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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
2-1.魔王軍は遅れてる
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事案ではありません。信じてください

 ペルセウス作戦後の数ヶ月間、人類軍の攻勢は全くと言っていいほどない。


 あるのはせいぜい小競り合い程度で、いつものように魔王軍は人類軍の機械力の前に惨敗して戦線を下げている。

 でもそれ自体は許せる。飛竜や魔像に大きな損害が出たから、戦線の後退は予定通りなのだ。


 問題は別にある。


「あんなぁ、お兄さん。この家具、持って帰りたいんだけどもさぁ……」

「ごめんな婆ちゃん。家具とかそういう大きいのは運べないんだ。荷物は一人で持てる量だけにしてくれないかな?」


 後退する戦線がかなり広いのだ。


 ペルセウス作戦において主戦場となったハイヴァール方面を中心に、最大で二〇〇マイラ(約三二二キロ)戦線を後退させるのである。


 そしてその範囲にいる軍人・軍属及び装備品、物資、住民と住民の財産を後送し、運びきれなかった物に関しては徹底的に破壊して人類軍に利用されないようにする、ということをしなくちゃいけない。


 二〇〇マイラに亘って!


「でもこれはな、戦争で死んだ爺さんが作ってくれたもんでなぁ……」

「そう言われてもね、荷車に積めないんだ。気持ちはわかるけど、諦めてくれませんか?」

「…………チッ。儂らの金で食ってる人間風情が」


 しかも住民にこんなこと言われながら!


