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繋いだ手

「ではカナンに戻って、私は王族を退く準備でもしましょうか。狂信者のような臣下が、すんなり納得してくれるとも思えませんし」

「兄上、僕も納得していないのですが」

 ジェイド王子は困惑の表情を隠せない。


「納得しなさい。私が王族として残れば、よからぬことを考える人間もおりましょう。魅惑の力のせいで、勝手に予測もつかない行動を起こすのです。私に仕えていた国を想うまとも・・・な臣下はお前に委ねます」

「しかし……」

「誤った判断は国を滅ぼしかねません。お前はお綺麗な『5国の平和同盟』とやらを実現させるのでしょう?」

 ジェイド王子は俯いている。


「兄上の本当の望みはセリア姫の臣下になることなのですか?」

 トキ王子は軽く頷く。


「欲を言えば、護衛の職に就きたいところですが」

「護衛?」

 ジェイド王子はライルさんに視線を向けた。

 ジェイド王子だけじゃなくて、わたしもメル姉も一斉にライルさんを見つめる。


「必要ありません。セリアのことはこれからも俺が護ります」

 ライルさんはきっぱりと言った。


「スサトやキリクごときにまんまとしてやられた仕儀がありながら、よくもそんなことが言えますね」

「違法な術を発動させた諸悪の根源が言うことですか」

 ライルさんの口調は怒りを含んでいる。


「彼女に選ばれたというのに、ずいぶんと余裕がないのですね。貴方は彼女の伴侶になるのでしょう? 女王の伴侶は政を補佐するのが通例ですので、率先して軍師の職に回るべきです」

「こちらの国のことに口を挟まないでいただきたい」

「こちらの国? 排他的な。私は私の誤った考えを変えてくれたセリア姫の役に立ちたいのです。国が違うと言うのなら、当然ナギの人間になることも厭いません」

「トキ王子……」

 わたしは呟く。


「と言うのは建前で、本音はただ貴方の傍に居たいだけですね。何しろそちらの魔術師が先に逝った時、傍に居れば圧倒的に有利ですから。今後は長期戦で行くことにしました」

 トキ王子は、わたしを見つめてそう言った。


「え、あ……あの」

「魔物の血が入っていますから、多分彼より私の方が長生きしますよ」

 トキ王子は笑っている。

 冷たいけれど美しい笑みだ。


「冗談じゃない。俺は貴方を信用できません」

 ライルさんが勢いよくわたしの手を引く。


「言い過ぎです。兄上は改心しました。それに、これまでに誤解も多々あったのですから」

 ジェイド王子が冷静にそう言った。


「先ほど触れられて情に絆されましたか? まさか、実の弟にまで魅惑の力を?」

 ライルさんは驚いた表情で、とんでもないことを口にする。


「そ、そんなんじゃないです。僕は惑わされているわけではありません」

 ジェイド王子が慌てて返した。



「もう、セリアが困っているじゃない」

 メル姉が呆れた顔で言った。

 困っている……。

 確かに。

 でも、わたしが一番驚いたのは最初のメル姉の発言なのだけれど。



「……メル姉、本当にいいんでしょうか?」

 わたしは視線を落とし、唇を薄く噛む。


「え?」

「このままライルさんの手を離さなくて」

 わたしは彼と繋がったままの手を見つめた。


「わたしばっかり、幸せでいいんでしょうか?」

「セリア……」

 メル姉はゆっくりわたしに近づくと、繋がったわたしとライルさんの手を優しく両手で包んだ。


「勿論、いいのよ」

 メル姉は言った。

 それはもう、気持ちいいくらいはっきりと。


 わたしとライルさんは顔を見合わせる。

 ライルさんは微かに笑った。

 瑠璃色の瞳が、なんて綺麗……。



「え? 嘘? ライルが笑ってる? セリア、ライルが笑ってるわよ!?」

 メル姉は手を上下させながら叫ぶ。


「……姉妹で同じような驚き方を」

 そう言ってライルさんは、また笑った。


「ライルさんの笑顔なんて、僕も幼い頃に見て以来です。貴重なものが見られました」

 ジェイド王子も笑っていた。




 ライルさんはメル姉から数歩下がると、改めて姿勢を正す。


「メル姫、ジェイド王子、今後のことを含め、お二人にはどのように感謝の気持ちを表したらいいのか分かりません。俺は一生をかけて、お二人の懇切に報いるつもりです」

「そんなこといいわ。ライルに望む事は1つしかない。セリアのことを誰よりも幸せにして。泣かせたら許さない。ただそれだけよ」

 メル姉の言葉が真っ直ぐに響く。


「……承知いたしました」

 ライルさんは深々と頭を下げた。



「姫、僕の本気はいかがでしたか?」

 ジェイド王子はわたしに近づくと、軽い口調でそう言った。


「あ……」

 ライルさんの本心を引き出すための、渾身の演技。


「あの……ありがとうございました」

 本当は、そんな一言の言葉で済まされることではない。

 彼は笑って左右に首を振る。


「姫が笑顔になってくれてよかった。あなたの幸せが僕の幸せです。今は心からそう思います」

 やはり彼は笑ったまま。

 まだ、演技をしているのではないだろうか。


 これまでわたしは、ジェイド王子をたくさん哀しませてきた。

 どうしてそんなに優しくできるのだろう。

 あの時の彼の美しい涙……決して忘れない。



「セリア姫、貴方からは私とは違う魅惑のオーラが出ているのかもしれませんね。遠巻きに見ていると眩しいだけですが、思い切って入ってしまうと、その空間は温かくて心地良い」

 トキ王子は穏やかな瞳でわたしたちのやりとりを見ていた。


「ジェイド、久しぶりに一緒に船で帰りましょうか?」

 彼はそう続ける。


「船で?」

「昔、生まれたばかりのお前を連れて、船で父とナギこちらに来たことがあるのです。当然その頃、体調は良くなかったものの母上もご存命でした。妬ましい気持ちに囚われながら、私は赤子のお前を抱いたものです」

「兄上……」

「あの頃まで戻り、やり直せたなら」

 トキ王子は遠い目をしている。


「時間は戻りません。これから少しずつやり直しましょう。兄上がカナンから去ったとしても、僕の兄上であることに何ら変わりはないのですから」

 ジェイド王子はそう言った。

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