無駄をなくすための無駄な会議
第一回。チキチキ、兵站改善会議!
「んだと人間風情が! 貴様に戦争の何がわかる!」
「魔術を使えない人間が魔像を語るなど笑止!」
「もしや貴様、魔王軍の戦力低下を狙った人類軍のスパイだな!」
ポロリもあるよ!
たぶん首とかのね!!
さて、ヘル・アーチェ魔王陛下に魔王軍の抱える兵站上の問題を色々話した結果、それを改善するための会議が開かれることになった。
まぁ、兵站業務なんて会議と事務処理が殆どなのだからそれについては問題ない。
ついでに各部局と顔合わせしてコネを作って人員増強の足掛かりになればいいなと言う面もある。
陛下の人望もあって会議自体は無事開催された。兵站局からは俺と、そしてソフィアさんが出席する――ってまぁ、今この二人しかいないけど。
魔王陛下の人望と威光によって実現したこの兵站改善会議。陛下の為にも実績を残したかったのだが……。
会議中にまでそれらが続くとは言っていない。
理由はまぁ、ご覧のとおりである。
「そもそも、我らの悠久の敵である人間が、我らの偉大なる陛下に取り入って、陛下に甘え、陛下の下で兵站局などと言うわけのわからない部署を作りその長となったこと自体がおかしいのだ」
と、人事局長の魔族。
「挙句の果てに、我が軍の主力となり得る魔像の開発に口を出し、魔像の種類を削減し、さらには重要な物資である魔石の管理まで主張してきた。これは、重大なる統帥権干犯である!」
と、魔都防衛司令官のエルフ。
「彼の主張する『文書主義』のおかげで、既に一部の部隊では戦闘行動に支障が出ていることを、ここに明言しておこう。これでは我が軍は戦えない。この地位になってから18年経つが、こんなことは初めてだ」
と、憲兵隊の吸血鬼。
「これが正しいとすれば、彼の存在、その行動は恥知らずにも程があります。彼の主張するところは即ち敵を利する行為。陛下は優しいが故、彼の者の言葉に耳を傾けておりますが、彼のすること成すことは全て我々になんら益をもたらしません」
と、魔王附軍事顧問のダークエルフ。
「まず彼が本当に我々の味方であるのかが疑わしい。最初に開かれるべきなのは、彼の人となりであり人間関係であり、そして本当に魔王陛下に忠誠を誓っているかどうかでしょう」
そして最後に、情報局の竜人族。
こんな感じだ。
え? 開発局? あのマッドが所属する開発局がこんな会議に出席すると思った?
長々と話しているが一行でまとめると、
『俺は人間の言うことなんて聞けるか! 俺は今まで通りのやり方を通すぞ!』
である。
まぁ、俺のことを信用できない気持ちはわからなくもない。彼らは長年人間を敵として認識して戦ってきたのだから。
というか俺のことを最初から信用できている魔王陛下が色々とおかしい。
最強だから多少の裏切り程度では傷つかないという事情もあるし、裏切ったところで瞬殺できるからというのもあるだろう。
要は魔王陛下チートである。どうせなら魔王に生まれ変わりたかった。
俺が召喚されてからそれなりに長く一緒に仕事をしているソフィアでさえ、俺に対する警戒心は強いのだ。
でもその辺の事情は会議を開く前からわかっていた事でもある。
それをどうにかして拭い去る、あるいは感情無視して理論だけ突き通すかをしなければならない。
ちなみに今回、魔王陛下は会議に出席していない。
いや本人は、
「会議を開くとなるなら私も出よう。君としても、私がいた方がやりやすいはずだ」
と言っていたのだけど、こちらから遠慮しといた。
確かにヘル・アーチェ陛下がいればその威圧だけで幹部連中は黙りこくるだろう。でも、それだと組織の全体が見えにくくなる。
批判されることは覚悟で、陛下には「自由活発な意見交換会という側面もあるから陛下は出席を遠慮していただきたい」という感じの台詞を出来る限り遠回し且つ敬語で言った。
いやだって怖いじゃん。陛下だもの。
でも陛下呼んで来るべきだったかな、と少し後悔もしてる。
「文書主義だなんだと喚いているが、既に人事異動に関する命令や作戦命令書等は既に文書で行われているのだ。これ以上の文書主義化は却って我が軍全体の機動力を脅かすのではないか?」
「それにその文書が正しいものである保障はない。信憑性というのを論じるのであれば口頭でもさして変わらないだろう」
「すぐに文書を作成するのも無理な事だ。識字率の問題もあるし、急激な変革は組織を機能不全に陥らせるだけだぞ」
という、傍から聞けば至極真っ当な意見が出てくるのはまだマシな方である。
「やはり人間は信用ならんな。デカいのは態度と口だけか」
「魔術も使えないような連中だ。タカが知れているよ」
「どうせ裏切るのだ。言うことを聞く必要はない」
という、隠す気にもならない陰口を堂々と言う始末である。
亜人でも魔術使えない奴いるだろうという些細なツッコミはこの際無視する。
しかしこれでは会議じゃなくて動物園だ。魔族って会議しないの?
