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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
2-3.たとえそれが誰であっても
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波と涙に流されて

「アキラくん、大丈夫か?」

「大丈夫です。危うく死ぬところでした」


 地震が発生してから十五分、陛下が沿岸部に緊急警報を出してから数えても僅か十分、津波はピエルドーラ沿岸地域に到達した。


 東日本大震災と呼ばれたあの大津波を彷彿とさせるその水の塊は、地震と津波に不慣れな魔王軍を襲った。


 港に係留されていた船は沿岸部の建造物と共に波に呑まれ、あらゆるものを破壊し尽くした。

 波が引いた時、壊滅状態となったピエルドーラが露わになる。


 強烈な不快感が、俺を襲った。


「あ、あの、局長様、大丈夫、ですか?」

「え? あぁ、すみません。大丈夫ですよ」


 傍にいたリイナさんに本気で心配されてしまったようだ。

 リイナさん自身が一番大丈夫じゃないだろうに。


 こういう時こそ、地震大国生まれの自分がしっかりしなくちゃならないのに。


 それから数時間。


 上空に退避し海上で情報収集をしていた飛竜隊からの報告を下に、陛下が緊急警報を解除した。

 ただし「すぐに避難できる態勢を取り続けよ」という命令を新たに発した。


 同時に、陛下から「攻勢作戦の無期限延期」が下達された。


「作戦よりも人命救助が先だ。司令部も流されてしまったし、私が指揮を執らねばならん」

「わかりました。私も情報収集に努め、後方との連絡を確立させます」


 何せ事前に準備していた通信網や命令系統は全滅に近い。


 生きてる通信用魔道具を探し出して、仮司令部を設置して臨時的な兵站網を構築する。


「頼む」


 そこで陛下と一旦分かれて、リイナさんと共にピエルドーラだった場所へ戻る。


 見れば見るほど、酷いと表現するしかない。


 原型を保っている物は一つとしてない。

 それは建物や兵器に限らず、魔族も亜人も、である。


 口にするのも憚れる「彼ら」の姿がそこにあった。


 途中、レオナとヤヨイさんと合流する。少し服に泥がついているだけで、目立った怪我は見られない。


「アキラちゃん、大丈夫だった?」

「あぁ、そっちは?」

「動かなくなった魔像ちゃんたちを見るのに心が折れてる」


 全く、こいつはいつでもぶれねぇな。


「ヤヨイさんは大丈夫ですか?」

「……うん。でも、ちょっとつらい、かも」


 そりゃそうだ。

 十二歳の子供には刺激が強すぎる。


「無理はなさらないでください。なんでしたらリイナさんと一緒に丘に戻って――」

「ううん。大丈夫。やらなきゃいけないこと、いっぱいある」


 ここで、いやダメだ、戻りなさいと強く言える状況じゃない。

 そう言えない自分が情けない。


 ヤヨイさんは子供と言っても技術者でもある。

 ありとあらゆる人的資源を総動員しないといけない状況では、暇をさせておくわけにはいかない。


「……わかりました。じゃあリイナさんと一緒に行動してください。それとなるべく海岸には近づかないように。何があるかわかりませんから」

「わかった」

「頼みます」


 彼女たちと別れ、レオナと二人きりになる。


 すると、隣でレオナが嘆息する。


「過保護じゃない?」

「そうかも。でも子供だし」

「子供だけど、アキラちゃんより一人前よ?」

「反論できないなぁ……」


 いつまで経っても俺は半人前だ。

 だから半人前は半人前らしく、悪足掻きしてみようか。


「ま、とにかく仕事をしよう。救助活動に関しては戦闘部隊がやってくれる。俺らはそれ以外をやる」


「例えば?」


「通信網と指揮命令系統の再構築、仮司令部の設置、後方補給路の確保、そんでもって瓦礫撤去と人命救助かな。最優先は通信網の再構築だ」


「私は何をすべきかしら?」


「レオナは稼働可能な魔像を使って最低限の瓦礫撤去と救助活動を支援してほしい」


「でもこの瓦礫の規模だと、高台に退避させた魔像だけじゃ足りないわよ?」


「津波に呑まれた魔像の中から動きそうなものを簡単に整備して動かしてみたり、あるいはもうここで現地生産魔像を作ってしまっても良い」


 幸い、レオナは魔像の現地生産魔法を使える。

 それにこいつのことだ、わけわからん魔石を常に持ち歩いているに違いない。


「魔像の種類が増えちゃうけど、そこら辺は大丈夫なの?」

「安心しろ、後方から予備が到着するまでの繋ぎだから、兵站支援をするつもりはないよ」

「ひどい」


 そう言って、レオナは頬を膨らませた。けどそのすぐ後に、空気を吹き出して笑う。


「なんだか怖い顔してたから心配だったけど、いつも通りに戻ったみたいね」

「……そうでもないよ?」

「嘘下手だなー」


 ……まぁ、この光景を見たら平静でいられるはずはない。

 二度と見たくはなかった光景なんだから。


