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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
2-3.たとえそれが誰であっても
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失敗した失敗した失敗した(予定)

 少し遡って、八月十九日。

 俺はピエルドーラ陣地に戻り、陛下に会った。


「アキラくん、これはなんだい?」

「見ての通り、攻勢作戦計画書です」

「……本気か?」

「本気です」


 セリホスの町に対する攻勢を、戦闘部隊とは別に立案し、陛下に提出した。

 戦闘部隊立案の詳細な作戦が立てられる前に、こちらが先手を打つ。


 なに、攻勢を行うこと自体は同じだから何も問題はない。


 参加部隊はピエルドーラに未だ駐留する魔王軍部隊ではなく、魔王陛下親衛連隊と飛竜隊を基幹とした少数精鋭を投入する。


 孤立した予想人口五千のセリホスの町に、三万の部隊を送り込む必要はないだろう。


 無論、やってほしいことがあるからいくつかの部隊は引き抜くけど。


「既に魔都では必要物資の選定を終えて、いつでも積み込みができる状態です。あとは陛下の許可があり次第、作戦を実行します」

「…………本気、なのかい?」

「何度も言うように、本気です」


 作戦の第一段階、飛竜隊による空襲。魔石を自爆させる爆弾の投下、乃至飛竜のブレス、騎手の魔術による直接・反復攻撃で敵を疲弊させる。


 第二段階、精鋭の魔王親衛連隊によって山岳の街道を突破、セリホスの町に突入して任務を遂行する。


 最終段階として、選抜した魔王軍戦闘部隊を突入。市内に流れ込み完全占領し、作戦を完遂させる。


 作戦途中、人類軍による大規模な抵抗、反撃があった場合は無理をせずに撤退。

 無理押ししてまで攻め落とす価値のある町でもない。


「なるほどな。理に適っている。これならオリベイラの承認も得られる――あぁ、この場合は適切な表現じゃないな。正確を期するならばオリベイラを騙せるというわけか?」

「やはり陛下には通用しませんか」

「当然だ、私を誰だと思ってる」


 陛下も騙して承認のはんこだけ貰う作戦は失敗した。


 こうなったら次の策、陛下を説得する方で行こう。


「陛下。この作戦には、単純な『攻勢』よりも意義があるものです」

「どういうことかな?」

「はい。人類に、魔王陛下の偉大さと公正さを知らしめ、我ら魔王軍に対する感情を好転させるのです。そうすれば、人類側の意見が分裂する。その第一歩として、本作戦は有用です」


 圧倒的な戦力と技術力で攻めてくる人類軍に対して正攻法で何とかなるほど、まだ魔王軍は強くない。

 そう言った状況にある場合、それ以外の所で対抗するのが戦略というものだ。


 戦術でダメなら、政治で戦う。これが戦争。


「人類の中に、陛下に対する好感情が得られれば、戦争にはなりません。少なくとも、内部に不穏分子が出来るのですから、かなりこちらに有利になります」


 そしてその分裂した親魔王派人類をどうするかは魔王陛下次第だろう。


「そう、上手くいくかな?」

「上手くいかなくても、大した損害ではありません」


 そして上手くいったら、魔王軍は労せずして大局的な利を得る。


 ただちょっと、兵站局の信用が落ちるくらいだろうか。

 まぁオリベイラ司令官からの信頼はもとよりないも同然だから気にしない方向で行く。


 そう説明を終えると、陛下が頭を抱えて首を横に振った。


「やれやれ。そんなことを思いつくなんて、君らしくないな。各部局との信頼関係構築に東奔西走した君がそんなことを言うなんて。しかも戦術・戦略は専門外じゃなかったのかい?」

「……まぁ、私が考えたわけではないので」


 何を隠そう、このことを考えたのはソフィアさんである。


 ソフィアさん曰く、


『……建前を用意すればいいのでは?』


 と言うことらしい。


 本音は「人類を助けたい」だが、建前は「人類ぶっ殺す」である。

 本音と建前が真逆も良い所なのだけど、世の中そんなもんだ。


 それに『兵站改革以前の魔王軍ではよくあることでしたので、別に兵站局がやってもいいじゃないですか』という意見も貰った。


 全くもってよくできた秘書だ。相談した甲斐があったというわけだな。今度何か奢ろう。


 まぁあの後、残業の件で蹴られたけどね。しかも眉間に!

