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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
2-3.たとえそれが誰であっても
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大混乱の真っただ中です

「飛竜隊より連絡。『海面、異状なし』」

「よろしい。そのまま警戒を怠らないように」


 地震と津波から二日経った。


 余震はまだあるものの、あれ以来大きな津波は来ていない。

 魔王軍攻勢作戦を無期限延期して救出活動並びに復旧・復興作業に注力している。


 ピエルドーラ陣地の仮司令部で、陛下がそれの陣頭指揮を執っている。


「アキラくん、後方連絡線はどうだい?」


 現在、ピエルドーラ陣地は孤立している。


 街道三本は使用不能、港も壊滅状態でいつ復旧できるかわからない。

 ただ飛竜による空輸が可能であるため、収納魔術の使えるダウロッシュさんにピストン輸送させている。


 だがそれにも限界がある。

 主に飛竜とダウロッシュさんの体力。だから早く街道を復旧しなければならない。


 ――なのだけれど、これが難しい。


「海沿いの街道が津波による浸水と地盤流出によって使用不能、内陸部にある街道二本も土砂崩れの為に通行不能です」


「復旧状況は?」


「現在、被害が比較的に少ない内陸南側の街路に魔像隊と工兵隊を全力で出動させて復旧に当たらせています。徹夜でやらせれば明朝までには通行可能になるかと」


「わかった。だが無理はさせられないな。次いつアレが来るかわからん」


 確かに、飛竜があるおかげで差し迫った危機と言うわけじゃない。

 休憩を挟んで確実に、でも早めに作業させるようにした方がいいだろう。


 疲れが原因で事故を起こしてもらっては困る。


 その後陛下への報告を続ける。

 部隊の状況、物資の状況、輸送状況など。陛下が仮司令部を出るまでそれを続けた。


 それが終わった後、魔都の兵站局へ連絡を取る。すぐにソフィアさんが出てくれた。


「ソフィアさん、そちらはどうですか?」


『今、稼働可能な魔像をそちらに送りました。ただ整備部品の確保に手間取っているので、可動率が下がる恐れがあります』


「さしあたって必要なのは部品ではなく魔像とそれを動かす魔石ですから、問題ありません。魔像隊の行先はどこです?」


『ピエルドーラ第Ⅳ南街道です』


「それ、第Ⅳ北街道に変更できますか? 南街道はこちらの魔像で復旧可能なので」


『承知しました。ウルコ司令官に連絡しておきます』


 よしよし、いい感じだ。


 昨日ソフィアさんと連絡が取れた時は、物凄い慌てぶりようだった。

 だけどすぐに平静を取り戻して、いまはこの通りいつものソフィアさんである。


 いや、あの時は凄かったよ。

「大丈夫ですか、生きてますか!?」って、すごい剣幕で。


 あとなぜか怒られてた気がする。


『あの、アキラ様? なにニヤニヤしてるんですか?』


「なんでもありません」


 そんでもって通信機越しだと彼女の読心術は効果を発揮しないようである。

 よかったよかった。今の心の声が聞かれてたらと思うとぞっとする。


『コホン。では続きを。魔像隊に引き続き、食糧と紅魔石輸送隊が進発しました。それと、昨日アキラ様が要請していた復旧用資材と被服については、現在ユリエ様が調達中ですので暫く時間が』


「ありがとうございます。復旧用資材はストックがそんなにありませんから仕方ありません。ですがこちらもだいぶ流されてしまいましたし、被服はもっと深刻です。可及的速やかに、こちらへお願いします」


『畏まりました。――では』


 事務的な声と台詞と共に、通話が切れる。

 緊急事態で忙しいと言うのもあるが、雑談がないというのは少しさみしい。


 けど、そんなこと言っている暇もないのは確か。


 物資の多くが波に攫われてしまった以上、数少ない物資を如何に合理的・効率的、かつ公平に配分しなければならない。

 兵站局の腕の見せ所である。


 医療品、食糧、魔石、魔像、被服、生活用品が足りない。


 そして何より真水!

