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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
2-3.たとえそれが誰であっても
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それが私たちの「仕事」です

2話同日更新(2/2)

 休憩室。

 私たち四人が、テーブルを囲みます。


 そして私は今、紅茶カップに入った紅茶の水面に映る自分を眺めています。


「ま、一杯飲みな。エリが淹れた奴だけどな。砂糖いるか?」


「いえ、そのままが好きなので……。じゃなくて、紅茶なんて飲んでいる暇があったら当直の方を……」


「そういうこと言うなって。それに、当直はソフィアやってくれ」


「は?」


 申し訳ないのですが、話が全く見えません。

 あの、これ私が悪いんでしょうか? 私の読解力というか読心術が悪いんでしょうか?


「あ、あの、ユリエさん。いきなりそれだと、ソフィアさん混乱しますよ? もうちょっと段取り考えて話さないと……」


「いやー、そういうの苦手でな」


「やっぱり、リイナさんにも声掛けて正解ね。ユリエ、やっぱり当直に戻ったら?」


「リイナじゃダメだろ、こういうのは」


「わ、私だってこういう時くらいは役に立ちますよぅ!」


「あの……」


 えっと、帰っていいですか?


 単純にユリエ様が「用があるから当直代わってくれ」と言う話であれば交代するには吝かではありません。

 確かに急な話で驚きましたが。


 混乱する私を見て口を開いたのは、段取りが出来ないユリエ様ではなくリーデル様からでした。


「ソフィアさん。局長と、二人きりでゆっくりお話ししてください」


「はい? あの、何をですか?」


「決まってます。あの情けない局長、アキツ・アキラですよ」


「そうだ。それ以外何がある!」


 割れんばかりの勢いで、ユリエ様が紅茶カップを机に叩きつけました。もし割れたらユリエ様の給料から天引きして新しいやつ買いましょう。


「アキラ様……? でも、話なんて……」


 する話はない、と言うわけではありません。

 仕事の話ならたくさんありますから。


 でも彼女たちの仰りたいことは、そうではないでしょう。


「色々ありますでしょ? なんで落ち込んでいるのですか、とか。なんで帰ってきたのですか、とか。その他多くのこと、聞きたいのでしょう?」


「それは……聞く必要性はないと思います。重要であればアキラ様から話してくれると思いますから、このまま何も――」


「口ではそう言ってるけど、それ、本心なの?」


「…………そんなことは」


 ない、とは、言えませんでした。


 ですが「じゃあ本音は何なのですか」と問われても、たぶん答えることはできません。私自身、それがわからないのですから。


「あのさ」


 不意に、ユリエ様が頭を掻きながら言いました。


「あのさ、オレって結構、直情型じゃねぇか。だからソフィアがなんで悩んでるのかっていうのがわからねぇんだよ」


「そうね。ユリエ、バカですものね?」


「うっせー! ……でも、否定も出来ないがな!」


 言って、彼女は「ガハハ」と品の無い高笑いしながら自嘲しました。


「でもなソフィアさん。『バカ』ってのは、そんなに悪い事じゃないんじゃないかって、自分でも思ってる。なにせ、なんか難しいことが起きても悩まずに済むからな。悩むのはエリとか、リイナとかの仕事だ」


「……たまには自分で悩んでください」


「言うな言うな。オレには無理だ。それによ、こういうのは相性だと思うんだよ」


「相性?」


「そ、相性。オレ単体じゃバカの極みで字が汚い上に五月蠅いチビのハーフリングだろ? でもエリとかリイナとかがいると、こう、なんていうか――そう、紅茶と砂糖とミルクみたいな関係になるんだ!」


「…………」


「ユリエ、わかりにくいわ。それにソフィアさんはストレート派よ?」


「んなことどうだっていい! 紅茶がダメならコーヒー、それでもダメならパンとバターとジャムだよ! んでもって、重要なのは『相性』ってことだ、わかるか!?」

 

