とっても大事だけど言いにくいこと
公認娼館「ミルヒェ」の検査から数日後、兵站局にて。
「……はい? あ、あの、もう一度お願いできますか?」
「避妊具ってどうなってるんですか?」
「…………」
リイナさんが固まった。
「避妊具について聞きたいんですけど――」
「……」
「もしもーし?」
ことの成り行きはそう複雑なものじゃない。
娼館「ミルヒェ」ほか、魔都や魔都周辺の公認娼館に対する立ち入り検査を行ったついでに、各店で必要な物資や設備に関しての注文を聞いた結果である。
「経営がちょっと苦しい」「事務員が足りない」「変な客を追い返すための用心棒が欲しい」と言ったものからちょっとした備品の要求まで様々あったが、特に多かったのが避妊具である。
「避妊具に関する要望、結構あるんですよね。淫魔だと不要なんですけど、他の種族の場合は必要になるらしいんです。まぁ詳しいことはよくわからないんですが」
「……」
「リイナさん?」
「は、はい。えっと、ごめんなさい。なんでしたっけ……?」
ずっとこの調子だ。
上の空と言うわけではない。
彼女の聴覚神経が情報の受け取りを拒否するのである。ここまで情報を遮断する淫魔とはいったいなんなんだろうか。
今回の注目の品は避妊具である。
避妊具の役割は文字通り「妊娠を回避するための道具」であるのだが別の側面もある。
それが性病・性感染症の予防だ。
管理されていない娼館における性病・性感染症感染リスクは先述の通り。
しかし全ての兵士が安全な娼館を利用するわけでもないし、全ての娼婦が避妊の必要がない淫魔というわけでもない。
給与の低い兵卒なんかは売春婦などを現地で調達する(勿論合意の上)等で済ませようとしてしまう場合もある。
「で、各地の淫魔不在型娼館や各駐屯地なんかでは常にそう言った避妊具の需要があるわけです。そこでリイナさんに聞いてみようかと思いまして」
「な、なるほど」
数回繰り替えして、やっと彼女に事情を説明できた時点でかなりの疲労が溜まった。
「あの、なんで私なんでしょうか……? 私、淫魔だし……」
「いや、お姉さんがアレじゃないですか。だから知ってるかな、と」
まぁ一番の理由はソフィアさんには聞きづらいと言うことだけど。
「確かにちょっとは知ってますけど……」
「……私もリイナさんに聞くのはちょっと躊躇いがありますけど、よろしければご教授いただければ幸いです」
「うぅ……」
えっちなことには余り関わりたくないのに、淫魔の悲しい性かそういう知識は多少あるというリイナさんの説明によると、避妊具は男女ともにある。
さすがに詳しい説明は(リイナさんの精神が壊れるので)されなかったが、基本的には使い捨てと言うこと。
また避妊魔法なんていう便利な物があるが、それは難易度が高く、且つ当事者が使わないと意味がない代物なので除外して良い。
「で、でもどれも確実じゃない、って聞きます……」
「まぁ、そうでしょうね」
地球でも不妊手術くらい本格的なことをしないといけない。
性病予防に関しても「避妊具では完全に防ぐことはできない」とも言うし。
やっぱり安全に管理された娼館で、リスクのないどころか相手が喜んで身を捧げる淫魔が衛生的にも、そして兵站的にも最高ということか。
前線に対して出張する機会とかも増やした方が良いだろう。
でも、前線で戦う兵士に比して彼女ら淫魔娼婦の数は圧倒的に少ない。そもそも、淫魔の個体数が他の魔族と比べて少ないせいもある。
淫魔娼婦に対する生活支援や娼館への助成金を――、
「はぁ……」
「き、局長様? どうしたんですか?」
「いえ、自分の思考の外道さがちょっと許せなくて」
「え、えっと?」
いやこれは必要な事なのだ、と頭の中で考えても道具扱いというのは気が退ける。
地球でもやってる話じゃないかと言えばそれまでなのだが。
それに、職業に貴賤はない。
他人や環境に強要されず、合意の上で誇らしげに仕事をしていればいいだけのこと。の、はずなんだけどね。
「『安っぽいヒューマニズム』ってこういうことなのかなぁ……」
「……局長様? 大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。ちょっと考え込んだだけなので」
あーだこーだ考えるのはよそう。どうせ結論は出ないのだから、実利的な事をした方が良い。
とにかく要望のあった避妊具の確保と、それ以外の設備に関する嘆願を処理しようか。
「くわえゴム」って普通にヘアゴムのことだと思ってた純情なあの頃。
ぼくはもうこんなによごれてしまった(白目)