 付近に河川がなく、陣地にあった井戸の多くは津波によって塩分を含んだ水しか取れなくなったために、結構深刻だ。


 洗濯等は海水で代用可能だが、飲料用の真水は代替不可能。大量に確保しなければならない。


 空輸によって運ぶというのもかなりきつい。


 街道復旧が遅れると、俺たちは水に苦しむことになる。

 やはり徹夜させるか……。



「おい、補給の責任者はどこだ!」


 深刻な真水不足、次いで食糧・医療品不足に頭を悩ませていた時、仮司令部に怒鳴り込んでくる奴がいた。

 陛下がいなくなった途端にこれか。


 こういう時に来る客は得てして理不尽なクレーマーだ。

 居留守を使いたい気分だが、仮司令部の連中は優しい奴だから俺のことをガン見してくれる。


 あぁ、全くもって泣けてくる。


「チッ。貴様か、この人間野郎」

「……どうも」


 クレーマー、もとい今回の攻勢作戦の司令官で純血の吸血鬼オリベイラさん。


 笑った顔がとんでもなく怖い司令官ランキング堂々の第一位(当者調べ)である。

 笑った顔一度も見たことないけどな。


「おい人間。あるだけの物資を戦闘部隊に寄越せ。これは命令だ」


 なに言ってんだこいつ。


「命令の意図がわかりかねます」

「わからんのか、この戯けが!」


 いやわかんねえよ。


 この状況下でなんで物資をあるだけ出さなきゃいけないんだよ。


「ふんっ。愚鈍にして愚図で愚痴醜悪な人間風情に教えてやる義理はないが、教えてやらねば仕事も出来ないと言う無能の為に、致し方なく教えてやろうと思うのだが」

「お願いします」


 反論するのも馬鹿らしいので素直に説明を受けることにした。


 人間としてのプライド? そんなんでメシが食えるのか?


「よろしい。我々は、偉大なる魔王ヘル・アーチェ陛下の威光と尊厳を人間共に知らしめる為、明日より人類軍陣地に対して攻勢を仕掛ける」


 は?


「バカじゃねえの?」

「……おい貴様、今なんて言った?」


 おおっと、いけない。


 無茶口以下の戯言を放った無能司令官を前に、つい本音が出てしまったじゃないか。


 で、なんだって?

 攻勢? バカなの? 死ぬの?

 まぁ死ぬだろうけど、おひとりでどうぞ。


「コホン。失礼、申し訳ないのですが、そのような考えに至った経緯と根拠をお教えいただけますか? どのような作戦になるかがわからなければ物資の出しようがありませんが」


 ここは大人の対応をしよう。


 今顔がとんでもなく引き攣っているだろうけど、彼の言葉を聞くしかない。

 喧嘩して勝てる相手と言うわけじゃないんだから。


「簡単な話だよ。飛竜隊からの偵察情報だ。『人類軍陣地、壊滅状態』という報告が入ったのだ」


 曰く、人類軍陣地は震災の被害を受けたらしい。

 内陸部にあるためピエルドーラ陣地のように津波の被害は受けてないようだけど。


 そして何の因果かわからんが、ピエルドーラ陣地は後方連絡路が断たれているのに、人類軍陣地へ向かう経路は問題ない。そしてそれは人類軍も同じ、と言うのも偵察によって判明した。


 であれば、後は攻めるのみ。

 敵が震災で混乱しているうちに、である。


 そして「もう一つ」と付け加えて、オリベイラさんが力説、というより演説する。


「さらに人類軍陣地だけではなく、放棄され、人類軍に占拠されたセリホスの港町もまた、この災害によって孤立している! しかも、ここよりもさらに巨大な波に呑まれ、壊滅状態にある!」


