これが異世界の兵器開発事情です
「いやー、参った参った。危うく陛下が召喚した人間を殺すところだったよ」
誤解が解けてやっと身体を退けてくれた彼女の案内で、爆破解体された扉の向こう、魔王軍開発局へと俺は足を踏み入れた。
「今度からはちゃんと名乗ってよね!」
「え、こっちが悪いんですか!?」
俺に全く過失がないと言えばそうではないかもしれないが、話を聞かないそちらにも問題があると思います!
「にしても噂の人間が、こんなにかわいい子なんて知らなかったよ」
「かわいい子って……」
男としてはかわいいは褒め言葉ではないだけに、どうも喜べない。
あと「噂の人間」って、やっぱり噂になってるんですね。別にいいけど。
「で、名前なんだっけ?」
「……まずはそちらが名乗るのが礼儀では」
魔王陛下のとき以来二度目の台詞。さすがに二度目となると特に感慨深くもない。
「ヘル陛下みたいなこと言うね」
「陛下はよく言うんですか」
「まぁね。陛下が名乗るまでもない超有名魔族だから、大抵は相手から名乗るけどね」
なるほど。意味のない情報を手に入れてしまった。
「で、私の名前だっけ? 私は猫人族のレオナ。レオナ・カルツェット。魔王軍開発局主任魔術研究技師官……要は魔術に関してなんでも研究する研究屋よ」
猫人族。狼もいれば猫もいる。犬もいるらしいから本当に魔王軍は多種多様だ。
「ありがとうございます。俺――あぁ、いや私は――」
「『俺』でも『私』でも、楽な方でいいよ。堅苦しいの嫌いだから敬語敬称も不要、私の事もレオナって呼んでね」
「は、はい。じゃあ――俺の名前は秋津アキラ。新設された魔王軍兵站局の局長だ。よろしく」
「ん。よろしくね。アキラちゃん!」
「いきなり名前でしかもちゃん付けかよ」
なんだかよくわからん人である。奇怪とか奇妙と言っても良い。
研究屋と言う割には性格が明るく親しみ易い感じのする女性、というのが第一印象。
しかし髪をクアッドテールにするという、なかなか見ない髪型をしており、そこからどことなくMADの香りが漂っている。
それに猫というのはもっと御淑やかな印象があるのだが……いや、それはきっと爆発事故の炎の臭い染みついてむせる状態だから……ってそれもMAD要素っぽいような……。
いや、人を見かけと匂いで判断してはダメだ。さっさと仕事を終わらせよう。
そういうわけで、レオナに事情説明。
兵站局新設に関して、部隊がどういう物資を欲しているのか教えて欲しいこと、ついでに開発局でも何か入用のものがあるかを聞く。
「なるほどねー。今は必要なものは特に……あぁいや、ドアが欲しいかな」
「アッハイ」
兵站局初の注文がドアであることが確定した。
「後はなんだっけ? 各部隊が必要な物資の種類だっけ?」
「そうそう。種族ごと、部隊ごとで違うようだし、開発局なら詳しいんじゃないかと」
「わかった。じゃあちょっと待ってね、そこらへんにあるから」
そこら辺って……。
見た所、部屋の中はだいぶ散乱している。
開発局の部屋と言うだけあって実験室のような構造。
本棚には専門書が入っているが、入りきらないのか床にも開発資料やら設計図やら書籍が無造作に散らばっており、そこに先ほどの爆発による焦げや煤の跡がそこら中にあった。
よく火事にならないね、これ。
……にしても開発局はそれなりに広いのだが、なぜか俺とレオナ以外の姿が見えなかった。
これだけの広さだと、十人程研究者いてもおかしくないだろうに。
「レオナ以外の研究者はどうしたんだ? 休憩か?」
なわけないよな、と質問した自分でさえ考えていた。
希望的観測と言う奴だが、えてしてそれは簡単に打ち破られるものである。
部屋の中でごそごそと雑に何かを探しているレオナは、俺に尻を向けながら答えてくれた。あまり聞きたくなかった答えを。
「ううん。殆どは別部署に任意異動したよ。だから今いるのは3人だけ」
「……レオナは勤労意欲旺盛なんだな」
「あ、わかる?」
「うん」
そういうことにしておこう。
そしてその点に関して気にも留めていないレオナはもうMAD確実である。
というか今部屋にいるのがレオナだけと言う時点で爆発事故の原因も彼女。
つまりレオナ=MAD。QED。
相互確証破壊でもなくモロッコ・ディルハムでもない。
ニマニマ動画でよく見るMAD動画のMADである。
なんてこったい。こんな人と二人きりと言う状況、たとえ相手が美人でも嬉しくない。
おぉ神よ。魔王軍に神がいるかはわかりませんが、私をお救い下さい。いや本当に。
それから数分して、レオナは探していた物を見つけたらしい。それどうやら箱で、俺の所に持ってきて見せてくれた。
