ふわふわしている
「あー、おーじさまだ。いつ見てもきれーだなぁ」
「は?」
おーじさまは怪訝な表情で、わたしを見つめた。
「ふふっ、よかったぁ。おーじさまが大きくて。おーじさまがずっと小さいままだったら隼人に馬鹿にされるし、わたしだけおばあちゃんになっちゃうもんね」
わたしは頷く。
うん、ホントによかった。
小さいおーじさまも可愛かったけど、大きいおーじさまはやっぱり格別かっこいい。
「お前、何を言っている?」
おーじさまは席を立ち、心配そうにわたしの隣にしゃがみ込んだ。
「セリア姫……酔っているのですか?」
紫陽花の儚げな騎士みたいな人も、困惑した表情でわたしに近づく。
「まさか。ミミミソーダを数杯飲んだだけですよね?」
「セリア、どうしちゃったの?」
金色のキラキラした参謀総長らしき人と、緋色の宝石のお姫さままで席を立ち、わたしのほうに向かってきた。
ほんとにきれいな人ばかり……。
ああ……ふわふわ。ちょっとだけ眠たくなってきた。
「おーじさま、わたしをベッドまで連れて行ってください」
わたしはおーじさまに向かって両手を広げた。
「おい馬鹿、周りを見ろ」
おーじさまの瞳が大きく見開かれる。
言われた通り周りを見ると、なんだかきれいな人たちが驚いた表情で固まっていた。
「みんな、見ないで!! わたしの宝物なんだから!!」
わたしはおーじさまの顔をぎゅっと自分の両腕で隠すように抱きしめる。
「離せ。皆は別に俺を見ているわけではない」
抵抗するおーじさまを、わたしは更に力いっぱい抱きしめた。
「ちょっとセリア、胸が……」
宝石のお姫様が言った。
「わあ、苦しかったね。ごめんなさい」
わたしは慌てておーじさまから腕を離す。
おーじさまは顔を背けたまま、何も返事をしてくれない。
「全く、好き放題ですね。セリア姫、状況が分かっていますか?」
フリーズが解けたらしい金色の参謀総長が冷たい目で尋ねてきた。
「うん。今はキラキラのパーティーをしているところです。でも、やっぱりおーじさまが一番きれい」
おーじさまはため息をつく。
「お前、本当に大丈夫か? ちゃんと見えているのか?」
おーじさまの質問に、わたしは大きく頷く。
疑いの表情をしているおーじさまの瞳の色が変わった。
「あ、砂金水晶」
「サキン? 向こうの言葉か? まあ、そんなことはどうでもいい。……とにかく俺は王子ではない」
「ううん。おーじさまはずっとわたしのおーじさまなのー」
わたしはおーじさまの桜色の頬に手を当てる。
「ねぇ、笑って? おーじさま」
おーじさまは笑うどころか、顔を顰めた。
けど困った顔もすっごく綺麗。
「ふふっ。おーじさま、だーいすき……」
わたしは倒れ込むようにおーじさまに抱き着いた。
ああ、眠い。
やっぱりなんだか眠いよ。
瞼が重くて、ちゃんと目を開けていられない。
「おーじさま、眠いの。はや……く、抱っこ……して」
「馬鹿」
言われた瞬間、ふわりと体が宙に浮いた。
あたたかい。
おーじさまがわたしを抱き上げてくれたのかな。
「あはは。そりゃあ僕では……いえ、誰も勝てませんね」
男の人の声が聞こえる。
もっとおーじさまを見つめていたいけど、もう無理。
意識が遠のく。
目が、開かない……。
気がつくと、隣にライルさんが寝ていた。
しかもなぜかわたしは彼の腕にしがみついている。
これは一体どういう状況!?
ここ、わたしのベッドだよね?
パニックになりながら、ベッドの中で体を動かす。
「起きたか?」
ライルさんが尋ねた。
「は、はい!! でも、どうしてライルさんが?」
「お前が離さなかったからだ。目覚めてすぐに動くな」
勢いよく体を起こそうとしたわたしを、ライルさんはベッドに押さえつける。
彼は上半身を起こし、わたしを見下ろした。
「体は大丈夫か?」
わたしは頷く。
「昨夜のことは覚えているか?」
「なんとなくですが……。確かミミミソーダを飲んで……」
眠くなって、多分そのままライルさんがわたしをベッドまで運んでくれたんだよね?
それで、わたしがライルさんを離さなくてこんなことに?
「もしかしてライルさん、昨夜は寝てないんですか?」
「普通こういう状態では寝られない」
わたしがしがみついていたせいだ。
「ごめんなさい」
「もう王子様と呼ばないのか?」
尋ねるライルの肩が僅かに震えている。
「え? 王子様?」
「覚えていないのか?」
ライルさんは笑っている。
「わたし、昨日酔って何か変なことを言いましたか?」
「まあな」
ど、どうしよう。
思い出そうとするも、やっぱり酔った後の記憶がない。
わたし、ミミミソーダを飲んですぐに寝ちゃったんじゃないの?
「俺はいいが、メル姫と両王子はかなり驚いていた。後で非礼を詫びておけ」
厳しい口調でそう言いながらも、ライルさんの表情は柔らかい。
「本当にごめんなさい」
「だから、俺はいい。俺は……」
ライルさんはそう言って、優しくわたしの体を起こした。
「跳ねている」
彼はわたしの頭を撫でた。
あ、髪……。
もう何から何まで恥ずかしい。
わたしは俯く。
「そんな顔をするな。俺は嬉しかった」
ライルさんはまた、満面の笑みを見せる。
どうして?
「拘束されて、寝られなかったのに?」
「そうだな。ではこれで許す」
ライルさんはそっとわたしに口付けた。
トレメニアの濃く甘い香りに包まれる。
「……これ、ご褒美です。おかしいです」
「おかしくない」
「じゃあお詫びに、今夜はわたしが寝てるライルさんを一晩中見てます」
「だからお前が側にいると眠れないんだ」
ライルさんはそう言うと、呆れた顔でわたしから視線を逸らした。




