そんな癖があったなんて
にしても。妙に話に食いつくエリさんやユリエさんはともかくとして、ここ最近のソフィアさんの様子が明らかにおかしい。
そう考える理由は勿論ある。
まず第一に、コーヒーを淹れてくれない。
……あぁいや別に、こき使わせてるわけじゃない。
こっちが何も言わずとも彼女の方から自然と淹れてくれる。こっちが欲しい絶妙のタイミングでよそってくれる。
でも今日は……正確に言えば今日もくれなかった。
しょぼん。
おかげで毎日時機を逸したときに出されるエリさんが淹れた泥水を啜らなきゃいかんのだ。
……あぁいや、毎日俺の為にコーヒーを淹れてくれ、なんて古いのか新しいのかわからない口説きをするつもりはないのだけど。
理由その二。仕事がいつもより遅い。
こっちの方がわかりやすい。
一つの書類を眺める時間が増えたし、行動に移すまでが遅くもなった。
俺に相談するときも、言うか言わないかで散々迷った挙句、若干おどおどした感じで聞いてくる。
そんなソフィアさんを、俺を心の中で「リトルリイナさん現象」と呼んでいる。
「それ、リイナちゃんに失礼じゃない?」
「レオナが『失礼』という単語を知っているとは驚きだ」
「どういうことだ!」
というわけで、開発局です。
今回の攻勢作戦が新兵器の実験と言うのであれば、彼女にも作戦に参加してもらわなければならない。
実戦のデータを素早く改良型にフィードバックさせるためでもあり、扱いに不慣れな整備士への指導のためでもある。
だからレオナ、あるいは新型魔像「アルストロメリア」に詳しい奴を前線に送らなければならないわけだが……残念ながらこの魔像はほぼレオナの単独開発だ。
レオナが行くしかない、というわけである。
それに関しては、レオナは二つ返事でOKしてくれた。
無論それは「アルストロメリアが動いているところを間近で見てみたい」という開発者魂によるものだろうが。
「で、ソフィアちゃんが最近冷たい訳を知ってるか、って聞きたい訳?」
「細目はともかく、概ねそれでいい」
こうも会話が少ないと仕事がやりにくいのだ。上司としては早急に解決したい問題である。
ので、なんかソフィアさんについて妙に知ってそうなレオナに聞いてみたわけだ。
「本人に聞けば?」
で、早速後悔している。
「聞けないから困ってる」
「それで私の所に来ても困るんだけど。私がソフィアちゃんの本心なんて知るはずないじゃないの!」
そうだろうか?
開発局レオナの奔放ぶりから生じる狂気的な研究者精神は、彼女にたやすく嘘を吐かせている。
故に、それを管理する兵站局員はレオナの嘘を真っ先に見破る必要性が出てくる。
だからわかる。レオナは嘘をついている!
「その察しの良さをソフィアちゃんにも向けてあげれば、一割くらいはわかるんじゃない?」
「それが出来れば苦労は……って、それって俺が一割もわかってないって意味なの?」
「えっ?」
いやいやいや、これでもちゃんと観察しているよ。
怪しまれない程度には。
だからこうして「ソフィアさんにどうして嫌われたのか」を聞き出して「どうやったら仲直りできるか」をレオナに聞いているわけだ。
「うーん、五パーセント……」
なんか低かった。
え、そんなに外れてるの? どこまで複雑な事情が絡んでるの?
「もうわからないからレオナ教えてくれよ」
ほら、レオナって一応ソフィアさんと同じ、生物学上の女子でしょ?
たぶん通じる部分があると思うんだ。
「今、すっごい失礼な事考えてたでしょ?」
「何のことでしょう」
「アキラちゃんって嘘吐くとき眼球を左に動かす癖があるからわかりやすいわよ」
なん……だと?
