兵站局≒主婦
「ヤヨイさん、洗濯機って作れます?」
「ほえ?」
ミサカ設計局で鰯のつみれ汁を食べていたらふと思い出した。鰯となんら関係ないところが申し訳ない。
でもヤヨイさんの作った鰯のつみれ汁とってもおいしいです。
「センタクキってどんな料理?」
「あぁ、ごめんなさい。料理の話じゃなくて、仕事の話なんです。洗濯機。洗濯する機械」
「?」
ヤヨイさんは箸を咥えつつ首を傾げた。まぁ、急に言われても困るよね。
思い出したのは、ここ数日間俺の頭を悩ませている娼館関係の兵站である。
衛生検査、避妊具製造業者の選定と調達を終え、最後にミルヒェからあったちょっとした要望を叶えようとした。
それが洗濯機である。
洗濯機自体は、ないわけじゃない。
ただし現代のように電動全自動洗濯機と言う代物ではなく、原始的な金属製の手回し洗濯機である。たらいと洗濯板よりは楽という域を超えない。
ミイナさん曰く、
『ほら、娼館ってナニする場所だから結構服とかシーツがそういうので汚れるじゃない? だから結構な頻度でかなりの数を洗わなきゃいけないんだけど、洗濯って重労働でさ……。人手が足りてるわけじゃないし』
と言うことである。
具体的に何の汚れなのかは聞かないでほしい。
しかし娼館もそうだが、ぶっちゃけると魔王軍にも欲しい。
何せ時代は泥と硝煙が充満する素晴らしき塹壕戦である。軍服などの被服は、それはもう泥だらけだ。
「今前線で、そう言った被服を洗っているのは師団附きの兵站部隊なんですよ。万単位の軍人の服を洗濯するのって、結構大変ですからね」
現場における洗濯は、基本的には基地や駐屯地で行う。最前線ではさすがに無理。
そして毎日洗えるわけじゃないし、使える水には限りがあるし、石鹸だって貴重だ。
週に一度とか半月に一度とか、一定周期でいくつかの部隊に分けて洗濯する。
一日中手回し洗濯機を回す時もあるらしく、それはもう大変。
兵站部隊は楽でいいよな、と言われることがあるが、そんなこと言うくらいなら一度これやってみろという話だ。
だからこれを軽減できる自動洗濯機があればかなり楽だ。
ちなみに同じことを開発局のマッドことレオナにも言ったのだが、帰ってきた返答はこちら。
『自爆機能ってつけた方が良い?』
なにを想定したらそうなるのか小一時間問い詰めたかった。が、兵站局はそんなに暇じゃないので、さっさと諦めて今に至る。
「……なるほど」
彼女は行儀悪く箸の先はガジガジ噛む。
こういう時のヤヨイさんは、頭の中で機械の設計をしている、というのに最近気づいた。今回の場合は洗濯機だろう。
「大きさ、どれくらいがいいかな?」
「うーん、そうですね。元々は娼館から要望があったので小さい方が良いですけど……業務用ですからね、大きくても問題ありませんよ」
「うん、わかった。…………あと、ショーカンってなに?」
「……ヤヨイさんがもう少し大人になったら教えてあげます」
「……気になる」
「ヤヨイさんが18歳くらいになるまではちょっと言えません」
「けち……」
いや、そういう問題じゃないから。
数日後、トーマス・アロニカ商会が身と多少のデザインと品質を削って公定価格まで安くした避妊具を各方面に送り届け始めた頃、ミサカ設計局は洗濯機を完成させた。
その名も「野外魔力式半自動洗濯装置壱号試作型」である。愛称? つける必要あるかな? まぁ後で適当に考えておこう。
「動力源は一応紅魔石だけど、そんなに出力いらないから黒血魔石でも動く。あと、汚れが落ちやすいようにお水を温める装置も付けてみた」
ヤヨイさんは将来いいお嫁さんを量産する子になるだろう。
この洗濯機を使うにあたって必要なのは十分な量の水と魔石。
水は魔石のエネルギーでお湯になり、機械式タイマーで一定時間ゆすぐ作業をする。その後被服は手作業で脱水機に入れて、再び機械式タイマーで脱水作業に入る。
流石に全自動なんて贅沢な事は出来なかったが、それでもかなり楽になった。今まで手動で回していたのだから。
「にしても、意外と早くできましたね。もうちょっとかかるかと思ったんですけど」
「『タチバナ』の構造をちょっと変えて洗濯機にしてみたの」
「……なるほどね」
命名「パンジャンドラム式洗濯機」。
なんだ、パンジャンドラムって結構汎用性のある工業製品なんだな。知らなかったよ。
今度パンジャンドラム式遠心分離機とか作らせた方が良いのだろうか。
「とりあえず知り合いの娼館が欲しがっているので導入してみます。なにか欠陥とかあったらその都度報告します。もしそれでうまくいったら、予算を確保して魔王軍でも配備してみましょう」
「わかった。……あと、実際どうやって使われてるか見てみたいんだけど、だめ?」
上目遣いでそう聞いてくるロリに思わず「良いですよ」と言いそうになったが、そこはグッと堪えた。だって「娼館」だもの。
「……ダメです」
「なんで……」
「あと五、六年お待ちください」
「ぶー……」
ヤヨイさんは口を尖らせて拗ねてしまった。
こういう状態になった場合、ヤヨイさんの頭を撫でてあげると、大抵の場合機嫌を良くしてくれる。ので「ごめんなさいね」と言いつつ軽く撫でた。
が、今回はちょっと反応が違った。
「どうしました?」
「……頭撫でればいいと思ってるでしょ」
なんでバレた。
「もしかして嫌でした?」
「…………ううん。嬉しい、けど」
「なら問題ないですね」
そう言ってから、思い切り頭をワシャワシャしてやった。
「あぅあぅ」言いながら慌てるヤヨイさんは結構可愛い。
「なんでみんな私の頭撫でるんだろう……?」
ボソッと呟いた彼女の疑問は、疑問でもなんでもないのは明白である。