「…………つまり、そこを襲うと?」


「襲うのではない! 奪還するのだ! そして混乱する人類軍を、我らの鉄槌によって蹂躙し、殺戮するのである! これは陛下に捧げる聖戦なのだ!」


 オリベイラさんの演説は続く。


 曰く、これによって舐め腐った人類は再び魔王陛下の名に怯えるだろう。


 曰く、奪還したセリホスの町と、制圧した敵陣地に貯蔵されているだろう物資を奪取すれば、今ピエルドーラ陣地が陥っている物資不足が解消される。


「どうだ人間、兵站とやらにも、いいとは思わないかな?」


 ドヤ顔で、オリベイラさんはそう言った。


 なるほどね。

 純戦略的な視点だと、この状況がそう見える訳か。


 けど兵站的な視点であれば、返答はこうである。


「申し上げにくいですが、司令官閣下の命令を拒否します」

「なに!?」


 や、その反応はおかしい。


 眼下に広がるピエルドーラ陣地を見ればわかることだ。

 人類軍の町や陣地が見えるのにピエルドーラ陣地が見えないというのは余程遠視が酷いらしい。視力三三・四くらいかな?


「現在、我々には攻勢を支えるだけの物資がありません。それどころか、今日を生き延びるための物資があるかさえも疑わしいです」


「それは兵站局の無能と怠惰ぶりが原因である。そうでないとしても、足りない分は現地にて調達すればいい事ではないか」


「万が一、攻勢に失敗した場合はどうするのですか?」


「失敗などあり得ぬ!」


 それ言う奴はだいたい失敗するんだよ。


「しかし物資がない上に、輸送用魔像も津波で流されています。攻勢には出れません」


「……それは、お前がピエルドーラ陣地を拠点に選んだからだ!」


 はい?


「我々は内陸部のリューカ砦を選んだのに、お前ら兵站局がピエルドーラ陣地を選んだ! 情報によればリューカ砦は無事!

 だが、お前らのせいでピエルドーラ陣地を拠点にせざるを得ず、さらに物資が流されて死にかけている!

 そんな状態になったはお前ら兵站局の責任だろう!?」


「言いがかりにも程があります。地震津波が来ることを知っていたら、ピエルドーラ陣地を選んでいませんよ!」


 ていうかそもそも攻勢作戦に反対しただろう。リューカ砦は山岳地帯に位置するから、山体崩壊やら土砂崩れに巻き込まれる恐れがある。


「ハッ。どうだかな。

 貴様ら人間は卑怯で狡賢い。ジシンとやらを事前に察知して、お前が人類軍と共謀して我らを困窮する作戦を立てて自滅したと言う線もあり得る」


 よくもまぁ、そんな妄言を堂々と吐くことができる。


 俺が地震察知のチート能力手に入れてたら、もっと別のことに使うよ。


 事前に沿岸部から住民を避難させて「しゅごい!」ってみんなに言わせて、今頃チヤホヤされてるって。


 けどそんな事情を知る由もないオリベイラさんの口は止まらない。


「地震が来た後、避難しろとのお前からの進言が早かったのもそのせいか? 自分が死ぬのを免れ、且つ陛下から覚えがめでたくなる――」


「いい加減にしてくれますか!? なんだってそんな根拠のないことを!」


「根拠!? 根拠が欲しいか。なら根拠はお前自身だ! お前の存在そのものだ! 我ら魔王軍を困窮させ、人類軍への攻勢に執拗に反対するお前の存在! それが何よりの――」