箱は三×五個の正方形の枠で区切られており、そしてその枠の中にひとつずつ宝石のような石が入っている。
「なにこれ」
「魔像を動かすために必要な魔石だよ」
魔像。つまりゴーレム。
ファンタジーと同じなら、石やら金属やら泥によって身体が構成された人形、と言えばいいだろうか。魔術版ロボットと言えばもっとわかりやすいかも。
そしてそれを動かすために魔石が必要と言うことは、これらは燃料に相当するのかな。
化石燃料ならぬ魔石燃料か。
「じゃあ、ひとつずつ説明するね」
そう言ってレオナは左上にあった魔石を手に取って説明してくれた。
「まずこれが最も基本で最も産出量が多い魔石。名前は『紅魔石』で、最も魔力エネルギー変換効率が悪い魔石でもあるわ。軍用と言うよりは生活用かな」
「どこで取れるんだ?」
「いろんなところ。魔力を溜めこむ性質のある石や生物から取れる。無論、魔族や獣人族も含まれるわね。たぶん私の身体抉れば魔石取れるわよ」
聞かなきゃよかった。平然とそれを言ってしまうレオナも凄いけれども。
俺の気持ちを知ってか知らずか、それとも種類があるから巻いてるのか、彼女はさっさと次の説明に映った。
「で、この紅魔石を精製して純度を高めたのが右の『純粋紅魔石』ね。ほら、こっちの方が綺麗な紅色してるでしょ!」
「ん、あぁ。そうだな。ルビーみたいだ」
「るびー?」
「この世界にルビーはないのか……」
いや、もしかしたら前世世界のルビーも魔力を宿していたかもしれないな。
「まぁ、それはさておくとして……純粋紅魔石が一般的な軍用魔石よ。汎用石魔像Ⅲ型からⅥ型までの魔像の動力源になっているわ。で、その次、純粋紅魔石の隣にあるのが『真紅魔石』で、別の方法で紅魔石を精製したものよ。純粋紅魔石に比べて生産効率は落ちるけどエネルギー変換効率が伸びてて、これ一個で純粋紅魔石三個分のエネルギーを持ってるわ」
「レギュラーとハイオクみたいなもんか」
「なにそれ」
「こっちの話。その隣は?」
「あぁ、うん。これは『黒血魔石』よ。『劣化紅魔石』とも呼ばれてて、紅魔石の精製に失敗したり、保管場所が悪いとこういう風に劣化するの。見て、色が鈍いでしょ?」
「あぁ、まるで乾いた血だ。だから黒血魔石か」
「そういうこと。魔石内の魔力が放出されると、こういう風に黒く濁るの。で、上段右端にあるのが『鈍石』……と言うより、ただの石。魔力が零になった魔石で、使い道はないわ」
なるほど。ここまでは大丈夫だ。
……問題はあと10個もあることだが。もしかしてこれ全部違う種類……なんだろうなぁ。
「中段左端のこれは『翠魔石』で、紅魔石よりも産出量が少ない希少価値の高い魔石ね。魔力エネルギーも紅魔石と比べて段違い。これを精製したのが『純粋翠魔石』で、改良鐡甲魔像Ⅲ型以降はだいたいこれを動力源にしてる」
「ふむ」
てかその前に魔像の種類多くない? さっきから大量の形式があるような。
「そしてその隣が『碧魔石』で、エメラルダス法という独特の方法で精製した魔石よ。純粋翠魔石と比べて色が明るいのがわかるかしら? これは中にある魔力エネルギーが変質してて、魔像を動かすときの排熱が少なくなっているのが特徴ね。最新型の強化鐡甲魔像Ⅶ型はこの碧魔石を使っているわ」
「……あぁ、うん」
「その隣が『海松魔石』で、性質は黒血魔石と一緒ね。でも黒血魔石と違って汎用石魔像とかでも使用できるエネルギー量の違いがあるわね。ちなみに翠魔石も魔力を使い切ると鈍石になるわよ」
彼女の口は留まることを知らない。
「右端は碧魔石をさらに精製した『純粋碧魔石』ね。でも費用対効果が悪くてあまり使用されてないわ。改良鐡甲魔像Ⅴ型の動力源ね。碧魔石と比べてちょっと色が明るいのが特徴」
「……へぇ」
「下段左端は紅魔石と翠魔石の混合魔石ね。色もそれの中間っぽいでしょ? サルデリア・ミサリコフ精製法で作られたから『ミサリコフ魔石』と呼ばれてる。翠魔石は希少性が高いから、価値の低い紅魔石を混ぜて紅魔石より優秀で碧魔石より安い魔石になったわ。改良石魔像Ⅶ型や改良鐡甲魔像Ⅱ型などの動力源よ」
「……うん」
「その隣は純粋紅魔石と純粋翠魔石の混合魔石『純粋ミサリコフ魔石』ね。ミサリコフ魔石と比べて少し透明度が高いのが特徴。魔力エネルギーも高いのだけれどコストの割には伸びないと言う理由であまり多くは使われてないわ。特殊鐡甲魔像Ⅰ型の動力源くらいかしら」
「…………」