「ま、とにかくやりますかね、一仕事!」

「頼むよ、レオナ」

「当然!」


 グッとサムズアップして、レオナが元気よく近くに転がっていた魔像に飛びついて簡易整備を始める。

 それと時を同じくして戦闘部隊の連中がやってきて、瓦礫の下の戦友を助けようと必死の作業をしている。


 ……俺も、やるべきことをしよう。




---




「大規模なツナミが到達したのは、ピエルドーラ陣地を中心として約一〇〇マイラにある南海岸部各地域、カクタス、クリッパー、ケルム、イェルグです。

 特にピエルドーラとカクタスは甚大な被害が発生し、通信が確立されていません。獣人の皆さんは思念波に専念し、それ以外の方々は必要な仕事をしてください」


 ジシンというものが来てから、数時間。


 海岸部各地から悲鳴にも似た報告が次々と舞い込んで、思念波や通信用魔法が飛び交い、情報が錯綜します。


 そう言う時、まず真っ先にやるべきは、雑多な情報と無秩序の通信を整理することです。


 方面軍単位で放射線状に、通信網を構築します。


 そしてその各方面軍司令部と魔王城を繋ぎます。

 一度方面軍司令部を経由する分、タイムラグや情報の欠落が起きます。ですがそれを想定して動くのが、我らが兵站局の仕事。


「ソフィアさん、ケルム砦の輸送隊との通信用魔道具での連絡が取れました」


 リーデル様が、久々に吉報を持ってきてくれました。


「ありがとうございます。それをケルムと魔王城との直通回線にします。先方はなんと?」

「読み上げます。『発 ケルム砦司令官代理 宛 魔王軍総司令部。 我が基地周辺地域、人的・物的損害甚だしく、基地機能を喪失。至急救援を』とのことです」


 司令官代理から始まり、そして続く本文に、戦慄しました。


 吉報ではなく、凶報です。


 ケルム砦は決して大きい拠点ではありませんが、同地域の中では最も規模の大きい砦でもあります。

 それが「基地機能喪失するまで甚大な被害を負った」と言うのは……。


「……廃棄予定だった魔像、それに物資を送りましょう。とにかく兵站路を確保しないと」


「畏まりましたわ。でも、ちょっと問題が……」


「なんです?」


「廃棄予定だったために、魔像用の魔石の殆どが民間に放出されています。紅魔石、純粋紅魔石、真紅魔石に関しては予備がありますが、それ以外は――」


「……魔石削減計画の弊害が、こんなところで出るなんて」


 でも、そんなこと予想できません。


 それに起きてしまったことを悔やんでしまっても仕方ありません。すべきことをしましょう。


 確か魔石以外にも、整備部品などの廃棄あるいは放出という形がとられているはずです。それをいったん止めないと……。


「ユリエ様!」


「おう、なんだ!」


「魔像部品や魔石を取り扱う民間商会、ギルドに連絡――いえ、命令をお願いします。『魔像に使う全ての部品・魔石及び整備道具をキープしてください』と」


「……それ、いったいいくつあるんだ?」


「下手すれば『万単位』であります」


「…………」


 ユリエ様が黙って頭を掻きました。


 当然です。

 如何にユリエ様と言えど、流石に多種多様の魔像に使われる有象無象の部品を記憶し把握しているわけありません。


 ……ですが、どういうわけかそれがリスト化されたものが私の目の前にあります。


「ユリエ様、この資料を持っていってください。役に立ちます」

「……おいおい。これ、どこにあったんだ!?」


 ユリエ様の驚愕の声に、私は肩を竦めるしかありませんでした。


 それは先程まで、アキラ様の執務机の引き出しの中で埃をかぶっていたものです。

 つまりはその、そういうことなのでしょう。


 無論、それでも全部を網羅しているわけではありません。

 が、頻繁に破損する部分に関する部品が優先的に記載されているようです。


「それよりも、できますか?」

「できるぜ。これがあれば交渉もしやすい。ただ、無期限は無理かもしれん」

「大丈夫です。状況が落ち着けば、予備を必要なところに効果的に投入できます」


 言って、ユリエ様を見送ります。


 そして兵站局を見渡せば、誰もが慌ただしく動いています。


 数年前だったら考えられないこと。それこそ、私とアキラ様しかいなかった頃とは大違いです。


 これも、アキラ様が魔王軍の中で必死に築いてきた「兵站」という概念のおかげなのでしょうか。




 ……早く。

 早く。


「どうか、早く――」


 早く帰ってきてください。


 私はまだ、あなたに何も伝えていない。


 私はまだ、アキラ様に――、




「繋がりました!」


 リーデル様が叫びました。

 何がどこと、という言葉がありませんでしたが、それで十分です。


「本当ですか!?」

「はい。こちらを!」


 慌てた様子で、通信用魔道具を投げるように手渡してきました。




 私はそれを掴み、叫んだのです。


 縋るように、叫んだのです。

ここから本番です

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