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そして全国の子供好きのフェミニストの皆さん、先に謝らせてください。
ヤヨイさんを前線に連れて行くことになった。
「ご、ごめんね。無理言っちゃって……。でも、どうしても見たくて……」
「あぁ、良いんですよ。必要な事ですから」
事情はレオナと同じだ。
新兵器「タチバナ」の実験を兼ねた作戦であるから、専門家を前線に置く必要がある。でもタチバナの設計をしたのはヤヨイさん。
彼女の部下、もといミサカ親衛隊はお手伝いさんであって技術者じゃないため、その点には少し疎いのだ。
だからヤヨイさんも前線に送り出さないといけない。
しかし幼女になにかあったら事である。ある意味魔王陛下以上に気を使わないと夢見が悪い。
「ヤヨイさんが怪我なく魔都に帰れるよう、兵站局が全力で支えますので」
「……ありがとう」
微笑むヤヨイさんは眩しい。そして可愛い。つい思わず頭を撫でてしまう。
「ふにゅ……」
頭を撫でられているときのヤヨイさんの顔は、幸せそのものである。
どうやったらこんなに良い子に育つんだろう。きっと両親の教育の成果か。
個人的にはこれをあと三〇分くらい続けたいのだが、
「オイ、あんちゃん……」
という、背後からのドスの効いた声を聞いては中断せざるを得ない。親衛隊、ホント怖い。
「まぁ、そういうわけです。詳細な日程はまた後で伝えますが、作戦決行日は来週、つまり八月一五日から。作戦期間は予定では二週間程を見込んでいますが、たぶんそうはならないでしょう。長くなるかもしれないし、逆に短くなるかもしれません」
「ん、わかった。引き継ぎとか済ませておくね」
「頼みます」
不在中の仕事の引き継ぎも難なくこなせるロリ。有能かわいいヤッター。
ふぅ。
これで声をかけるべき人員には目処がついた。あとは戦時医療局と輸送隊と、あとは情報局から一緒に動くメンバーが欲しいな。
あとは始まってから、どのように兵站の不備が出るのか。
戦闘部隊が新兵器実験をするように、兵站局も攻勢時における兵站実験を行うのだ。
やれやれ、これはまた残業かな。まぁ慣れてるけど。
「……アキラお兄ちゃん、疲れてる?」
「え? あぁ、いやそんなことないですよ。ヤヨイさんの顔見れたから元気一杯です」
おっと、幼女に心配されるなんて俺もまだまだだ。
社畜は疲れている顔を顧客に見せてはいけないのだ。さもないと上司にどやされる。
だから頑張って笑顔を作ったが、
「本当に疲れてるね……。お兄ちゃんって言ったのに何も反応しない……」
と、ヤヨイさんに本気で心配された。
お兄ちゃんと呼ばれたことに気付かなかった。
それを楽しむ間もなく聞き流してしまうなんて、不覚を取った……!
「本当に大丈夫?」
「大丈夫ですよ。まぁ、疲れてはいますが、寝れば大丈夫です」
「本当に?」
「本当に」
「本当の本当に?」
「本当の本当に、大丈夫ですよ」
その後、何度もヤヨイさんから確認されてしまった。そんなにヤバいんだろうか?
「何か、あった?」
「まぁ、特に何もないですよ」
ソフィアさんのことを言おうとしたが、やめておいた。
これ以上言ったらヤヨイさんに心配させてしまう。どちらかと言えば、ヤヨイさんの方が心配なのにね。
「……無理しないでね」
「勿論ですよ」
まぁ、そうは言っても……。
「心配。アキラお兄ちゃんは、なにか誤魔化そうとするとき、首を触る癖があるみたいだから……」
なん……だと……?
って、デジャヴかな?
「じゃあ、約束しましょう」
「わかった、約束。ゆびきりげんまん」
そう言ってヤヨイさんは、右手の小指を差し出してきた。俺もそれに小指を絡ませる。
約束は守る。
でも無理はしなくても、多少の無茶はするけどね。
時が過ぎるのは早いもので、「自主的に」恵方巻を買う季節になりましたね。
というわけで黒くて太い恵方巻を咥えるヤヨイさんかソフィアさんのイラストください(その他のキャラでも可)
そして「魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません」がついに累計2万ptを超えました!
これも皆様の応援のおかげです。誠にありがとうございます。
これからも、この地味なお話をよろしくお願いいたします。