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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
2-1.魔王軍は遅れてる
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何か忘れていませんか?

「エリさん、予算確保できそうですか?」


 俺の質問に、会計担当のエリさんは魔都の民間研究所が開発した魔力式卓上計算機を叩いて即答した。


「臨時戦費を回しても、現状では少し足りないですわねぇ。局長が予算をもっと分捕ってくるかコストカットをしないと」

「大規模作戦後でどこも予算はないし、これでも十分コストは削ってます。なんとか回してください」

「無理よぉ……」


 そう呟いて彼女は机に突っ伏し、ピクリとも動かなくなった。

 兵站局の会計係ことエルフ族のエリ・デ・リーデル、会計書類の山に埋もれここに眠る。


「はぁ……」


 あ、生きてた。


 冗談はさておき、魔王軍の財布事情はお寒い状態である。


 ペルセウス作戦による損失を埋めるために前線部隊で使用する魔像や兵の確保が急務でそちらに予算の大半がとられてる上に、戦死者や戦傷者に対する給付金が積み重なって予算はパンパンである。


 さすがにその状態から墓地建設費用を捻出するだけの余裕はなく、エリさんは机に突っ伏するしかない。


「もうやだぁ……局長、何とかしてくださいぃ……」


 そして珍しく涙目である。エリさんがこんな顔するの多分初めて見た。


「なんとかと言われても、金って無限に湧いてくるわけじゃないからなぁ……」

「お金が勝手に増える魔法ってないのかしら……」

「私のいた世界にはありましたけどね、似たようなものが」

「本当に!?」


 それは「信用」だ。

 ただの紙で原価数十円でしかない一万円札に一万円の価値がつくのは、それを発行する政府をみんなが信用しているから。


 つまり「日本政府が一万円札には一万円の価値があるって言ってるからこれは一万円の価値がある!」ということ。


 元々は政府やら中央銀行が金を大量に保有して「この紙は金と交換できるんやで」という兌換紙幣から始まって、そしていつしか金と交換できなくなってもみんな紙幣をお金と認識するようになったのである。


 ある意味宗教だ。


「というわけで魔王軍じゃ無理ですよ。基本的な社会システムが違うので。今からそれをしたとしても何年かかるやら」

「そんなぁ……」


 まぁ、一応軍隊が好き勝手に刷れるお金ってあるけどね。


 それは「軍票」と呼ばれる代用通貨である。

 仕組みとしては単純で、貨幣としての価値を保証するのが貴金属なのか政府なのか軍なのかの違いだ。


 ただ軍票どころかファンタジーよろしく金属硬貨で決済している魔王軍において、紙の軍票が通じるかどうか。


 一万円札と同じく「信用」で成り立ってるし、その信用が魔王軍にあると言えばあの、その、ね?