 ダメだこいつ、はやくなんとかしないと。


 俺にも我慢の限界とか堪忍袋の緒と言うのがあるので、手をチョキにして思い切り目潰ししてやろうかと思ったその時、


「なにをしている!」


 陛下が帰ってきた。そして開口一番、俺とオリベイラ司令官の口論の間に入ってきた。


「今はそんなことをしている場合ではない。攻勢作戦は無期限延期、一刻も早い復旧が最優先事項であり、それ以外は認めん。これは勅命だ!」


「しかし陛下、現在敵は――」


 オリベイラ司令官は急にへりくだった態度を取ると、ヘル・アーチェ陛下に作戦の説明を始めようとした。

 が、そんな態度、陛下はお気に召さないらしい。


「オリベイラ。私の言葉が聞こえなかったのか? 聞こえなかったのだとすれば――」


「い、いえ。申し訳ありません。勅命、謹んで拝命致します」


 彼は深々と頭を下げ、一度此方を睨みつけた後静かに去った。


 ただ暫くした後、喚くような声が聞こえてくる。

 やれやれ、仮司令部の壁は薄いんだからちょっとは我慢しろ。


 ともあれ、非道な作戦は回避された。陛下のおかげだ。


「ヘル・アーチェ陛下。ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありません」

「いや、君のせいではないのだから気にする必要はない」


 そう言ってくれるとありがたい。妙に責任を感じて仕事に支障が出たら困るからな。


「……背中に注意した方がいいかもしれないな。私が君のような人間を助けてばかりいると、不満を持つ者が多くなる。

 しかし君が悪いと言うわけではないし、無力な君を守るのも召喚者である私の責任だから、安心してくれ」


「あの、それでどう安心しろと……」


 お前はこれから壁を背にして生活しなくちゃならないんだぜ、ということか?

 非力で喋るだけのスタンドに背中に取りつかれた某漫画家の気分がわかった気がする。


 が、そんな不安に対する策について、我らの陛下は一味違う。


「そうだな、例えばこうするのはどうだい?」


 と言って、急に背中から抱き着いてきたのである。

 陛下の二つの大きな丘というか山というかマウント富士だかエベレストだかの感触がそのなんというか、やばい。


「こうすれば君の背中を守れるわけだ。いいと思わないか?」


「陛下? それをまさか一日中やるおつもりですか?」


「おおっと、それはダメだな。私にも仕事がある。君と夜を共にするときくらいしかできないな」


 おいコイツ何言ってるんだ。

 オリベイラさん以上に何を言っているんだ。


「陛下……」

「ハッハッハ、冗談だよ。少し君をからかってみただけだ」


 なんだ、いつもの陛下か。


 心臓に悪いからやめてほしいものだが。


「ま、話を戻すとして、あまり気にしなくていい。私の覚えめでたい君を暗殺する度胸は、彼にはないよ。そんなことをすれば自分の身が滅びることを知っているからね」


「はぁ……」


 だったら今のくだりは何だったんだ。


「それはそれとしてアキラくん。一つ君に教えておこう」


「なんです?」


 陛下はいつになく神妙な顔つきだった。


 この状況下で、何を言われるのか見当がつかない。何か妙なことしたっけ、俺。


「読心魔術はね、心の奥深くの感情――深層心理だったかな?――を読み取ることは非常に困難なんだ。せいぜい出来るのは表面に現れる感情や思考から推察することだけ」


 急に何の話だ。


「…………えーっと?」


「つまり私は、君とオリベイラが口論している時、その表層意識しか読み取れなかったわけだ」


「すぐに喧嘩を止めてくださいよ、そこは」


「悪いね。だがどうしても気になったんだよ」


 少し遠回しな前置きだった。故によくわからなかった。


 けど続く陛下の言葉は、胸を抉り取られるような感覚を覚えた。


「君はあの時、オリベイラの心ない中傷や罵倒を受けても、多少は腹を立てたが冷静だった。オリベイラが杜撰な作戦計画を話した時も。

 でもその後、彼が『壊滅したセリホスの町を奪還して物資を奪う』と言った時、それが変化したよ」


 それがなんなのかは、私にはわからなかったがね、と陛下は続ける。


「その心理がなんなのか、深くは聞かないし、心は読まない。だがこれだけは言っておく」



 陛下は優しい声で、それを言った。



「あまり考えない方がいい。今は、目の前のことに集中したまえ」


 と。

陛下の胸はAから数えるよりZから数えた方が早そう(でかすぎかな流石に)


追記:ぐぐったらデカすぎて気持ち悪かったのでやっぱなし(

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