答えにたどり着かない誰か
兵站局の入り口をくぐると、そこは地獄でした。
「アキラ様、少しお話が」
あぁ、我が局の将軍様がお怒りだ。
将軍様、もといソフィアさんの脇には顔の前で合掌しつつ必死に謝っているリイナさんと、その様子を楽しんでるユリエさんの姿があった。
なるほど、これだけで事件の構図がよくわかる。
「……なんでしょう、ソフィアさん」
「無論。娼館の件です」
ですよね、それ以外ないですよね。
「先に言っておきますけど、至極真っ当に仕事をしていましたよ?」
「もしそうではなかったらお話する前に一発眉間に蹴りを入れていたところでした」
怖い怖い。眉間に蹴りってなにそれ怖い。
いや待てよ。その軍服ワンピースっぽい服で顔面に蹴り入れられたら、その瞬間聖域が拝められると言うことで案外悪くないのか?
「アキラ様、蹴りますよ?」
「だから人の心読むのやめましょう!?」
相変わらずソフィアさんの読心術の精度は怖い。
と、ここから生死を分ける言い訳タイム。
秘書兼副官のソフィアさんに相談なしに、意図的に娼館関係の書類や文書を回さずにコッソリこちらで色々やったり動いたりしたのが彼女の怒りを誘発したらしい。
「何故ばれたんですか……!」
「密告者……じゃなかった、情報提供者がいたもので」
「ユリエさんの裏切り者おおおおおお!」
「なんで真っ先にオレの名前叫ぶんだよ!?」
あなた以外の誰がいるんですかね!
「第一オレはソフィアさんの味方だからな! 裏切りものじゃないぞ!」
「ひでえ」
「あ、でもオレは密告してないから」
「嘘吐け!」
いやしかし俺がユリエさんの立場だったらこんな人間よりソフィアさんの味方するよね。自分で言うのもなんだけど。
「どうして、言ってくれなかったんですか?」
「ほら、怒るかなって……」
「娼婦関係の仕事は今回が初めてじゃないので今更ですよ」
「えっ、そうなの」
「はい。と言っても、簡単な備品補充ですけど」
なんだよ、結局一から十まで俺が悪かったんじゃないか。
俺の無駄な気苦労はなんだったんだろう。
そしてリイナさんごめんなさい、なにがあってそんなに謝ってるか知らないけどたぶん俺が悪いだろうからごめんなさい。
「アキラ様は変わりませんね。良い所ではあるのですが、ちょっと困ります」
「全くもってその通りで」
「自覚しているのなら直してください」
「アッハイ」
その後たっぷり数十分怒られた。
そしてソフィアさんと共に娼館関係の真面目なお仕事を開始。
特に淫魔不在型娼館に対する特別な配慮や娼婦に対する援助案などの立案を行う。
またエリさんからは気になる情報も。
「経済的に貧困に陥った女性が娼婦となるのは珍しくありませんが、それを強要している悪徳業者がいる、という噂がありますわ。誘拐まがいのことをしているところもあるようでして、時には年端もいかない子供も被害に遭っているそうで……」
「……なん、ですと?」
つまりヤヨイさんのような身寄りのない幼女を無理矢理連れ去って娼館にぶち込む奴らがいると言うことか……?
