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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
2-3.たとえそれが誰であっても
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俺たちの戦いはこれからだ

 翌日、魔王陛下の決断が下った。


「兵站局から奏上された『ピエルドーラ案』を採用する。作戦参加部隊は直ちに、ピエルドーラ案を下地とした作戦を立案、提出し、準備を開始せよ」


 実に二〇年ぶりの攻勢作戦が開始される。


 戦闘部隊は直ちに編成開始。

 どの部隊を投入し、どの部隊を後方に残すか。指揮官は誰か、参謀は誰か。さぞ忙しかろう。


 勿論兵站部隊も忙しくなる。

 補給計画書を基本としつつ、編成された部隊の詳細をよく見て、どの物資を重点的に集めるべきかを思案しなければならない。


 馬車の数は限られている。


 その限られた輸送量に対して物資をどれほど効率的に運べるかに頭を悩ませる。

 全ての物資が万全に準備されているわけもなく、方々を駆け回ったり連絡したりしてどうにか確保する。


 この準備期間こそが、兵站部隊にとって最大の山場。


 ただし、見るべき点はない。やってることは凄く地味。


 書類にペンを走らせ、決裁用のサインをして、部下の相談に乗りつつ、戦闘部隊から送られてくる編成表と睨めっこ。


 息つく暇もなく通信用魔道具(デンワ)が鳴る。


「こちら兵站局。……え? 『新しく支給された靴がダサくて恥ずかしい』ですって? うっせえ兵站局に言うんじゃねぇ! 製造工場に文句言え!」


 そしてどうしようもない通信がたまに来る。お前ら暇だなオイ。


 んでもって、また鳴る。


「はい、もしもし。こちら兵站局」


 今度はまともな通信だったので、丁寧に受け答えする。

 これがクレーマー相手にはぞんざいに扱って良い。兵站局はサービス業じゃないんでね。


「あぁ、ドーモ、第五戦闘群=サン。はい、はいはい。わかりました、すぐ手配します。……リイナさん!」

「な、なんでしょう?」

「第五戦闘群向けの糧食を、第五五倉庫から運ぶ手筈をお願いします」

「畏まりました! ……って、あれ? 第五五倉庫にある食べ物って確か……」


 カンの良いガキは嫌いだよ……。


 第五五倉庫は数ある食糧専用の倉庫で、新設された輸送隊倉庫にある。


 その中でもこの第五五倉庫の中にあるのは、泣く子もゲロ吐いてさらに涙目になるという「作った奴の品性を疑うゲテモノ料理の瓶詰」が大量に保管されているのだ。


 俺も一度食べたことあるが、形容できない味で構成されていたため文章におこすことができないのが残念である。


 一言で表すとするなら、それは「まずい」である。それ以上でもそれ以下でもない。

 いやもしかしたら以下はあるかもしれないが。


「い、いいんですか?」

「いいから」

「え、あの、その、でもアレは……」

「いいから」

「は、はい。すぐに準備します……」


 よし、厄介払い完了。


 余りにも味が悪くて出すに出せなくて倉庫丸々一個を占領していた、という非合理からついに解放されたのである。


 ほら、別に食糧の種類まで特定されてないから、いいよね?


「あの味が好き、って言う人もいるみたいですわよ?」


 と、エリさんがリイナさんと入れ替わる形でやってきた。


 ついでに決裁が必要な書類を持ってきた。

 それに目を通しつつ、会話を続ける。


「いるんですか。あの、苦いような甘いような渋いような味のアレを?」

「えぇ、クセになるらしいです。私は苦手ですけど」


 世の中不思議な舌を持っている奴がいるんだな。


 そりゃそうか。


 かの有名な「箒に跨って宅配便する魔女」のアニメ映画の中で「このパイ嫌いなのよね」と言われたあの世にも奇妙な「ニシンのパイ」を好きな奴もいるもんな。


 ちなみにあれ、本場イギリスでは「スターゲイジー・パイ」って言うらしいですよ。かっこいいね! 

 見た目はちょっと「ネットで検索したら間違いなく後悔する」レベルだけどね!


