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カエヒラ様と魔法陣

 それから2人でメル姉の部屋を訪れた。


「2人とも、おはよう。セリア、朝食は食べられそう?」

 メル姉に明るく聞かれる。


「あの、昨日は……」

「ふふっ。セリア、お酒弱すぎてびっくりしちゃった。でも少し安心したの。あなたは記憶のないままサイネリアこちらに連れてこられて、ずっと気を張っていたでしょう? だからなんだか自然体のあなたを見られて嬉しかった」


 自然体……なのかな?

 その酔った後の記憶もないから、なんだか怖い。

 迷惑をかけてしまった。



「……すみません」

「やめて。謝る必要ないわ。わたしはどんなあなただって見たいの」

 メル姉は優しい。


「トキ王子とジェイド王子は?」

 わたしは尋ねる。


「別室でカエヒラ様と話してるわ」

「もう親父……いえ父上が来ているのですか?」

 ライルさんが聞いた。


「トキ王子が向こうに戻られる前に、聞きたいことがあるみたい」

「聞きたいこと?」

 ライルさんは更に怪訝な表情で聞き返す。


「スサトから詳しく話を聞いたのだと思うけど、アラクネの魔力の結晶のことやカナンにいるキリク……だったかしら。カエヒラ様は彼のことも気にしているようね」

 ライルさんは考えるように俯く。


「とにかく2人とも朝食を済ませたら? カエヒラ様の話も時期に終わるでしょう」

 メル姉は言った。


 両王子やメル姉はすでに朝食を済ませたらしい。

 わたしとライルさんはダイニングに向かい、朝食をとった。




 朝食を済ませると、メル姉にお茶に誘われた。彼女の部屋のバルコニーでスワリのお茶を飲む。ライルさんはついては来なかった。

 バルコニーは当然外に続いており、しばらくすると庭園の方からカエヒラ様の姿が見えた。

 わたしが手を振ると、カエヒラ様も振り返してくれた。



「こんなところから申し訳ありません。メル姫からこちらにいらっしゃると聞いておりましたので」

 カエヒラ様はバルコニーに上がる。


「トキ王子との話は終わりましたか?」

 メル姉が聞いた。


「ええ。アラクネの魔力の結晶もキリクも、また数名の魔術に長けているものも私が預かることになりました。力があるものには正しい教育が必要です。尤も彼自身の事は彼の判断に任せるつもりですが」

 カエヒラ様はそう言って考えるように視線を外す。

 やっぱりビジュアルも表情もライルさんによく似ている。


「そうね。でもトキ王子はセリアの力になりたいようだから、いずれカエヒラ様に頼ることになりそうだけれど」

 メル姉が言った。


「しかし何故か彼は私のことをあまりよく思っていないようでした」

「ああ、それは見た目の問題だと思うわ」

「見た目?」

 カエヒラ様は僅かに首を傾げる。


「カエヒラ様は、ライルにそっくりでしょう。今のトキ王子はセリアが大好きなのよ」

「成程。ナギこちらで冷酷無慈悲、妖艶な悪魔と恐れられたカナンの第1王子が……。あはは、中々可愛いものではないですか」

 カエヒラ様は笑っている。



「セリア姫、ライルを選んでくれたのですね」

「え? あ……」

 カエヒラ様の真っ直ぐな視線。

 わたしは恥ずかしくなり、思わず下を向く。

 カエヒラ様にはライルさんとのことをまだ何も報告していない。


「おや、不思議そうな顔をしていますね。私はこれでもあの子の父親ですから、小さいライルが戻ればすぐに気づきますよ」

「小さい……ライル?」

「クライのことです。《クライ》とは元々そういう意味です。リズさんも喜んで……泣いていました。息子を救ってくれたこと、心より感謝します」

 カエヒラ様はそう言って頭を下げた。


「本来ならあの子に『身分が違う』『烏滸おこがましい』『辞退しなさい』と助言するべきなのでしょう。けれどできません。したくない。嬉しくて仕方がないのです。私もリズさんもセリア姫のことがこれ以上ないくらい大好きなのですから」

 カエヒラ様の言葉に、なぜかメル姉が深く頷く。


「カエヒラ様、わたしこれからもずっとライルさんを好きでいていいですか?」

 カエヒラ様は大きく頷く。


「あの子を幸せにしてあげてください。それこそ烏滸がましいお願いですが、そんな難解なことは姫にしかできません」

 わたしは、震えながら「はい」と答えた。


「これから両王子をカナンまで送ります。お二人ともその前にどうぞお別れのご挨拶を」

 カエヒラ様は笑っている。

 メル姉はわたしの手を取った。




 メル姉に連れられて城を出ると、仰々しく青い魔法陣がお城と正門の間に描かれていた。

 その魔法陣の手前にトキ王子とジェイド王子が並んで立っている。

 わたしは2人に駆け寄る。


「昨日は不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」

 そう言って頭を下げる。


「ご心配なく。どんな痴態を見せられようと私の気持ちは変わりません」

 トキ王子が言った。


「ち、痴態……? 本当にすみませんでした」

「僕は安心しました。ずっと気を張っていては疲れてしまいます。それになんていうか、かわい……いえ、見ていてとても微笑ましかったですよ」

 ジェイド王子はふわりと笑う。


「お前はまた綺麗ごとを。そんなにすぐに気持ちを切り替えられるものですか? 微笑ましいではなく、羨ましいの間違いでは?」

「兄上、安心したのは本当です。姫が幸せでいてくれたら嬉しい。それは兄上だって同じでしょう?」

「まあ、そういうことにしておきましょう。セリア姫、女王即位の際は護衛を交代することを真剣にお考え下さい」

 そう言うとわたしを見ていたトキ王子の視線が遠方へと移った。

 彼の視線を追うと、だいぶ遠くにライルさんが立っている。


「王族でもないので、今日は遠慮しているのでしょうか。……では」

 不意に、トキ王子の長い指先がわたしの頬に触れる。


 びくりとして、彼から離れようとした瞬間、

「むやみに触れないでいただけますか?」

ライルさんが目の前に現れた。

 トキ王子の指は、当然わたしから離れる。


「瞬間移動ですか。ずいぶん視力が良いのですね。でしたら、あの時の傀儡のように『俺のセリアに触るな』と、もっと素直に言ったらどうですか?」

「兄上、遊んでますね?」

「つい」

 トキ王子は氷の笑みだ。

 ライルさんは無表情で彼を凝視した。



「トキ王子、王族を降りる話ですが本気でお考えですか?」

 呆れた顔をして見ていたメル姉が、改めてそう確認する。


「勿論です。少し時間はかかりそうですが」

 メル姉は頷く。

 彼女はしばらくトキ王子、ジェイド王子と話をしていた。



 その後、程なくして現れたカエヒラ様が両王子を魔法陣の中央へと促す。

 魔法陣は浮遊すると、一瞬のうちに消えた。

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