 畜生、公務員に対するクレームとしては一〇〇点満点だよ。どこの国でも発想は同じか。


「ソフィアさん、後送計画の進捗はどれくらい進みましたか?」

「少々お待ちください。……っと、この村の疎開と破壊が終われば、全体の五八パーセントが終了したことになりますね」

「あと四二パーセント……」


 道のりが長すぎる。


 ペルセウス作戦発動してから三ヶ月半、戦線の大規模な整理が決定してから数えても二ヶ月半、後送計画は遅々としても進まない。


 そりゃそうだ。鉄道も自動車もないこの世界じゃ、人員の大量輸送なんて無理だ。


 輸送隊にある限られた輸送用魔像と荷馬車をフル稼働させて、さらに民需用の馬車も片っ端から徴用しても、このザマなのだ。


 特に行軍の訓練を受けていない民間人の移動はとにかく遅い。

 そして先ほどの婆さんのように、あれを持っていきたい、あれがないと嫌だとゴネる奴が多い。


 心がすり減る。


「このままじゃ、終わるのは夏頃になりますね」

「下手すれば秋になると思いますが」

「そこまで人類軍が黙って見てくれてるかなぁ……」


 人類軍、お願いだから、攻めないで。

 アキラ心の俳句。


 でも戦線を露骨に下げている魔王軍に対して追撃しようとしない時点で、人類軍にも攻勢に出れない何らかの事情があるのかもしれない。


 あるいは「落ち着け、これは魔王の罠だ」とでも思っているのかもしれないな。


 どちらにせよ好都合だ。


「人類軍が大人しいうちにずらかりますよ。住民を急かしといてください」

「……苦情対応が大変なので、アキラ様も手伝ってくれると嬉しいのですが」

「私が苦情対応したら余計面倒なことになりますよ」

「どうしてアキラ様って人間なんですか……」


 そりゃこっちの台詞だ。

 なんで敵が人間なんだよ。


 この世界の人類にはケモナー精神が足りない。

 クールなふりして慌てると早口になって尻尾や耳を激しく動かすソフィアさんなんて可愛さ満点だと思いませんか。


 思わないのだとしたら俺は俺の信じる宗教(性癖)のために戦わなければならない。宗教戦争は地球人類の十八番おはこだ。


「アキラ様、ちょっと目が気持ち悪いです」

「あ、うん、ごめんなさい」


 変な事考えてないでさっさと仕事終わらせよう。


 歩く速度が遅く体力のない女子供老人が馬車に乗る優先権がある。

 そして男は基本的に荷物担いで徒歩なのだが、二〇〇マイラという距離は想像を絶する。


 どれくらいかと言えば、函館から釧路までの距離と考えればわか……らねぇな。

 北海道基準だとむしろ「普通じゃないか?」ってなるかもしれない。


 訂正しよう。東京―仙台間と言えばわかりやすい。


 その距離を歩くのだ。

 ソフィアさんのような獣人やゴブリンなどの種族は体力があるからたぶん長距離でも問題はないだろうが、そうではない種族にとっては致命的。


 それに馬車というのは存外乗り心地が悪い。


 馬車の問題というより、街道が整備されていないせいである。

「単なる畦道よりはマシ」程度の道を走ればガタガタと揺れるのは当然。そんな状態では乗ってる方も疲労がたまるのだ。


 ていうか溜まってる。


 疎開民を乗せる荷馬車に便乗して魔都に帰る途中なのだが「若い男のくせに荷馬車に乗りおって……これだから人間は……」という視線に耐えながら路面の揺れにも耐えなければならないのは辛いどころの話じゃない。