「局長? 顔色悪いですけど何かあったんですか?」

「え、いや。料理って難しいなと思いまして」

「?」


 別にイギリス人だって好きであんな料理作りたかったわけじゃないと思う。たぶん。


「お、なんだなんだ。局長さん料理に興味あんのか?」


 そしていつの間にか戻ってきたユリエさんが、エリさんとの会話に乱入してきた。

 ついでに、書類も出してきた。攻勢に必要だけど微妙に足りなかった日常品を買い集めてきてくれたのだ。


「ユリエさん、お疲れ様です。……興味云々は余りないですよ。作れますけど」

「「えっ?」」

「ちょっと待ちましょうか二人とも。なんですかその反応?」


 なにその「お前絶対料理できないだろ」みたいなんだけど。


「局長さん、料理できんの?」

「失礼ですが『お湯を沸かす』だけでは料理とは呼べませんわよ?」

「どっちが失礼なんでしょうね!?」


 こちとら独り暮らししてたんだ。料理くらい人並みには出来る。


 唸れ、俺のC○○k Do! どんな料理でもイチコロよ!


 でもまぁ、そういう文明的な商品がなくても簡単な奴ならできるよ。

 男の料理と言う奴だ。実際この世界に来てからは結構自炊してるし、それなりに自信はある。


「へー、意外だな」

「男の方って全員ゆで卵が限界だと思ってました」

「さすがにそれはないだろ」


 いや、でも「女は家に籠ってろ」のような思想であればそう思うのも無理はないのかも。


「そういう二人はどうなんですか、料理」

「できない」

「できませんわ」

「…………」


 この二人、俺をバカにする資格ないよね?


 ちょっとグーで殴っていいかな?

 パワハラどころか暴行罪で即告訴もんだしそんなに強く殴れる程体は強くないからやらないけども、心の中ではフルボッコである。


「にしても本当に意外だよ。局長さんが料理できるなんて。な、ソフィアもそう思うだろ?」


 と、そこでユリエさんが会話に目もくれず一心不乱に書類を片付けるソフィアさんに話題を振った。

 仕事に集中してるんだからやめてあげて。


 当然彼女は会話なんて聞いてないので、「え、は、はい? なんです?」と、素っ頓狂な声を挙げた。

 ちょっと可愛い。


「ん、局長さんが料理できるのが意外じゃないか、って話だよ」

「えっ? あぁ、いや……そうでもないですね」


 ソフィアさんはこちらと視線を合せず、再び書類の表面に目を滑らす。


「そうなのですか? ソフィアさんから見て、局長は料理できるのは当然、と?」

「まぁ、その……あ、アキラ様が自炊しているのは知っていますから。それに、アキラ様の料理は食べたことありますし」


 そして口も滑らせた。


「そうなのか!? え、局長さんに料理作ってもらったの!?」

「ずるいですわよ! 私なんてやっと、やーっとコーヒー飲んでくれた段階なのに!」


 問い詰め迫りくる二人を前に、さすがにソフィアさんは顔を上げた。


 焦った様子で受け応える様は、いつも見るソフィアさんではない。


 彼女、仕事以外の所じゃ案外おっちょこちょいのところあるよね。


 たぶんソフィアさんが言っているのは、いつだったかミサカ設計局で、ヤヨイさんと一緒に作った肉じゃがのことだと思う。


 ソフィアさんのため、というよりはヤヨイさんのためである。ソフィアさんのためだったら納豆は用意してない。

 だから二人はそんなにあわてる必要性はないよ。特にエリさん。


「局長、どういうことですの!?」


 しかし、なんとも歯切れの悪いソフィアさんから聞くのを諦めたエリさんが、照準をこちらに向けた。

 説明してもいいけど、したらしたで会話が長引きそうだ。


 そろそろ仕事に戻ってくれたら嬉しい。


「別に大したことじゃないですよ。それより、決裁は済ませたんですから早く仕事に――」

「「そんなことはいいから!」」

「その反応はおかしいから」


 会話を打ち切って仕事に戻す作業は地味に大変だった。

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