確かに無駄な会議は省くべきだけど罵倒大会で終わらすのはもっとダメだよ?
とりあえず会議の主役として発言を……。
「……発言してもいいですよね?」
「バカめ! 人間に発言権があるか!」
とってもうざいです。
どうしたものかと逡巡していた時、俺の隣に座るソフィアさんがいつもの表情、いつもの口調で会議が始まってから初めて口を開いた。
「私たち兵站局は、陛下からの勅命によって創設された部局であり、この会議は陛下より直々に出席を言い渡されました。その点に対しなにか異議があるのであれば、後日改めてヘル・アーチェ陛下に言上されるが良いかと思います」
……なんだと?
「……ソフィアさん。いいんですか、そんなこと言って」
「いいですよ。話が進まないのは嫌ですし、彼らの言葉は聞いていて気持ちのいいものではありませんから」
「いやそっちではなく」
「?」
いや、なんだかんだ言って俺が人間であるという理由で普段から警戒心を解いていない彼女が、俺を庇うかのような言葉を放つのが意外だったのだ。
「……陛下の威を借るつもりか、それとも人間如きに媚びを売るつもりか!」
当然の如く、俺に対する悪感情はソフィアさんにも向けられる。
こうなることは彼女もわかっていただろうに。なんであんなことを?
しかし俺の心を読むことに定評のある彼女が、俺の疑問に答えることはなく、いつもの調子でただ淡々と言葉を紡いだ。
「では何か異議があるのであれば、会議開催を決断なされた陛下に仰ることが良い事だと思いますが、どうでしょうか?」
「……」
「異議がないようなので、我々が発言させてもらいますね」
ソフィアさんすごい、かっこいい。抱いて。
「アキラ様、はやくしてください」
「あ、はい。すいません」
そして怖い。
今回の会議で話すことは、第一に兵站局の人員増強について。
事務処理が出来る者と言うのは意外と少なく、識字率の問題もあってなかなか集まらない。他の部局から余っている人員を異動させるのが手っ取り早いのである。
が、
「こちらも人手が足りているわけではないのだ、このバカめ」
「人間の下につかせるために貴重な人員を出すとでも?」
とのことである。やっぱりね……。
これもまた陛下に頼まなければならないだろうか。
でも陛下に頼りっぱなしというのは他の部局との軋轢が広がるばかりだ。彼らとは一蓮托生、少しでも仲良くしなければならない。
「無論、あなた方の事情も分かっていますし、そちらにも仕事はあるでしょう。しかし兵站局としても、これから増えるだろう事務の処理が――」
「人員を増やす前に仕事を減らせばいいのではないかな? 例えば書類の決裁を省略するとかな」
それじゃ意味ないだろボケ。
「ではこちらの仕事を減らす努力を他の部局にもしてもらいたいものです。人員の異動についてもそうですが、魔石を始めとする魔像関係の兵站上の負担を少しでも減らす努力を」
「魔像だと?」
「はい」
現状の魔像についても兵站局から兵站上の問題を指摘する。
あまりにも多種多様な魔像、魔石。それだけじゃない。多種多様な装備と消耗品が、魔王軍の兵站上の負担を増やしているのだ。
「効率を無視した軍隊など、いつか自滅します。このような問題を解決するための努力を、各部局にお願いしたいのですが」
当然のことを言っているつもりだが、やはりというかなんというか、無駄である。
「何を言っている。魔像は貴重な戦力だ。それを削減するなど――」
「やはりお前は魔王陛下に仇なすスパイなのだな! こちらの戦力を削ろうと!」
と、こうなるわけで。
俺に対する人格否定など、もうスルー安定だから問題ないけれど、こちらの理屈が通らないのは結構辛いところである。
その後も兵站局から提案や妥協を提示したのだが、悉くそれらは一蹴されてしまう。事前に分かっていたことだが、それが魔王軍の現状だった。
「――では、今日の会議はこれまでとします」
やれやれ。どうも長い話になりそうだ。
胃薬ってこの世界にもあるかなぁ……?