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書類は大事です

 事務処理、ということで俺は「兵站」に携わって魔王軍を縁の下で支えることになった。


 兵站とは、まぁ要は戦闘以外の軍隊の仕事と言えばいいだろうか。

 細かく定義すると切りがないが、兵站のうちもっとも有名でかつ重要な仕事は「補給」だろう。


「必要なものを、必要な場所に、必要な時に、必要な数を用意する。それが兵站というか補給の仕事ですね『兵站だけでは戦争に勝てない。しかし兵站なしでは戦争にならない』――そんな言葉が私の住む世界にはありましたよ」

「はぁ」


 ソフィアさんに説明したら、今一ピンと来てない顔をされた。

 ので、今日はこっちが説明する番である。



 軍隊とは、槍に例えられる。


 槍先が戦闘部隊で、柄の部分が兵站部隊だ。


 槍先には鋭利な刃がついている。その刃でもって槍は敵を倒す。しかし槍が槍であるためには、それを支え、槍の特長である間合いを確保する「柄」がなくては話にならない。


 まさか槍先の部分だけを持って敵に直接それをぶつけるやつはいないだろう。そんなことをするなら殴ったほうが早いし、槍先を持っている手も傷ついてしまう。


 槍先が槍となるために、槍先を支え射程を確保する「柄」がある。


 つまり、戦闘部隊が軍隊となるために、戦闘部隊を支えその戦闘能力を確保する「兵站部隊」があるのだ。


 地球の現代軍の場合、例えばアメリカ海兵隊の戦闘部隊の割合は軍全体の二割程だと聞いたことがある。残りの八割は裏方で、補給・修理・衛生・施設・情報・広報・事務・人事などの非戦闘部隊が占めている。


 で、魔王軍の兵站事情はと言うと――、


「今戻ったぞ、アキラ」


 ヘル・アーチェ陛下が、なぜか兵站局にやってきた。

 自分の部屋に帰れ、と言いたいが俺が召喚されてからと言うもののずっとこんな調子である。だから突っ込むのはやめた。疲れるだけだ。


「お疲れ様です、陛下」

「あぁ、疲れたよ。人類というのはどうしてあぁも諦めが悪いのやら」


 そして今日も、諦めの悪い人類軍を2、3個師団(1個師団=1万人程度)ふっ飛ばしてきたようである。物理的な意味で。


 今日、魔王軍は魔王陛下と麾下の親衛隊の力によってのみ保たれていると言っても良い。


「そちらの仕事はどうだい、アキラ。もう慣れたか?」

「はい。ソフィアさんと陛下の御気遣いのおかげで……」


 ソフィアさんは勤勉である。

 というのは、彼女は元々魔王軍幹部の秘書だったらしい。今となっては俺も幹部と言う扱いらしいのだけど。その甲斐あってか、彼女は俺以上によく働く。


 ……たぶん、俺必要ないくらい。

 異世界召喚魔術がもったいないから、という陛下の貧乏くささがなければ今頃俺は別の世界に旅立っていただろう。

 三途の川の向こう側とか。


「そうかそうか。なら、君を殺す心配は当分なくて済みそうだな?」


 一瞬解き放たれた殺意が俺に向けられ妙な汗をかいた。やめて陛下、ちびりそうだから。


「あぁ、そうだアキラ。連隊連中に酒を振る舞いたい。連中は揃いも揃って蟒蛇だからな、十分な量を確保しておいてくれ」


 そして脅しからの酒要求。なんとも狡猾な……。しかし俺も男だ、言うことを言わなければならない。


「畏まりました。……しかし陛下、それを含めて相談が」

「なんだ?」


 今まで魔王陛下に遠慮して言えなかったのだが、これから先もこういうことは何度もあるだろう。

 早めに言った方が、まだ対処はしやすいはず。だから勇気を持って言う。たとえ「相談が」と口にした時に陛下の目が若干つり上がったとしても、俺は言うぜ!


「あの、今はいいのですが……今度からそう言ったものは書類を作っていただけると嬉しいのですが……」

「書類?」


 これが魔王軍の兵站事情である。


 この軍隊、とんでもなく兵站が未発達なのだ。

 物資の要求に対して書類を作成せず、殆どが口頭での要求。メモ書き程度の紙はあるが、しかしそれでさえないものが多い。


 どの部隊がどれほどの物資を求めているのか、書類があればわかりやすいのだが……。


「……面倒だな。口頭でなんとかなるだろう」


 という、魔王陛下のざっくばらんというかずぼらというか、そんな性格が災いして文書管理というのが成されていないのである。


 なにせ命令書すらほとんど存在しない。ほとんどが口頭だ。

 よくこれで軍隊が……というより国が持っているもんだと感心する。内政の方はどうか知らんけど。


「しかし、軍隊の円滑な活動には書類が必要だと考える次第です。もし陛下が、諦めの悪い人類軍を痛快にぶっ飛ばしたいのであれば、この手の小さな面倒事から始めるのが長期的には良い事だと存じますが、如何でしょうか」