よし、殺そう。慈悲はいらない。
いや殺すのはやめよう。
仲間の情報を聞き取る必要があるのだから。
「拷問等禁止条約」なんて文明的な法律がないこの世界流の尋問方法で聞き取りしようじゃないか。
「憲兵隊と連絡を取って情報共有しましょう。兵站局でも出来る限り情報を収集して、何としても悪徳企業を殲滅しますよ」
「当然です。女の敵は残らず皆殺しですわ!」
エリさんは眼鏡を光らせて殺る気満々だった。殺意の波動を感じる。
と、ここでユリエさんが挙手。
「でもよ局長さん。情報集めるのは情報局か憲兵隊の仕事だろ? オレらは何しろってんだ」
「なに、簡単ですよ。なにせ魔都の物流に一番詳しいのは我が兵站局と言っても過言ではないですからね」
「……つまり?」
つまり、妖しい物の動きを見ればいいと言うことだ。
淫魔不在型娼館で必要なのは、娼婦を妊娠させない避妊具だ。
もし妊娠させてしまったら、これまた言い方は悪いが「回転率」が下がる。
まぁ元から違法な娼館に避妊措置を求めるのは変だが、しかしかなりの確率で避妊具はどこかしらから調達しているだろう。
業務で使うわけだから個人で買う量ではない。
そして違法娼館は品質無視でとにかく低価格路線を行くものだ。高品質のものは公認娼館に行けばノーリスクだもの。
だから、低品質低価格の避妊具を買い集める。
「そんなものを作っている企業が魔都にひとつありますよね」
「え、えっとそれって確か……」
リイナさんはすぐに思い出したようだ。
そりゃそうだ。あんな大喧嘩したんだから。
「と言っても証拠はないですからね。憲兵隊か情報局に下調べしてもらう必要があるでしょう。ユリエさん、お願いできますか?」
「おうよ! でもよ、奴ら兵站局の言うこと聞くか?」
「それが彼らの仕事……と言いたいところですけどね。まぁ取締の成果は全部彼らに上げますよ」
「随分気前いいな?」
「兵站局としては、兵站の質が向上すればそれでいいですから」
世の中ギブアンドテイク。
兵站局は違法娼館に悩まずに済む、憲兵隊は違法娼館の取り締まりができて評価や信用が上がる。
関係者全員が納得するWin-Winの関係。違法娼館は死ぬ。
憲兵隊とは仲良くしたいものだね。
いや、憲兵隊と真っ向から喧嘩したいと思っている奴は余りいないと思うが。
それに彼らと仲良くなっておけば、後々役立つこともあるだろう。
「アキラ様、悪い顔になってますよ」
「おおっと。とにかく、お願いします」
「りょーかい」
カブスカウトのような二指敬礼をしつつ、ユリエさんは走り出した。
うむうむ。いつもの光景だ。あとやることと言えば……。
「そうだ。ソフィアさん、この際いい機会です。公認娼館に対する検査の結果や、違法娼館の取締に関してガイドラインを策定しましょうか」
「ガイドライン、ですか?」
「はい」
ガイドライン。指標とか指針とかそういうもの。
法律や規則という大まかなものでは把握できない細かなルールを纏めた文書だ。
例えば魔王軍の法では「本人の同意なく対象を娼婦に強要し、不当に金銭を搾取する行為をしたものは階級・出生・種族関係なく、禁錮二〇年以上無期禁錮もしくは死刑とする」とある。
しかしこの法には、何が「強要」「娼婦」「不当に金銭を搾取する行為」の定義がない。
だからそれらの用語に関してどういう解釈を付けるか、というのがガイドラインだ。法的拘束力はないものの「魔王軍全体に共有される解釈」にはなる。
また軍法会議や裁判で文字通りひとつの「指標」となる。
日本でも各行政機関がガイドラインを発表してたし、WEBサイトなんかにも利用規約の他にガイドラインがあったりする。
「とりあえず作るべきは『違法娼館』の定義ですね。特に娼婦に対する強要や、不衛生設備を使っている娼館に対する指針。そしてそれに反する娼館に対する指導や罰則なんかの規定も、憲兵隊と詰める必要があります」
「となると、かなりの作業ですね。アキラ様、これをひとりでやろうとしていたわけですか?」
「……」
口を閉じるしかない。
「冗談です。可及的速やかに草案を作成します」
「……お願いします。リイナさんとエリさんはソフィアさんを手伝ってあげてください」
「ひゃ、ひゃい!」
「わかりましたわ」
エリさんは一度自分の机に戻り資料を集める。
リイナさんは書類の束を持って執務机に向かうソフィアさんの後を慌ててついて行く――その前に、彼女はこっちに戻ってきた。
「そ、その、言い忘れてたんですけど、密告者は私のことです……」
「えっ」
密告者って、あの、ソフィアさんに報告した人のことだよね?
