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メル姉の覚悟

「そんなことをすれば、母上の醜聞が流れることになります」

「魔力もなく抵抗できなかった母上は被害者です。今更、民も責めはしません。もうこれ以上私が偽りの王子であり続ける必要もなく、現在二分されている派閥も一つになることでしょう」

「そんな!! 兄上は父上が認めた正当な後継者です」

「いいえ。何より王家の血を絶やさないことが重要。そんな事はお前だって解っているはずです」

「……そうだとしても、王族を降りたりせず、せめて僕を手伝おうとは思ってくれないのですか? 兄上はカナンを見捨てるのですか?」

 尋ねるジェイド王子の瞳が大きく見開かれている。


「お前も可愛いことを言いますね」

 トキ王子はそう言うと、強引に魔力でジェイド王子を引いて彼の髪を撫でた。


「兄上、何を!!」

 ジェイド王子は驚きのあまり、大きく見開いた瞳のまま瞬きを繰り返す。


「早くにこうしていればよかった。嫉妬と憎しみは羨望によるもの。私も意地を張らずに幼いお前に触れていれば、満たされる夜もあっただろうに」

「兄上……」

「ジェイド、お前は1人でも大丈夫です。いえ、1人ではありませんね。そちらの聡明な姫君がいれば、尚のこと上手くやれるでしょう」

 トキ王子はメル姉を見ていた。


「……どういう意味でしょうか?」

 メル姉が質問する。


「惚けなくて結構です。貴方の考えている事は大体想像がつきます」

「その想像とやらをお聞かせ願えますか?」

 メル姉の言葉に、トキ王子は冷たい笑みを浮かべ恭しく一礼した。


「では、僭越ながら。私が王位を放棄しようとセリア姫はジェイドと婚儀を行わなければなりません。カナンの民にとって、セリア姫は定められたカナンの絶対的な王妃ですから。ただし、それは姫が見つかった場合に限ります」

「その通りです」

「それなら彼女を隠して、その間に代わりを立ててしまうしか方法はありません。ジェイド、既にお前もメル姫の考えに同意しているのでしょう?」

 トキ王子の問いにジェイド王子は俯く。


「……確かに同意しました。ですが、それはあくまで僕が王位を継ぐことになった場合です」

「トキ王子、さすがとしか言いようがありませんわ」

 メル姉は感心したのか大きく息を吐く。



「あの……さっきから、一体何の話ですか?」

 みんなの会話が途切れたところで、わたしは小声でそう尋ねた。会話に全くついていけない。


「セリア、元の世界に戻りなさい。あなたの魂はまだ行方不明になったまま見つかっていない。そしてもう今後見つかる見込みもない。ナギとカナンの民にはそう説明します」

「えっ?」

 わたしの素頓狂な声と対照的に、メル姉は真剣な表情でわたしを見据えて話を続ける。


「カナンの民はあなたが戻ってくるのを長い間待ち望んできた。あなたのことを大切な未来の王妃だと思っているから。見つかった以上、婚約を破棄するなんて許されないわ。破棄すればナギとカナンの関係も悪くなる。カナンには、見つからないあなたの代わりに私が参ります」

「まい……る?」

「私がカナンの王妃になるということです」

 メル姉はきっぱりと言い放った。


「メル姫、そんなことは許されません!! 貴方はナギの次期女王です!!」

 即座にライルさんが声を荒げる。


「大丈夫よ。父上も母上もまだ十分にご健在だし、ちゃんと言い訳は考えてあるの。ただ一つだけ約束して。私はきっとカナンの王妃として確固たる地位を築きます。そしたらセリア、ナギに戻ってあなたにはライルとともにナナハン王家を継いでほしい。私はどうしてもあなたと同じ世界で生きていきたいのよ」

「メル姉……」

 わたしがナギの王家を継ぐ?

 そんなこと……考えたこともない。

 無意識に小さく首を振った。


「お願いよ、セリア。もう二度とあなたを失いたくないの。そのためなら私はどんなことだってするわ」

 メル姉は必死な表情でわたしの両方の手首を掴んだ。


「セリア姫がいずれ戻ってくることを知らないナギの民が納得するはずがありません」

 ライルさんはそう言った。


「だから、言い訳を考えてあると言ったでしょう? とりあえず、私は子供たくさん産んで、子供の1人をナナハン王家の養子にする約束をしておきます」

「そんなこと……」

 ライルさんは顔を伏せ、右手で自分の額を押さえる。


 メル姉はわたしの手首を離し、トキ王子に視線を向けた。


「トキ王子が王位を継がれたら、私に賛同してはくれませんでしたね?」

「……そうですね。私にそんな大役は務まりそうにありませんから。メル姫、国のために…… いいえ、セリア姫のためでしょうか。見上げた覚悟です」

「褒め言葉かしら?」

 メル姉の言葉に、トキ王子はまた軽く一礼した。


「やはり私は王族を降ります。一つお聞きしたいのですが、貴方はジェイドを好いてくれているのですか?」

「……まぁ、好いてはおりますね。恋愛的な感情ではありませんけど。ただ、私たちはセリアを想う同士です。セリアの幸せを考え、身を引いてくれたジェイド王子を人として深く尊敬しています。そして私の勝手な思いに賛同してくれました。きっと彼となら上手くやっていけると信じます」

「賛同したのは僕も全く同じ気持ちだからです。たとえ結ばれなくても、セリア姫と同じ世界で生きていきたい。そのためにはこの方法しかありません。民に偽りを吐いても叶えたい願いです」

 ジェイド王子の声は凛としている。


「やめてください!! わたしのためにメル姉とジェイド王子が犠牲になることなんてありません!! わたしがこの世界から去って、二度と戻らなければいいだけです」

「だからそれが嫌なの。自己犠牲なんかじゃない。むしろこれは私の我儘……。セリア、解って? あなたを失うのが何より辛いの。どちらにしたって王族に生まれた私たちには国を背負う責務がある。もともと自由な恋愛なんてできないのよ」

「そんな……。それならわたしだって」

「セリアが幸せになることがみんなの幸せです」

 メル姉の言葉にジェイド王子も笑って頷いた。

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