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まずは一歩目から

 レオナからありがたくも頭が痛くなる魔王軍兵站事情を聞いてから数日後、嬉しいやら悲しいやら、徐々に増えてきた書類仕事をソフィアさんと共に片す。


 魔都周辺の部隊には既に補給関係の要請は文書を残すように指示を出している。

 流石に全ての要請を文書で行うのは無理があるしね。


 だが魔王軍は、証拠の残らない口頭命令に偏っていたのも事実。それは不正の温床になる。


 無論、文書も偽造や差し替えの可能性がある以上万全ではないのだけど、それでも録音機械がないこの世界で口頭命令以上の力はあるだろう。


 そういうわけで、せめて俺の手が届く兵站に関する事だけでも、出来る限り文書に残すことにした。


 どの部隊がどれほどの物資を要請したのか、どの倉庫からそれを拠出したのか、どうやって運送したのか、そしてそれが達成されたのか、補給の結果倉庫の軍需物資の在庫はどうなったか、などなど。


 どれも地味ながら重要な事であり、魔王軍が資源を有用に活用するために必要なことである……と信じたい。

 そう思ってられないとこの堆く積まれた書類を目前にして根気が折れてしまいそうである。


「ソフィアさん、魔都にある倉庫の数は?」

「魔王軍総司令部、魔王軍総司令部外の開発局、郊外の魔王軍魔都防衛隊駐屯地、魔都の北にある港に倉庫があります」

「ということは四つですか」

「いえ、司令部の中に三つあるので、計六ヶ所ですね」

「なぜ三ヶ所……」

「さぁ?」


 さぁ、って。


 用途別に分けられているのだろうか。

 例えば食糧・魔石・装備、という具合に。あ、でも駐屯地の倉庫は食糧・魔石・装備倉庫合せて一ヶ所ってカウントされてるな。


「……自分の目と足で調べてみるのが一番早いか」

「別にいいですが、アキラ様が出て行ったあと誰がこの書類を片付けるんでしょうね?」

「……魔王軍って人的資源に余裕ありますよね?」


 事務処理ができる人間を多数確保して仕事を減らさないと、過労で死にそうだ。転移先でも社畜なんて御免こうむる。


「人的資源……?」


 あぁ、我らが優しい魔王ヘル・アーチェ陛下は人(亜人?)を大事にされていらっしゃる。


 いや大事にするのはいいことですよ。でも時に人は資源として数字でカウントしなくちゃいけない時があるんです。どっかのエリート幼女がそう言ってた。


「まぁそれはともかく、事務処理できる者を増強するように陛下に要請しないと……」

「呼んだかな?」

「!?」


 唐突にかつ当然の如く兵站局に到来する我らが魔王陛下の姿がそこにあった。


 見た所、服や身体の一部に煤や砂がついている。

 どうやら戦闘帰りのようだ。戦闘から帰ってきてすぐここに来るとは、もしかして陛下は暇なのでは。


 と、言いたくなるがそこは我慢。


「別に暇じゃないさ。君と話すのが存外楽しいもんだから、つい寄り道したくなるのさ」

「だから心の中読まないでください」


 いい加減俺もポーカーフェイスを覚えなきゃな、ソフィアさんみたいに。


「悪かったですね、私が鉄仮面で」

「まだ何も言ってないです」

「心の中を読まれた後私の方を見た時点でそういうことなのでしょう?」


 そうだけれども。


「コホン。まぁそれはともかくとして、陛下、少しご相談があるのですが」

「なんでも言いたまえ。出来る限りなら協力しよう」

「寛大なお言葉、ありがとうございます。相談と言うのは2つありましてですね……」


 ひとつは人員の増強について。さすがに俺とソフィアさんだけで兵站を回すのは無理。


 もうひとつは先日、開発局のマッドから教わった事だ。

 あれから開発局がこれまで開発した魔像、ゴーレムの種類をソフィアさんと共同で調べたら実に多種多様だった。


 もっとも一般的な汎用石型魔像だけでもⅠからXI型まであるし、さらに鐡甲型、特殊金属型、強化型、水戦型、簡易型などなどの種類がある。全部合わせると30以上はあるだろう。

 そしてそれぞれの型に見合った魔石も開発、生産、使用され、そしてそれを供給される兵站システムが構築……されてるわけでもない。


 どうもドンブリ勘定で前線に魔石が供給されているようなのだ。


「こんなにも多種多様な魔像があれば、兵站はもとより前線でも混乱を招くと思います。早急に手を付けるべきかと」

「そうは言うが、しかし前線の環境や想定戦場に適する魔像はどうしても欲しい。そして我々は大陸に広く戦場を持っているが故に、戦場もまた多種多様なのだ」

「しかしこれでは補給線を圧迫しすぎます。各部隊の使用魔像を把握し、魔石の種類を分別し、そして輸送隊にそれを徹底して前線にまで運ぶまでに手間が多く割かれるのです」

「では今までと同じように、各隊にそれぞれの魔石を運べばいいのではないか? そして現場でそれを判断すればいい。魔石自体はふんだんにあるのだ」


 どうにも魔石などの資源が豊富にある大陸だからこそ、魔王軍は兵站という仕組みが発達しなかったようだ。

 ドンブリ勘定の魔石補給と現地調達による食糧確保でなんとかなった、と。


 でも、人類軍が近代軍を率いて戦車やら航空機やらを繰り出してきていると言うのなら、そのような有用なリソースは出来るだけ確保しておくべき。


 魔石をドブに捨てるのはもったいない。と思う。


「これから先、人類軍との戦いは益々激しくなるでしょう。その時、我々が貧弱な兵站システムを抱えたままでは負けてしまうかもしれませんよ」

「私は負けないぞ」


 そりゃ陛下は何度も前線を支えてきただろうから言えるかもしれないけれども。


「ですが、人類の科学力も日進月歩。それこそ100年後には、恐ろしい物を作っているかもしれません」


 ていうか人類ならやりかねない。


 少なくとも、地球人類はやってのけた。

 人類が初めて近代的な塹壕戦を経験したのは西暦1861年に始まったアメリカ南北戦争。

 そこから地球を核の炎で焼きかけるまで100年程しかない。人類の歴史から見れば短いし、魔族の寿命から考えるともっと短い。


 魔王陛下が核の炎を浴びても無事でいられるだろうか?


 気になるところではあるが、だからと言って試したくはない。


「いつか魔王陛下の魔術に類する兵器を開発し、魔王陛下を倒すことが可能になるかもしれませんよ。もしそうなれば、魔王軍に未来はありませんね」

「戦いで死ねるとあれば、本望だ」

「陛下はそれでいいかも知れませんけれど、残される身にもなってください。私なんて確実に『人類を裏切った人間』として処刑されますよ」


 たぶん火あぶりより酷い処刑が待ってるだろう。さすがにそれは嫌だ。


「……まぁ、君の言う通りかもしれんな。私はともかく、残された者の未来を考える義務が私にはあるか。わかった。魔像の件、検討しよう。然る後に前線部隊や開発局との会合を開いて具体的な話を詰めようじゃないか」

「感謝に堪えません、陛下」


 まずは第一歩、というところだろうか?


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