グロース・シュタット国立戦没者墓地
短め
勝手に増えた仕事を処理するという苦難を乗り越え、魔都グロース・シュタット国立戦没者墓地(バージョン1.0)の建設が無事完了したわけである。
既に式典は終了しているが、俺とソフィアさんは最終確認という名目で完成した墓地を眺めて達成感に浸るというとても大切な作業をしている。
「で、遺体の問題はどうなりましたか?」
と、ソフィアさん。
彼女もなんだかんだ言って式典中ずっと暇そうで、何度かあくびをかみ殺していた。
「ペルセウス作戦戦死者については、遺族や部族の了解がとれた者のみをここに埋葬しました。それ以外はこれからです。まぁ、追悼施設だから問題はないだろうというわけです」
これからの戦死者については、後日意思表明確認書を全軍に配布する予定。
また戦場においては完全な形で遺体が残ることはない。だから身元確認の方法がかなり面倒なのだ。
現代地球なら遺伝子検査とか歯型の照合とか色々な方法でやるが、魔王軍においては識別魔術で身元を確認する。
だが遺体の状況によってはかなりの使い手じゃないと特定できないし、全ての者に識別魔術をかけるのは面倒だ。
それをある程度容易にするために認識票――いわゆるドッグタグを作ることを陛下に提言した。
その認識票に、戦没者墓地に埋葬して良いかどうかを記載すれば、仕事も減る。
「一応、兵站局の人にも聞きましょう。ペルセウス作戦のように、前線で仕事しなければならないことが増えますからね」
「……そうですね。使わないことに越したことはありませんが、そうします」
「頼みます」
「はい。では直ちに――」
そう言ってソフィアさんは立ち去ろうとしたが、止めた。
まだ少し、やることがある。
「……どうしました?」
「それは緊急の要件と言うわけではありませんから、帰ってからもできますよ。それよりも、見せたいものがあります。ついて来てください」
「……?」
ソフィアさんは頭に疑問符を浮かべていたが、特に何も疑問を口にすることなく俺の後について行ってくれた。
墓地はかなり広く、まだまだ墓石などが立つ予定である。
戦争をしているのだから死者は増える一方なのは仕方ないが、どうにも嫌な気分になってくる。
慣れなければいけないのだろうが、慣れるのも嫌だ。
そんなことを思いつつ、俺らがいた全兵士戦没者の為のモニュメントから歩いて数分の所にある目的の場所に到着した。
「これは……?」
そこにあったのは、大きめの四角い大理石のモニュメント。
モニュメントの表側には魔王軍の意匠と、短い碑文。モニュメントの背後には、広大な草地と、背の低い銀杏の木がある。
まだ四月だから葉は少なく黄緑色。秋になれば、馴染みのある綺麗な黄色の銀杏が見られるだろう。
「この世界にあるかは知りませんが、私のいた世界では銀杏の花言葉は『鎮魂』なんですよ。だからユリエさんに無理を言って、ここに植えてもらいました」
「…………」
そう説明したけど、ソフィアさんの耳には伝わっていなかったと思う。
彼女は大理石の墓に刻み込まれた碑文を、ずっと眺めていたから。
そこにあったのは、たった一文。
『戦争で散った普く全ての生命に、祈りを捧げる』
軍人か民間人か関係なく、敵か味方か関係なく、知能があるかないか関係なく、戦争によって亡くなった全ての生命に対する祈りの場が欲しかった。
あくまで国立戦没者墓地は陛下に忠義を尽くし死んでいった兵士たちの墓だし、敵味方関係なしと言うと利敵行為だなんだと騒ぐ奴がいるから表立って公表できなかった。
けど、どうしても立てる必要があると感じたのだ。
「……アキラ様。暫く、ここに居させてください」
ソフィアさんは、戦災孤児だ。
人類軍の攻撃で全てを失くした人で、故郷はもう遠くにある。
祈るための墓地もまた、遠くにある。
言うなればこれは、彼女のような者のために作った墓。
「わかりました。私はそこら辺を散策するので、何かあったら呼んでください」
「はい。……その、ありがとうございました」
そう言ってソフィアさんは、少し笑みを浮かべた。