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そういうつもり

 エチカさんの案内で、わたしは客間に移動した。

 シンリーさん、エリスさん、カミラさんは遠慮したようで、部屋まで付いて来てはくれなかった。

 キイロさんがスワリのお茶を淹れる。


「姫様、出過ぎた質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 エチカさんは言った。


「はい、なんでも聞いてください。あ、みなさんどうぞ座ってください。一緒にお茶を飲みましょう」

「ありがとうございます。では、失礼致します」

 エチカさんはそう言って先にキイロさん、マニさんをテーブルセットの椅子に促し、自分もわたしの斜め横の椅子に掛ける。


「あの……姫様はライル様をカナンに一緒にお連れになるつもりなのですか?」

 エチカさんは聞いた。


「カナン?」

「カナンの王妃になられる際に」

「あ……」

 驚いたけれどおかしな質問ではなかった。

 わたしがカナンの王妃になることは周知の事実なのだ。


「姫様とライル様は想い合ってらっしゃるのに、お辛い……ことです」

 エチカさんは暗い表情で俯く。


「そのことですが、わたしはカナンには行きません」

「え?」

 エチカさんとの会話を静かに聞いていたマニさんが、小さく声を上げる。


 わたしはできるだけ長くならないよう、ライルさんがわたしの気持ちを受け入れてくれたこと、メル姉とジェイド王子の決断のこと、一度向こうの世界に戻ることになったことなどを話した。

 3人は喜んだり悲しんだり驚いたりしながらわたしの話を真剣に聞いていた。


「実は私、姫様に無理を承知でお願いしようとしていたことがあったのです」

 エチカさんは視線を下に向ける。


「一緒にカナンへ連れて行っていただきたいと思っていたのです。侍女として」

「エチカさん……」

「勿論、私なんかが行かなくても姫様のお世話をする者がたくさんいることは分かっています。でも、私自身、少しでも姫様の役に立ちたくて」

「私達も同じ気持ちです。けれど、私達は行けません。姫様がハンナにいらした時に、十分にくつろげるよう待つ者も必要ですので」

 マニさんが言った。


「このことはおさと相談して決めたんです。本当は長だってご自分が姫様の側に居たいって思ってるんです。でも長は長としての役割があるので、ご自分の思いをエチカ先輩に託しました。もうすでにエチカ先輩はお城の厳しい侍女の試験にも受かっています。そもそもお城の侍女でないとカナンへ一緒に行くことなんて叶いませんから」

 キイロさんは自分のことのように自慢げに言った。


「姫様がナギの女王になられるのでしたら、私も女王にふさわしい侍女になれるようもっと精進致します。姫様、私がナギのお城に上がることを許していただけますか?」

「勿論です。嬉しい。エチカさん、ありがとうございます」

 わたしは立ち上がって、エチカさんの手を取る。


「とんでもございません。姫様、こちらこそありがとうございます」

 エチカさんは柔らかな笑みを見せる。


「あ、そうです。姫様がナギに残られるのでしたら、エリスさんとカミラさんもお城の試験を受けると思います」

 キイロさんが言った。


「わあ、楽しくなりそうですね」

 わたしは両手を合わせる。


「楽しいというより騒がしくなりそうで心配ですが……」

 エチカさんが言った。


「その前に、まずあの厳しい試験に受かりますかね?」

 マニさんが急に眉を顰め、辛辣な言い方をしたので、みんな笑い出してしまった。

 わたしたちは、お茶を飲みながらしばし談笑する。



「……ですが姫様、考えてみたら喜ばしいことばかりではございませんね。先程の話を纏めますと、姫様とは暫くお会いできないということになります」

 キイロさんが言った。


「向こうの世界からのお戻りがいつになるかは、カナンの情勢次第ですし」

 マニさんが呟く。


 メル姉はそんな風に言わないけれど、まだ見つかって・・・・・いないわたし・・・・・・は、一刻も早く向こうの世界に戻ったほうがいいのだろう。


「大丈夫ですよ。わたし、きっとナギに戻ってきますね」

 言葉に出したほうがいい気がした。

 メル姉とジェイド王子のことを信じている。


「あ、ライル様はそれで」

 マニさんは大きく目を開く。


「え?」

「お泊りになるつもりで浴場に行かれたのではないでしょうか?」

「泊まる?」

「こんな言い方をするのはなんですが、そういうつもり……ということです」

「そういうつもり?」

「姫様のお戻りがいつになるか分かりませんから、離れる前に確かな絆を」

「ライル様も列記とした殿方ですから」

 キイロさんは真剣な表情だ。


「え? そういうってそういう……?」

 みんな頷く。


「今夜はお二人でハンナにお泊りくださいませ」

 エチカさんが仰々しく頭を下げる。


「ハンナはそういうときのための隠れ宿でもあるのです」

 マニさんが声色を変えて言った。

 え……?

 嘘でしょ?

 ただただ頰が熱くなる。


 でも、みんなの真剣な表情を見ていたら、みんなの言うことが正しいように思えてきた。




 それからシンリーさんに相談し、やはりハンナに泊めてもらうことになった。


 ばったり廊下であったライルさんの髪が濡れている。

 湯上がりのライルさんの髪はとんでもなく綺麗だ。

 視線を下げたら下げたで、今度は美しい鎖骨が目に入ってしまう。

 軽装すぎ。

 もうどこを見たらいいのか分からない。


「ラ、ライルさん。今日はハンナに泊まります。シンリーさんがお城に連絡をしておいてくれるそうです」

「そうか。折角だからお前も湯に入ってゆっくりしたらいい」

 湯……。

 そういう……。


「はい。では、緊張するので今日の夕食は別々に取りましょう。あの、それでは後ほど」

「は?」

「お風呂に入ってきますので!!」

 わたしは足早にその場を去る。


「姫様、浴場は反対ですわ」

 キイロさんの冷静な声が後ろから聞こえた。





 ああ……夜だ。

 とうとう夜になってしまった。

 緊張して、長時間同じ姿勢のまま座っていたせいか、体が痛い。

 だいぶ遅い時間だが、ライルさんはまだわたしの部屋に現れない。

 どうしてしまったんだろう。

 彼がいつも泊まる部屋は、エチカさんに聞いて知っている。

 わたしは躊躇いながら廊下を進む。


 深呼吸して、ライルさんの部屋の扉を三度ノックした。


「こんな時間にどうしたんだ?」

 明らかにライルさんは困惑していた。

 だって、そういう……?

 ライルさんは首を傾げる。

 え……?


 ライルさん、そういうつもり……ぜんっぜんない!!

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