え、リイナさんが? あのリイナさんが!?
「……中身ミイナさんじゃないですよね?」
「ち、違います!」
「本当に? ソフィアさんのスリーサイズは?」
「え、えっと。た、確か上から80の……って、な、何言わせるんですか! また怒られますよ! そもそも言っても局長様知らないでしょう!?」
「その前になんでリイナさん知ってるんですか」
淫魔の闇を垣間見た気がする。
「お二人とも、何をしているんですか?」
「「いえ、なんでもありません」」
そしてハモった。
まぁ、ミイナさんはソフィアさんに会ったことないから目の前にいる女性は間違いなくリイナさんである。
たぶんきっと。
「でもなんで告発なんて……裏切り者がリイナさんだと知ってちょっとショックなんですけど」
「ご、ごめんなさい! でもでも、局長様のためにはそれがいいと思って……」
「まぁ、現状を見るとそう思いますけどね」
ビックリするほど仕事が上手くいっている。
ソフィアさんの仕事能力があればこそ、今度から如何なる仕事であろうとも彼女には言った方が良いのかもしれない。
「いや、それもあるんですけど……」
「え、まだあるの?」
「はい。その……え、えっと、うまく説明できないんですけど……、もっともっと、私たちのこと頼っていいと思うし、あの、もっと自分を大事にしてほしいというか……」
「…………」
少し前に、ソフィアさんから言われたな。
曰く「アキラ様が私たちの知らないところで無理しているのはもっと迷惑です」と。
「でも、だいぶ頼っていますよ。私の請け負う仕事は、以前と比べて減りましたし」
「そうじゃなくて……」
「え、違うんです?」
「いえ、じゃなくて、はい。えーっと、こういう時なんて言えばいいんですか?」
と、ここでリイナさんは涙目になって俺に聞いてきた。
俺の答えは当然「知りませんよそんなこと」である。
ここで答えを出せたらとっくに解決してる問題だ。
「うぅ……だから、その、私たちは、局長様と仲良くなりたいんです!」
「……えっ、私今までリイナさんと仲悪かったんですか?」
なんたることだ。
俺が勝手に友人だと思っていただけなんて……よく考えたら日本でもよくあったな! 俺だけ同級生・同僚のSNSグループ教えられてなかったわ!
「あの、局長様? 大丈夫ですか?」
「大丈夫です、本当に……」
泣いてないぞ? 決して俺は寂しくなんてないぞ?
むしろ面倒事を避けられてせいせいしてたぞ?
「ならいいですけど……。って、そうじゃなくて、そうじゃなくて。話を戻しますと――」
と、リイナさんが口を開きかけたところで、その続きは語られることはなかった。
「リイナさん。あの、そろそろよろしいですか?」
「ひゃい! あ、ごめんなさい! 長々と……!」
俺の心は読めるがこの空気は読めなかったソフィアさんの苛立ちによって、会話は中断されたのである。
「と、ともかく局長様、私たちのこと、もっと頼っても良いんですからね!」
「えーっと、はい。善処します」
結局なんだったのだろうか。
そして俺はリイナさんと友達ですらなかったのだろうか。
そんな不安が、微妙に心の中に残っていた。
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後日、このことを公認娼館「ミルヒェ」の店長にしてリイナさんの姉であるミイナさんに話した。
その時は娼館ではなく、道端でばったり会ったのだ。
確か彼女は、買い物途中で大きい袋に目一杯野菜や果物を入れていたので、それを持ってあげるついでにミルヒェまでの道のりでそれを話した。
「なるほどねー。流石我が妹、どっかの誰かと違って気付いたか」
「え? 何をです?」
「当然、宿題よ」
宿題。
ミイナさんは俺に対して宿題を課していたが、リイナさんにも課していたのだろうか?
「その様子じゃ、まだ暫くかかりそうね」
「はい?」
「なんでもなーい」
リイナさんがちょびっと成長してアキラくんが全然変わらないお話、これにて終わり。
次は何の話を書こうかしら(無計画)。