 数日でこんな役所じみた言葉が使えるようになるのが魔王軍です。

 みなさん就職してみませんか。今なら犬っ子……もとい狼っ子美少女も秘書としてついてくるよ。元の世界には帰れる保障はありませんので交通費の支給はございません。


「アキラ」

「ハッ」

「もしその、書類というのを作成したとして、本当に我が軍は円滑に動けるようになるのかね?」


 怖い怖い。目がマジで怖い。


「半分イエスであり、半分はノーであります。短期的には効果は見込めませんでしょう。なにせ事務処理は私とソフィアさんでやっている状況でありますし、陛下の軍隊の状況を鑑みるに、殆ど一から組織を作らねばならず長期的な視野が――」

「面倒な言い回しはいい。ハッキリ言おう。それは、いつの、ことになる?」


 顔をグイグイ近づける陛下。

 握り拳を机に叩きつけ、吐息が顔にかかるまで近づいた陛下の顔は凄味がある。これが魔王か。


「……最低でも、10年ほど」


 既にある組織の中で新たな仕組みを一から作って10年で終わるとは思えないが、でもそれ以上の期間を提示したら「そうかでは君を殺したほうが早そうだ」とか言い出しそうだからちょっと言えなかった。


「そうか、10年で終わるか」


 いや終わるとは言ってないけど?

 あくまで最低であって最終的には30年くらいは待ってくれないと……、


「意外と速いな! 長期的長期的と言うもんだから100年かかるとかと思ったぞ!」

「えっ」


 待って、100年だって?


「へ、陛下。さすがに私は100年も生きていられませんが……」

「ん? あぁ、安心しろ。私の臣下として働く寿命の短い種族は、一部を除いて寿命凍結魔術を施してある。私が死ぬまで、アキラは歳を取らないぞ!」


 おい待ってなにそれ聞いてない。


「言ってないからな」


 心を読むな!


「魔族などは基から寿命が長いからな、気にする必要はないのだが。ゴブリンやオーク、そして例外的ながら君のような人間にはそういう処理をさせてある」

「そ、そうですか……」


 そう思い、俺はソフィアさんをチラ見する。

 彼女は俺と陛下を余所に、軍隊の規模の割には妙に少ない書類を処理していた。

 しかし俺の視線に気づいたのか、こちらに一切視線を寄越さず俺の疑問に彼女は答えてくれた。


「アキラ様、私には陛下の寿命凍結魔術は施されていませんよ。獣人は元々寿命が長いですから」


 だから心を読むな。

 なに? 魔族とか獣人とかって心を読むの得意なの?


「アキラは顔に出やすいからな」


 いや本当になんで心読んでるのかな陛下。


「まぁ、それはさておき書類の件は了解した。組織の方は10年とは言わず、100年くらいじっくりやってくれ。人類軍は諦めが悪いから、逃げもしないだろうよ」


 あと、酒の件はよろしくな。

 そう言い残して、陛下は部屋から出た。


 ……とりあえず、人員増強の相談もしておこうかしら。




---




 何をするにも正式な文書・書類が必要。人、それを文書主義と呼ぶ。

 正式な文書がなければ何もしてもらえないし、文書の書式が間違っていたら訂正あるいは再作成する必要がある。


 面倒だが、証拠を残すことは重要だ。


 でもデジタルで残せないから保管が大変。保管期限を設けて適当に廃棄する必要も出てくる。


「というわけで、まず補給関係の正式文書の書式手本を作ってみた。ソフィアさん、なにか質問ある?」


 中世欧州風ファンタジー世界というわけでもなく、魔術なんて便利なものがあるから品質に目を瞑れば紙やインクの大量生産自体は容易だった。

 しかしソフィアさんの言葉で、もっと重大な事実に気付く。


「ではひとつだけよろしいですか?」

「なんでもどうぞ?」


 そのことに気付かなかったのは、如何に現代日本が凄いのかということだ。


「読み書きができない者はどうすればいいのでしょうか?」

「…………えっ」


 その発想はなかった。


 現代日本で読み書きができない人間は極少数だ。

 文字の読み書きが出来ない者がいる、という考え自体に至らなかった。文書主義の欠点ということだろうか。いや公務につくものとして文字が読めないってのがそもそもおかしい気がするが……。


 やっぱり教育って重要だな。


「どれくらいの人数、読み書きができないんですか?」

「下士官以下の一般兵は大抵読み書きできませんね。士官ですら半数は読めないかと思います」


 なんてこったい。

 とりあえず教育に関してはこれからの努力目標と言うことでヘル・アーチェ陛下に要請して、間に合わせの策を考えないとな……。


「じゃあこうしましょう。最初は高級士官が率いる大規模部隊にのみこの正式文書による補給要請書を採用し、その後の教育度合によって段階的に引き下げましょう」

「わかりました。各部署にそう伝えておきます」


 よしよし。これは兵站部隊にとっては小さな一歩だが、魔王軍にとっては大きな一歩となればいいなぁ……と感慨に耽る前にひとつ気になったことがある。


 今、伝えるって言ったよね? 通達とかじゃなくて。


「ソフィアさん。どうやって各部署に伝えるんですか?」

「無論、口頭か思念波あるいは通信魔術、必要であれば通信用の魔道具で」

「文書でお願いします」


 兵站システムの構築、道のり長すぎない? 10年で終わるかなぁ……。



タイトルセンスのない私にいい感じのタイトルだれか考えてくだち(他力本願)

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