「サスペンションの開発まだか……」


 と、つい思わず呟いてしまった。

 いやホント、あれは文明の利器だよ。人類軍側に行けばサスペンションは手に入るだろうか。いざとなったら陛下に生産工場を襲わせて――、


「さすぺんしょん?」


 なんて色々バカな事考えていたとき、俺の正面から女の子の声がした。


 そちらを確認しようと視線を上げて――すぐに思い切り横を向いた。

 そして横にはソフィアさんがいて、急に振り向いた俺に「なにか?」みたいな顔をする。


「あぁ、いや、特になにもないですよ、はい」

「……怪しいです」


 いやいや、本当になんでもないんだって。

 ただね、気になることがあっただけなんだ。


 どうして女の子ってスカート履いた状態で体育座りが出来るんだろう、って。


 何がとは言わんが見えちゃうだろ。


「そっちじゃない。前」


 そして女の子の声は、俺が方向を勘違いしていると思ったのかわざわざご丁寧に方向を教えてくれる。でもね、そう言う問題じゃないんだよ。


 しかし無視するのも不自然過ぎる。

 ソフィアさんに状況が知られたらもっとヤバい。ので、出来るだけ床付近を見ないように、女の子の目だけを見るようにする。


「……やぁ」

「ん」


 俺の挨拶に対して、彼女の返事は短く単純だった。


 彼女の見た目はまさしく幼女で金髪、狐のような尾と耳を持つ。

 活発と言うよりは利発そうで、リイナさんとソフィアさんを足して二で割ったような雰囲気を纏っている。


 彼女は何やら分厚い本を抱えて体育座りをしており、その正面に居る俺からは例のアレがよく見える。


 どうして気になるものがあると、見ちゃダメだとわかっていてもついそこを見てしまうのか。

 不思議な人間の性である。


「さすぺんしょんってなに」

「え? あぁ、うん。車両につける防振機構のことだよ」


 本当は車体を支えて車輪をぶら下げる懸架装置のことをサスペンションと言う。

 だから俺が今乗っている馬車にも付いているんだけど、今じゃもっぱら防振装置のことを言う場合が多い。


「どういう仕組み?」

「あー、えっとね」


 色々方式はあるらしいが車マニアでもない俺が説明できるわけはない。


 簡単に言えば車軸にコイルだか板バネだかオイルダンパーだかを置いて、それによって振動を吸収させる機構である。


「――そんな感じ」

「ふーん……」


 そう言って幼女は興味を失くしたように、持っていた紙だか本だかに視線を移した。

 なんだこいつ、と思った矢先、彼女はペンを持って何かを書いたあと、それを俺に見せて来た。


「こんな感じ?」


 それは地球でよく見る、自動車の下部機構のイラストだった。

 無論、結構簡略化されているのだけれど、素人の俺でも「だいたいあってる」と言わざるを得なかった。


「あってる?」

「……たぶん」


 なんだこの子。


 見た目と年齢が不一致になるのは獣人の特性みたいなもんだから合法ロリなんだろうけど、だがあえて言おう。


 なんだこの子、と。


「ヤヨイ」

「……ん? 何?」

「私の名前。ヤヨイ・ミサカ」


 この時少し俺は感動した。日系風の名前だ、と。よく見れば、来ている服は巫女風だ。


 そして少し俺は恐怖した。なんでみんな俺の心を読むのか。


「わかりやすい顔してたから……」

「あ、うん、そうか……」


 もういいや。この世界の女性はみんなそんなもんだと思って諦めよう。


「私は魔王軍兵站局局長の秋津アキラです。見ての通り、ただの人間」

「……しってる。有名」


 でしょうね。


「人馬騎兵隊の人たちが『何もできない無能のくせに偉そうだ』って言ってた」

「ミサカさん、その人たちのこと教えてくれませんか」

「聞いてどうするんですか……」


 いや、憲兵か陛下の前に引き摺り出してやろうかなって。

 こっちも必死でやってるのだ。それに魔王軍単独じゃ戦線維持できないだろお前ら。どっちが無能だ。


「……まぁ、恨み節はともかくとして……こっちはソフィアさん。俺の副官」


 俺が紹介すると、ソフィアさんは軽くお辞儀をして挨拶。

 ……それと共に、ミサカさんのあるものというか格好に気付いたらしい。


 そしてソフィアさんは、俺とミサカさんを交互に見て、


「…………不潔」


 と、養豚場の豚を見るような目で俺を見たのである。


 でもありっちゃありです。


「違うんです、不可抗力です」

「言い訳は断頭台で聞きます」

「それ処刑寸前ですよ!?」


 それともアレか、断頭台でブツを叩き切るつもりか。

 やめるんだ。ちょっと見えちゃっただけなんだ、許してくれ。そんなガン見してない、先っちょだけだから!


「……おもしろいね」


 そんな光景を見ていた幼女は台詞とは裏腹にニコリともせずに状況を楽しんでいた。

 感情の起伏はあまりないらしい。


「こっちは死にそうですよ。……殺されたくないのでソレどうにかしてください」

「別に私はパンツ見られても気にしない」


 パンツって言っちゃったよこの子。ずっと気にして明言を避けてたのに。


「私たちが気にするので、お願いします」

「……変なの」


 そう呟くと、彼女は渋々と言った風で態勢を変えた。


 聖域は見えなくなったが、代わりにすべすべな太腿がよく見えるようになる。どっちにしても目のやり場に困る。


 うん、わかった。


 この子はレオナとは別の意味で自由奔放なのだろう。感情の有無しか差がない。


 いや、あるいは本当に同類なのかもしれない。

 彼女が抱えている本をよく観察すると、どこかで見たことのあるものだった。


 どこかで……そうだ、開発局にあった魔術に関する研究書なのだ。


「ミサカさんって絵うまいし知識あるし、もしかして何かの研究者ですか?」

「うん。まだ、なりたてだけど……」


 やっぱりね。


「魔像とか作れるんです?」

「無理……。逆行工程(リバースエンジニアリング)したけど、構造解析すら難しかった。だから再現製造は無理……」


 リバースエンジニアリングというのは、逆行工程とも言われる通り製品の製造工程を逆行させて、その構造を分解・解析することを言う。


 ただの石やオリハルコンでしかなかった物質に、特殊な魔術やら回路やら魔石やらをはめ込んだことによって、高度に自律した人工知能を搭載した兵器へと昇華させたのが、魔像である。


