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 わたしの涙が止まったのを確認して、ライルさんはキニュちゃんを地上に下ろした。

 城の真ん前だ。


「あ、あの、ライルさん!! 落ち着いたらでいいんですが、一緒にハンナへ行ってもらえませんか?」

 わたしはキニュちゃんから降りたライルさんに向かって勢いよくそう尋ねた。


「ハンナ?」

 彼は怪訝な表情で呟く。

 わたしもライルさんに続いてキニュちゃんから降りる。


「はい」

 返事をして、ライルさんの額のリングに目を向けた。


「ああ……お前、何か向こうの連中と妙な約束でもしてきたな?」

「約束というわけではありません。リングを着けたライルさんをみんなに見せたくて。きっと、すごく喜んでくれると思うんです」

「……俺を見世物にするつもりか」

 ライルさんはため息をつく。


「そんなつもり……ないのですが……」

 答えつつ、でも結局そうなってしまうだろうと思った。


 ハンナのみんなはリング製作の経緯やわたしの想いを知っている。

 それになんといってもハンナには、ライルさんファンを公言するエリスさんとカミラさんがいるのだ。



「やっぱりダメですか?」

 わたしはおずおずと、再び聞いてみる。


「いや」

 ライルさんは自分のリングに触れ、それから思い出したかのように髪の端に留めていた複雑な装飾の髪飾りを外すと、そっとわたしの髪に留めた。


「……え?」

「これからはお前が持っていてくれ」

「もう要らないってことですか?」

 ライルさんはゆっくりと首を横に振った。


「この髪飾りはクライが大切に身に着けていたものだ。存在している間、ずっと……。あいつのことを忘れないでやってほしい。こんなことを俺が言うのもおかしいが」

 ライルさんは自重気味に笑う。


「忘れません。忘れるはずがないです。それに、これからもわたしはクライと一緒です」

 わたしは自分の両手で、ライルさんの両手をぎゅっと包みこんだ。


「きっとあいつも喜んでいる」

 ライルさんは再びわたしの髪に留めた髪飾りに目線を向ける。


 そして、

「やはりお前の方が似合うな」

と言って、また笑った。



「ライルさん、ハンナの前にトキ王子に報告に行かないと……いけませんね。それと、ジェイド王子とメル姉にもきちんとお礼を言いたいです」

 ライルさんに敢えて厳しく接したジェイド王子とメル姉はまっすぐで強かった。

 そして、何より優しかった。

 国の問題よりわたしの気持ちを優先してくれた。


「…… 礼で済むのだろうか」

 ライルさんは俯く。


「そうですね。これから、どうするべきなんでしょうか?」

 わたしも視線を落とす。

 まだカナンの王位継承問題は解決していない。


「悩んだところで仕方がない。とにかく、お二人と話をしよう」

 ライルさんは放置していたキニュちゃんを消した。


 わたしたちは目の前のお城に向かって歩き出した。




 城内でサリさんに確認して客間に向かう。

 大きく息を吐いて、わたしは大きな扉をノックした。


「どうぞ」

 メル姉が返答する。



「トキ王子!?」

 部屋に入ったわたしは大声を上げる。

 目の前にいるのは紛れもなくカナンの第一王子だった。


「どうして?」

 わたしは動揺を隠せず、トキ王子、メル姉、ジェイド王子を順に見回す。

 本当に、どうしてトキ王子がこの場にいるのか分からない。


「私が呼んだのよ」

 メル姉が静かに言った。


「でも、どうして? しかもカナンから、こんな短時間のうちに……」

「カエヒラ様とスサトに頼めば容易なことです」

 メル姉は答える。


「なるほど……」

 ライルさんはわたしの隣で呟く。


「スサトが役に立って何よりです。こちらに全員揃っているのは分かっておりましたので、ナギの次期女王のお誘いに乗りました。それに、そろそろよい頃合いかと思いまして」

 トキ王子はそう言って微かに笑みを浮かべた。


 彼に最後に会った時からひと月近く経過していた。トキ王子は何ら変わらない。変わらず魅惑的で憂いを帯びた雰囲気を纏っている。


「すみません。もっと早くにわたしのほうから伺わなくてはいけなかったのに」

「最初の報告では結末は違っていたことでしょう。粗方、想定通りになったようですね」

 トキ王子は冷たい眼差しで、わたしではなくライルさんを見つめる。


「トキ王子、申し訳ありません。やはりあなたとは結婚できません。だから、カナンの王妃になることもできません」

 わたしはトキ王子の前まで進み、頭を下げた。


「あの、ライルさんは……」

 トキ王子は再び話し出したわたしを左手で制する。


「そちらの魔術師の傀儡がいなくなっていることを考えれば、全て語らずとも分かります。それに想定通りと言ったはずです」

「え?」

 思わず驚きの声を発してしまう。


 本心……だろうか

 ライルさんへの告白を促してきたトキ王子は、わたしたちが上手くいかないことを願っていたはずだ。だから、想いが通じようものなら、当然烈火のごとく怒り、すごい勢いで食い下がってくるかと思っていた。


「力では手に入らないものがあるのだと実感したのです。……この機会に私は、己の本当の望みをずっと考えていました」

「望み……?」

 トキ王子は頷く。


「私は自分が王家の血を継いでいないことをカナンの民に伝えるつもりです」

「出生の秘密を明かすつもりですか?」

 ジェイド王子が驚いた表情で尋ねる。


「そうです」

「一体何のために?」

「勿論、王族を退くために」

 トキ王子ははっきりと答えた。


「それは、王位を放棄したいからですか?」

「いいえ」

「……兄上?」

 意味がわからないといった様子で、ジェイド王子は表情を歪めた。


「セリア姫、私は一切を捨て貴方の臣下になります」

 トキ王子は真剣な瞳でわたしを見つめた。

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