 雑でわかりにくい、というのが本音です。

 確信しました。私が理解できないのはユリエ様のせいです。私は悪くありません。


 リーデル様もそう思ったのか、バトンを引き継ぎます。


「つまりね、ソフィアさん。私とユリエが良い組み合わせであるのと同じように、局長とソフィアさんもそれと同じだと思うの。足りない部分を補い合う、そんな関係ね」


「……同じ、ですか?」


「おうよ! それが言いたかった!」


「ユリエさん、もう、黙ってた方がいいんじゃないかな……」


「お、おう。リイナに怒られるって意外とキツイな……」


 スオミ様に睨まれたユリエ様が完全に沈黙して、砂糖をふんだんに入れた紅茶を飲みます。

 ちょっと可哀そうですが、私自身、ユリエ様が話しに混ざると余計混乱するのでありがたいです。


「コホン。まぁ、同じと言っても、種類というか……まぁ、性格が全然違うから比較は難しいと思いますわ。それに表面上は二人とも似通ってるし」


 背の高いリーデル様が、私と目を合わせる位置まで腰をかがめて、言いました。


「でもね、局長の隣は――やっぱりソフィアさんが一番合っていると思うのよ」


 と。


「ソフィアさんは、局長の隣で、局長を、アキツ・アキラという人間を支えるの。勿論それは仕事だけじゃないと思うわ?」


「……」


 一語一語ハッキリと言う彼女の言葉を理解できない、という者はあまりいないでしょう。

 私もその言葉を読み取って、理解しようと頭の中で咀嚼します。


 でも、まだわかりません。気持ちの整理がつきません。


「わかりません。何も……何をすればいいのか。支えると言っても、アキラ様に、何をすればいいのか……」


 わからないのです。


 それが、私の本音です。


 しかし、それはスオミ様、そしてユリエ様に否定されます。


「ソフィアさん、それ本当にそれが本音ですか? たぶん、そうじゃないと思います」


「オレ年下だけど、ソフィアが何をしたらいいのかは理解できるぜ。こんなバカなオレにも理解できるんだ。頭のいいソフィアなら、もうわかっているはずだよ」


「…………」


 そうです。私は、考えられます。


 だって、私はもう十分に大人になりました。



 今の私は、しゃがみ込んでいません。


 陛下のベッドの中で、虚しく泣いている少女ソフィア・ヴォルフではなく、魔王軍兵站局の局長アキラ様の秘書であるソフィア・ヴォルフなのです。



 私はリーデル様、ユリエ様、リイナ様の言葉を繰り返して、頭の中で考えます。



 私の、したいこと。


 私がすべきこと。


 アキラ様に、私は何をしたいのか。


 今までのアキラ様を見てきて、私が何を思っていたのか。



 そして私はアキラ様を支えねばなりません。だって、それが――。


「……ユリエ様、エリ様、リイナ様」

「おう」

「はい」

「なんでしょう? ……って、あれ?」


 三人の名を呼びました。本当に「名」で呼ぶのは、恐らくこれが初めてでしょう。


 彼女たちは私の恩人です。


 この借りは、いつか返さねばらないのでしょうね。



「――ありがとうございます」



 そして感謝の挨拶もそこそこに、気づけば私は飛び出していました。




 支えること。

 だってそれが、兵站局で働く私の役目だから。




---




 長い廊下を駆ける音が聞こえる。

 私は、開けっ放しにされた扉を見つめながら、つい微笑んでしまった。


「お、エリ。ご機嫌じゃねぇか」


「まぁね。娘の成長を見てるようで」


「あ、私もわかります!」


「オレもそう思うな。でもよ、エリもリイナもまだ未婚だろ?」


「そ、そんなこと言ったらユリエさんだって未婚じゃないですか!」


「それにユリエとリイナさんはソフィアさんより年下のはずよ?」


「細かいことはいいんだよ!」


「そうです! 今はソフィアさんが成長したことを喜びましょう!」


 言い合って、笑い出す。


 あながちユリエの言っていた喩えは間違いではない。


 私たちは、まるで紅茶と砂糖とミルクのような関係なのだろう。

 誰が紅茶で誰が砂糖で誰がミルクかはわからない。でもいずれかが足りないと、何か物足りないのだ。


「で、でもエリさん。確かエリさんって、局長様のこと――」


 と、リイナさんが不安そうに聞いてきた。いつも不安そうな様子の彼女だけど、今日は局長のことも相まっていつも以上にそうだ。


 でもその話は大丈夫。それなら問題ない。私にも考えがある。


「大丈夫よ。あんな奥手の二人が、一気にそんな関係になるとは思えないわ」


 なにせ「話し合う」ことにすらこんなに時間がかかった二人よ?

 それがもっと深い関係になることは、たぶん十年単位かかるんじゃないかしら。


 そして私はそんな進展しない仲を脇から掻っ攫う計画だ。

 私は誰かと違ってグイグイ攻めてるから、もうコーヒーの淹れ方を覚えればもう完璧よ。


 と、思ったのだけれど。


「「…………」」


「二人とも、言いたい事があるならしっかりと言いなさい」


 なぜか沈黙を守ったのです。なに、その、私の目論みが失敗するみたいな目は。


「じゃ、賭けようぜ。この後エリの試みが失敗するか、成功するか」


「あら、いい度胸ね。じゃあ『私が成功する』方に五〇〇賭けるわ」


「んじゃオレは『すぐに失敗する』に五〇〇。リイナはどうする?」


「ふぇ!? わ、私も!?」


「当然よ。自分だけ傍観者なんてずるいわよ」


「えー……じゃあ、あの……『二人とも賭けに失敗することが起きる』に五〇〇で」


 リイナさんが何故か不思議な賭け方をしました。

 え、成功も失敗でもないっていったい何が起きるのかしら?


「は? なんだそれ?」


「べ、別に深い意味はないです。何起きるかわからないし……」


「じゃあなんで?」


「……えっと、この前のトライアルの時、ソフィアさんがそれで当てたから」


 あぁ、なるほど。あれね。


 ソフィアさん他数名だけが「新兵器は両方採用される」に賭けて見事当てて大金を得た。それを再現したいと言うことでしょう。


「リイナさん、それ『柳の下の魚』って言うのよ?」


「に、二度あることは三度あるとも言います!」


「まだ一回しか前例ないけどなー」


「ふぇぇ……」


 そう言うと、リイナさんがちょっと涙目になりました。

 でもすぐ後に、おかしそうに吹き出します。何がおかしいと言うわけでもないけど、私たちもそれにつられて笑い出す。


 やっぱり、私たちは相性がいいのかもしれない。


「ねぇ、なんだったらこれから酒場にいかない?」


「お、エリから誘うなんで珍しいな!」


「何かあったんですか?」


「いいじゃない、たまには」


 たまには、女三人で浴びるほど飲むのも悪くはない。


「でも、割り勘だからね」


「意味ねぇ!」


「え、で、でも行こうよ!」


「えー……チッ、仕方ねーなー……」


 三人立ちあがって、休憩室を出る。



 廊下にはソフィアさんの姿は、もう見えない。足音も、声も聞こえない。


 でも私は、私たちは心配はしていない。


 それに、いつだか局長が言ったことでもある。




 兵站は、信じて待つのが仕事だから。


誰が賭けに勝つのかみなさんも予想してみましょう。


ちなみに2章はあと5話くらいで終わる予定。先が長いぜ…

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