めたスイレンサニマを使って俺1人がようやく飛べるレベルだというのに」
「そんなことは分かっています。ですが、アラクネの魔力の結晶を使ったキリクが貴方の跡を追えたのですから、不可能ではありませんよね。連れて行っていただけるのでしたら、残っている結晶を全てお渡ししても構いません」
「キリク……。また彼を使って無理にでも付いてくるおつもりですか?」
「そんなことはしませんよ。臣下は主に従うものです。そもそも貴方ではなく、私は姫にお伺いを立てているのです」
トキ王子の視線が、再びライルさんからわたしに移った。
「こ、困ります。わたし、向こうではただの高校生なんです。守るって言われても、危険なことなんて全くありません。それにライルさんのことだって家族への説明が難しいのに、トキ王子まで連れて行くなんて、そんなことは絶対に無理です」
ライルさんだってそうだけど、こんなに綺麗な人を向こうの世界で見たことがない。
彼を日本に連れて行ったら、魅惑の力で日本征服、いや世界征服すらされそうだ。
「キリクから聞いてはいましたが、こちらとはかなり異なる世界のようですね」
「はい」
わたしが相当困った顔をしていたのか、トキ王子は笑った。
「解りました。無理を承知で言った願いです。貴方が駄目だと言うのなら諦めましょう。ではせめて、何か私にできることはありませんか?」
わたしは少し考える。
「ライルさんの代わりにフラワーガーデンの妖精さんたちにお水をあげて下さい」
「……些細な願いですね」
トキ王子は、拍子抜けしたように肩をすくめた。
「大切なことです」
「承りました。私は己にできることをして貴方の帰りを待ちましょう。もっと魔力の使い方を覚える努力もしてみます。その魔術師にできて、私にできないことがあるというのは屈辱的ですから」
「セリア、私もできるだけ早くあなたを迎えに行けるように頑張るわ」
メル姉が言った。
わたしは、無理をしないで……と言う言葉を飲み込んで強く頷く。
メル姉とジェイド王子を信じて、今はただ再会を願おう。
数日後、わたしとライルさんがサイネリアを離れる日がやってきた。
考えていたより早急になってしまったのは、トキ王子が動いたことでジェイド王子が正統な王位継承者となり、カナン国民のわたしを求める声が大きくなってしまったからだ。
この機を逃さず、メル姉とジェイド王子は例の計画を実行するつもりのようだ。
自国の民にもわたしが見つかったことは公表されていない。いないわたしがこのまま去ったとして、何も問題はなかった。
ライルさんを連れて行くことは、正式に了承をもらった。了承というより、むしろ喜んでくれた。
カエヒラ様もリズさんも快く送り出してくれる。
わたしとライルさんは、わたしの存在を知るごく一部の人たちに別れの挨拶をした。
カエヒラ様、リズさん、スサトさん、ルビナさん、コレットさん、サリさん、花の妖精さんたち、その他お城勤めの人々、ハンナの人々。
別れは淋しい。
でも大丈夫。
きっとまた会えるから。
「本当は迷惑だったのではないか?」
ライルさんはベッドに横たわるわたしに声をかけた。
緊張感のない体勢だけれど仕方がない。
セリアの身体は、ナギに置いていかなくてはいけなかった。
「え?」
「いや、いい。迷惑と言われても、お前から離れるつもりはない。……トキ王子より始末が悪いな」
ライルさんは自嘲気味に笑う。
トキ王子との話の中で、家族への説明が難しいと言ったから、気にしてしまったのかもしれない。
「迷惑じゃありません。ライルさんが一緒に来てくれること、本当に嬉しいって思ってます」
「そうか。だが、一つ心配なことがある。俺はお前の世界でどうやって生計を立てたらいいんだ?」
ライルさんは真剣な瞳で尋ねる。
生計……。
世界の時間を止められる魔術師が、一体何を言っているのだろう。
「ライルさんなら、なんでもできると思います」
わたしは笑って答えた。
それから、複雑な装飾の髪飾りを外してライルさんに渡す。
クライはライルさんの中にいるけれど、この髪飾りも一緒に連れて行きたい。
わたしは瞳を閉じた。