 もう少し優しくしてほしいと思わなくもないけれども、拝めるものは拝めたので良しとする。ちなみに白でした。


「なるほど。やっと大人になったと言うことかな」

「……え? 何の話ですか?」

「こっちの話だ。ま、戦略上の利点があるのなら、この作戦に異存はないよ。だが問題は、強硬に虐殺を主張しているオリベイラをどうするか、だ」


 無論、考えてある。


 あの野郎、作戦会議じゃ好き勝手言いやがって。兵站部隊の恐ろしさと言うのを教えてやろう。


「作戦は、先程提出した計画通りに行います。ただあまりにも急な作戦ですので多少の失敗はご容赦いただければ幸いです」


「なるほど? しかしそうなると、将兵も困るんじゃないか?」


「なるべく損害は抑えます。兵站に関しても考慮しますが、もし失敗したら将兵たちには与えられた物資だけで何とか戦ってほしいですね」


「オリベイラがなんと言うかな? 下手すれば自分が突撃するとても言いかねないが?」


「司令官閣下は後方で全体の指揮を執るという重大な任務があります故、兵站に関しては私にお任せいただくよう陛下の方からも言ってくれるとありがたいですね」


「わかったよ。――全く、君も言うようになったな」


 えぇ、全くですよ。


 建前をずらずらと並べて本音を隠す作業と言うのは疲れる。


 つまりどういうことかと言うと、俺は今から兵站作戦を大失敗させるような気がする。


 魔石と間違ってパンを送ってしまうかもしれない。戦闘部隊に剣や槍ではなく土木作業道具を送ってしまうかもしれない。


 攻勢に参加する魔王軍は現在予定数五千だが、一応念の為予備としてもう五千人分を送ってしまおう。

 セリホスの予想人口と同じなのはたぶん偶然だろうから気にしないように。


 なに、三万の軍勢の世話をするよりはまだ楽な作業だ。


 オリベイラ司令官は安全な後方から指揮を執ってくれれば大丈夫だ。

 でも戦場は通信状態が悪いから完全に状況把握できるとは限らない。まさに戦場の霧である。


 問題は、この作戦を実行するにあたって方々に借りを大量に作ってしまうことだ。


 この作戦が通るようにオリベイラ司令官を説得する魔王陛下に、急に無茶な作戦を立ててそれに協力するよう要請した魔王親衛連隊、そして何より兵站局の信用低下を招くために、兵站局に居る皆に迷惑がかかる。


 ……こんな無茶なこと、数日前の俺だったら考えなかっただろう。


「ソフィアさんのおかげ、ですよ」


 だから、彼女には感謝しきれない。彼女に一番大きな借りが出来るというわけだ。


 それを言ったら、陛下が微笑んだ。


「ふふっ。楽しそうだな」

「え? そうですか?」


 ていうか何が?


「あぁ。何がどうというのは言わないでおくが」


 え、気になるんですがそれは……。


「気にするな。あと、私に対して『借りを作った』と思っているようだが、それも気にしなくていいぞ?」


「……はい? あ、いや、そういうわけには……」


「なに。別に理由がなくてこう言っているわけじゃない。ただあの時――ペルセウス作戦の時の借りを今返す、と言っただけさ」


 言って、陛下は再び微笑んだ。


 陛下がこういう表情を見せるときは、大抵陛下の掌の上で踊らされていると感じるのだが、今は考えないでおこう。うん。


 ヘル・アーチェ陛下はそのまま俺の、いや俺たち兵站局が立案した作戦計画書にサインをした。

 これでこの作戦とも言えない作戦は、正式に承認されたわけだ。


 あとはどうなるか……。


「っと、そうだ。アキラくん、作戦名はどうする?」

「は? 作戦名ですか?」

「そうだよ。確か『ペルセウス作戦』も君がつけた名前なのだろう?」


 いや、そうだけれども。


「ならもう一度つけてくれ。ただの『作戦』じゃ味気ない」


 え、えー……。


 俺センスないから、そういうの苦手なんだよなぁ。えーと、


「『人類の対魔王軍感情好転化を目的とした被災地救助と支援を主軸とした作戦要綱』」

「長い上にセンスがないぞ」


 ですよね。ていうか前回の使い回しですよねこれ。


 ま、待って。待ってね。

 作戦名なんて考える暇あったらいかに効率的に物資を運べるかに脳の容量使うから全然考えられない……。


 ええい、こうなったら適当でいい。ペルセウス作戦も適当に考えたしな!


「では『マイン・フロイント作戦』で」


 魔族版トモダチ作戦、あるいはサンカイ作戦と行こうじゃないか。

 うむ、適当に考えたがなかなかいい案じゃないかな!


「…………」

「せめて何か言ってください……」


 魔王軍の命名基準は(やっぱり)厳しかった。


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