「で、次が真紅魔石と碧魔石の混合魔石。ダリウス・サンタノゴビス精製法で作られたから『サンタノゴビス魔石』……と言いたいところだけど長いから『ダリウス魔石』と呼ばれる方が多いわ。真紅魔石と碧魔石の相性が良かったのか、エネルギー量は膨大の一言に尽きるわ。試作超大型特殊鐡甲魔像の動力源になる予定。こっちはまだ動力機関の開発が遅れてるけれどね。ミサリコフ魔石や純粋ミサリコフ魔石と比べて、磨いた時の光沢の具合が全然違うのよ、ほら見て!」
「……そうだな」
「でしょでしょ? そして次は『蒼魔石』という新発見の魔石よ。翠魔石と比べて青みがかってるのがわかる? エネルギー量は紅魔石と大差ないんだけれど、魔力の質が氷雪魔像や泥土魔像みたいな半固体・半液体の魔像にマッチしてるのよ! 厄介なのは、海底や湖底でしか取れないことかしらね」
「…………」
「で、最後。そう最後のこれが一番重要! なんとこれは、私が開発した魔石なのよ! その名もカルツェット魔石! どう? すごくない? 純粋ミサリコフ魔石に蒼魔石を混ぜたあと低温で長時間熱してね、数日かけて熱を放出させたあとに、希少金属オリハルコンを適正量投入した後に高温高圧で短時間熱して魔石とオリハルコンを十分に混淆させた後に、冷まして成形する方法! 名付けてレオナ・カルツェットのミラクル製法! 魔力エネルギーは純粋ミサリコフ魔石と蒼魔石を単純に足して合わせたよりも数倍も高いの。オリハルコンを使うから生産性に多少難はあるけれど、でもこれを使えば現在計画中の試作超大型特殊鐡甲強化魔像の動力源になり得るわ! どう、凄いでしょ!?」
「……まぁ、な」
「でしょ! あ、特徴としては純粋ミサリコフ魔石に少し黄色を混ぜたような色をしているわ。あとちょっとかわいくない?」
「そう言われても」
「もー、なんでわからないかなー。ま、以上で魔石の紹介は終わりよ。何か質問ある?」
「あると言えばある」
「お、なになに。何でも聞いて?」
いや大したことじゃない。
大したことではないが、恐らくこれを聞いた全ての人間は同じことを思うだろう。
「……違いがわからねぇ」
「説明したじゃん! これだから素人は!」
そう言われても全然わからない。
たぶんこれを文章にしてネットにあげたら64.8%の人間が途中から飛ばし読みするレベルで何言ってるかわからないし違いが判らないと思います。
紅魔石系統と翠魔石系統は赤と碧だからすぐ区別がつく。
しかし紅魔石系統を並べられても全然見分けがつかないし、部屋の明るさによっては紅魔石と翠魔石の違いもわからなくなる。
その上、合金みたいな意味不明な魔石が多くあり、それもまた混乱を招く。
俺でも区別がつかない魔石を、まさかゴブリンたちに運ばせてるとか言わないよね?
そして極めつけが魔像の形式の多さと、形式によって魔石の種類が異なると言う点である。
「もうひとつ質問良いかな?」
「なに?」
「もし魔像に正規の魔石を入れなかったらどうなる? 例えば……えーっと、紅魔石で動く魔像に純粋翠魔石入れたら、とか」
「魔石のエネルギー保持量が違うからオーバーロードして最悪魔像が爆発四散するわね」
だと思ったよ!
あれだ、ディーゼルエンジンで動く車にレギュラーガソリンを入れるようなものだ。
軽トラックは軽油で動くから経済的! とテレビで堂々と勘違いするどっかのアナウンサーもいるほどに、知らない奴は知らない。
爆発四散はしないまでもそんなことをすれば壊れてしまうということを知っているのは、車に詳しい奴だけだ。
「でも大丈夫、事故が起きたという話は聞いてないから!」
「もしかしてそれって聞いてないだけじゃ」
市民、報告は義務です。しかし事故率0%のこの機械が事故を起こすことはあり得ません。
とUV様が仰られておる。きっとコミーの陰謀ですね。
たぶんこんな感じだろう。
「でも間違える人いないよ? 少なくとも私の周りで間違える人はいないよ?」
「だろうな……」
それが仕事だもんね。
ミリオタが特Ⅰ型駆逐艦と特Ⅱ型駆逐艦の区別の仕方を熟知していても別におかしくはない。ただし一般人には駆逐艦と戦艦の区別もわからない。
その後もレオナから各部隊の物資や装備について教わったが、彼女得意の技術面でのマシンガントークと多種無用の装備の多さに辟易したら一日が終わっていた。
なんだよ、石魔像Ⅲ型と石魔像Ⅳ型に使う専用の整備工具違うのかよ……統一しろよ……。
とりあえず三ヶ月の間にやらなければならない事が出来たよ。
そんな決意をした帰り際。レオナは満面の笑みでこう言う。
「また来てねー」
誰が来るか!
ちなみに、兵站局に戻ってきたときソフィアさんに彼女のことを話したら、
「やはり行かなくて正解でした」
「……」
彼女のハチャメチャぶりは魔王軍では有名らしい。