「もう、軍隊ってもうちょっと余裕あると思ったのに……騙されましたわ」

「騙されたって……募集の時に陛下に騙されたんですか?」


 兵站局のメンバーの半数以上は民間出身者で、特にエリさん、ユリエさん、リイナさんは最初に兵站局にやってきた人たちだ。

 そして彼女らを引き抜いたのは、他ならぬ陛下。


 だから陛下が何か嘘を吐いたのなら大問題である。


「いえ、そういうわけじゃないのよ。働いてて楽しいとは思えるし……」

「まるで昔の職場が楽しくないような言い方ですね……」


 きっと人が転職する理由は日本でも異世界でも同じなのだろう。


「聞きたい?」

「いや聞きたくないです」

「あのね。まず、すっごいノルマがきつくて職場がいつもピリピリしてたのよ。それに上司がクズで私に嫌がらせを――」

「聞きたくないです!」


 それ以上はやめろ、俺を始めとした多くの社畜のトラウマが抉られる。


「まぁ結論から言うと、局長はすごい良い人だと私は思うわ?」

「え、っと。ありがとうございます?」

「なんでそこで疑問形なのかしらねぇ……、局長らしいけど」


 エリさんの元上司との比較だから喜んでいいのかどうかがわからないからだよ。


 社畜経験を生かして、俺がされて嫌だったことをしていないだけだ。

 それが理想の上司かと言えば違うと思う。理想の上司と言うのは、それこそ陛下みたいな人だろう。


「……まぁ、それはさておいてお墓の話に戻りましょう」

「局長と私が同じお墓に入ると言うお話でしたね」

「お金の話ですよ」

「やめて局長、今その単語聞きたくないの」

「それがエリさんの仕事でしょう」


 本当に参ってるんだなぁ……。


 仕方ない。

 あまりやりたくないけど、ブラック企業あるある的な緊急回避措置を施してお茶を濁すことにしよう。


「エリさん、まずは重要施設だけにお金使って三ヶ月後の完成式典に間に合わせてください」

「えっ? 重要施設にだけ、ですか?」

「はい。他の施設や、大多数の墓石の確保なんかは後でいいです。ユリエさんにもそう伝えておきますから」

「で、でもそれだと未完成のままでは……?」

「いえいえ、三ヶ月後には戦没者墓地として必要最低限の重要施設が完成してますから大丈夫ですよ。後から付随施設を建てたりお墓を拡張すればいいんです」


 つまるところ段階的実装というやつである。どこぞの業界がよくやる手だ。


 戦没者墓地バージョン1.0をとりあえず実装して、追悼施設として稼働させる。

 その後来園者から入園料なり「施設維持と拡張のための皆様のお気持ち」を要求して時間稼ぎをしつつ順次アップデートするのである。


 こうすれば時間と金を確保できて一石二鳥だ。


 たぶんバージョン1.12.5.3くらいで完成するんじゃないかな。


「あのー……、それっていいんですか?」

「大丈夫です。よくあることでしょ?」

「聞いたことないわねぇ……」


 そうかな? 日本じゃよく聞くよ?




---




 予算を確保し土地を確保し墓石を確保し、墓地のレイアウトが決まり施工が始まり、魔術を使った建築方法に腰を抜かしていたら、まぁなんとか式典一週間前に完成する目処がついた。

 ただしバージョン1.0だけど。


 墓石にはちゃんと故人の名前や種族名、わかる限りで生没年が刻んである。

 戦没者全員は無理なので、ペルセウス作戦参加者を中心に墓を建てた。その後のバージョンアップに期待。


 戦没者名簿がない者に対しては、戦没者墓地中央に屹立する塔になんかそれっぽい碑文を刻んでおいて墓にする。


 うん、これでシンボルっぽいのも出来て安心安心である。

 と思ったら、重大な事を忘れていた。


「ところでアキラ様、遺体はどうなっているのですか?」

「……遺体?」

「はい。お墓なのですから、必要でしょう?」

「……」

「……」

「…………忘れてました」


 やべえよやべえよ、それすっかり忘れてた。


 そうだよ、墓だから遺体とそれを入れる棺桶も必要じゃないか!

 だいぶ前にソフィアさんから指摘されていたことなのだが、この忙しさの中すっかり忘れていたのである。


「ゆ、ユリエさん! 急いで遺体の発注を!」

「局長さん落ち着け! 遺体の発注ってなんだよ! どうやって確保するんだよ!」

「こう、手ごろで平和なエルフの村にオークを襲わせて――」

「局長ストップです、ストップ。やろうとしてることが人類軍以下の所業ですわよ。冗談とは言え私の前でそんなこと言わないでくださいまし」

「じゃあいっそのこと遺体は諦めましょう!」

「そ、それもうお墓の意味はないんじゃないでしょうか……」


 追悼施設だから遺体がなくても問題ないんじゃないかな。


 それに戦場で全ての遺体回収は無理だし、実際に墓石が立ってるだけでしかないところも出てくるだろう。仕方ない。うん、大丈夫大丈夫。


「しかしアキラ様、既に遺体があって、各々の墓に埋葬されている幾多の御遺体はどうなさるおつもりですか?」

「……えーっと、まずは遺族に説明して改葬の手続きをした後、儀礼に則って――」

「式典まであと一週間ですが?」

「…………」

「それに種族ごとに埋葬や葬儀の規則は違うわぁ。私たちエルフは分骨禁止だし、たしか人狼族なんかは火葬禁止だったわよね?」

「はい。一部特例を除いて、獣人は基本的に火葬禁止ですね。他にも、海人族の場合だと海葬が一般的です」

「わ、私たち淫魔は、死体を利用されないために火葬する必要がありますぅ。そ、その……、えっと、死体に、え、えっちなことをしようとする人って多いみたいで……」

「ハーフリングはその辺自由だけどなぁ。土葬でも火葬でもなんでもありだ」


 全種族はハーフリングに見習え。

 あとリイナさん、その話あとで詳しく。


 しかしまぁ、めんどくさいことこの上ない。

 さすがにそこまで対策して遺体を墓に入れるなんて、どう考えても一週間で出来るはずがない。


 出来たとしても棺桶の発注しなくちゃいけない。あぁもう面倒な!


「ちょっと私陛下に会ってくるので、あとはお願いします!」


 そう言って俺は、彼女たちの返事を待たずに一目散に魔王城の主の下へと向かった。

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