 21世紀の地球だって無人兵器は発展途上なのを考えると、かなり高度な兵器だ。


 レオナ、ヤバい。

 脳内になぜだか彼女のドヤ顔と高笑いと量産されるビックリドッキリメカが映し出されたが、間違いなくレオナ・カルツェットは天才であった。


 でも魔像のリバースエンジニアリングを試みるだけあって、ミサカさんもかなりの研究者と言うことがわかる。


「ミサカさんって、今は何を?」

「……別に何もしてない。前の職場も解散したから」

「職場?」

「ドワーフの工房。前線で使う魔像の現地改造とかしてた。でも、町がなくなったからみんなどこかに行った……」


 そう言って、ミサカさんはわかりやすくシュンとなった。

 しかし彼女は技術職であることは確定した。益々興味が湧くよ。パンツ以外で。


 ……ここで出会ったのも何かの縁、と言う奴だろう。


「ミサカさん、魔王軍で働く気はあります?」

「……えっ?」

「あ、それとも次の職って決まってますかね」

「えっと……ない、です」

「ならウチに来ましょうよ。我が軍も人手不足なんで」


 特に開発局なんて3人しかないからな。

 新しい技術職が来ればレオナもきっと喜ぶだろうし、あの魔像を開発したレオナと働ければ、ミサカさんも満足するのではないだろうか。


 ミサカさんは悩んだが、ソフィアさんの説得もあってそれを受け入れてくれた。

 よしよし、あとは開発局の許可を取ろう。


 そう言うわけで、俺が勝手に「電話」と呼んでいる通信用魔道具を取り出して、レオナに連絡を掛けた。


 これこれこういう事情で幼女技術職手に入れたんだけどいる?

 というかなりザックリした電話だったが、まぁ相手はレオナだし拒否する理由も――、


『え、嫌よ』


 あったらしい。


「その心は?」

『好き勝手できないじゃないの!』

「人が増えなくても好き勝手するなよ」


 あぁもう、こう言う奴だったよ。魔像開発が趣味の奴だったよ。


 確かにミサカさんを入れることによって開発局の暴走を止めてくれないか、という心づもりはあったが、まさか即刻拒否するとは思わなんだ。


「でもさ、お前実質一人で魔像開発してるんだろ? 人足りてるのか?」

『起きてる時間全部魔像開発につぎ込んでるから問題ないわ。それに使い走りなら足りてるもの』

「お前本当にマッドだな……」

『そんなに褒めないでよ』

「褒めてねーよ」

『じゃ、私忙しいから。リトルマジカルレオナちゃん壱号派生型の開発しなくちゃいけないし』

「おいちょっと待て開発の要請なんてまだしてな――」

『じゃあね!』


 ブツッ。


 …………。


「畜生めぇ!」


 レオナ関連で叫ぶのはもう何度目だろうか。


 しかし事情をよく知らないミサカさんの前で叫ぶのはよろしくないし、荷馬車には他の疎開民も乗っていた。

 自重する。


 あぁ、ミサカさんに約束しちゃったのにレオナが拒否したおかげで、約束が反故になってしまった。なんたる失態。

 責任問題だ。


 ミサカさんもきっと悲しんでるだろうな、と思ったら。


「……今の、カルツェットさん?」


 意外と嬉しそうな顔をしていた。

 なんでだ。なんで世の中、俺の想像通りにいかないのだ。


「え? あぁ、そうだけど」

「なら、よかった。……カルツェットさんと働くなんて、私には無茶だから……」


 と、彼女は無表情且つ無感動に呟いた。魔像開発の第一人者と働くなんておこがましい、と言うことだろうか。


 しかしそんなことを言われてしまっては困る。

 有用なリソースを見つけたら無駄にしたくなくなるのが兵站局員の悲しい性なのだから。


「じゃあこうしよう。レオナと一緒に働くのではなく、レオナを叩き潰そう」

「……?」

「つまり、新開発局を創設、あるいは民間研究機関に紹介してレオナを超えるんだ」


 そう言ったら、さすがにミサカさんも驚いたようで、目を見開いた。


「え、で、でも無理……」

「無理かどうかはやってから判断しましょう!」


 ていうかレオナくらいなら余裕余裕。なにせあの性格だ。


 自分の技術力が世界一だと慢心して魔像作っている感がある。それを粉砕してくれるのなら兵站局としてはありがたい。


「ミサカさんならできます。一瞬でサスペンションの構造を理解して、魔像のリバースエンジンニアリングをしようとする技術があれば、できます」

「えっ、あの……」

「やりましょう。そして憧れの人を超えるんです! 兵站局がそれを支援します!」


 レオナを憧れるなんて変わってる奴だ、と思ったのは内緒だ!


「で、でも私なんかじゃ……」

「いやいや、むしろ求めていた人材ですよ」


 だから行こう、魔都グロース・シュタットに。


 そう意気込む俺の脇で、ソフィアさんは「また仕事増やした……」と溜め息をついていたのはこの際聞こえなかったことにする。


パンツ!パンツです!

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