戦いの前に言うべきこと
ダウニッシュは、飛竜に跨り空を飛んでいた。
先発の第一〇一、一〇二飛竜隊と違い、彼は単騎で飛んでいた。
そして彼の後ろには、作戦を支援する女性の姿がある。
「カルツェット殿、大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫。それよりも人類軍の飛竜ってどういう構造してるんだろうね」
「さあな。それよりも私は、ソフィアくんがどうしてるかが気になるね」
「んふふ。ソフィアちゃんって、案外鈍感だよねー。ま、アキラちゃんもそうだけど」
レオナ・カルツェットにとって初めての最前線だったが、彼女は平然としていた。
そのおかげかどうかはわからないが、ダウニッシュは平常心を保つことが出来た。
そして彼は前線を飛ぶ指揮官として、やるべきことをする。
『全将兵に告ぐ』
彼は思念波で、通信魔術で、通信魔道具で、その声を届けた。
『全将兵に告ぐ。こちらは、作戦指揮官のダウニッシュだ。どうか、聞いて欲しい』
戦いが始まる前に、彼は伝えるべきことを伝えようとしていた。
繰り返されるダウニッシュの言葉に、文字通り全将兵がその言葉に耳を傾けていた。
『まもなく、戦いが始まる。
まもなく、全魔族の命運を決する戦いが始まる。
戦いの目的は唯一つ。
我々は、今まで陛下に救われてきた。陛下が救ってくださった。
強大な力で前線を支え、負傷した兵を決して見捨てず、死者に対して最大限の敬意を払い、敵に対しても温情で、幾度となく我々を、魔族を、獣人を、亜人を、救ってくださった。
我々には、陛下に大恩がある。
そんな陛下が今、窮地に立っている。
敵の、人類軍の力は強大で、故に陛下は窮地に立っている。
諸君。
偉大なる戦友諸君。
陛下に忠誠を誓う、同志諸君。
今こそ、我らが救世主、ヘル・アーチェ魔王陛下の恩に報いるときである。
今こそ、我らが救世主、ヘル・アーチェ魔王陛下をお救いするときである。
かつて陛下が我々にしてくださったように、今度は我々が、陛下をお救いするのである。
人類軍の力は強大である。決して油断できるものではない。
多くの者は、ここで戦死するだろう。指揮官である私も、命を散らすかもしれない。
だがそうであっても、我々には、すべきことがある。
我々には、やるべきことがある。
我々の希望、ヘル・アーチェ魔王陛下をお救いする義務がある。
我々は種族も、出身も、年齢も、性別も、戦う理由も、所属も、何もかもが違う。
しかし我々には共通した思いがある。
守るべき方がいる!
諸君!
戦友諸君!
陛下に忠誠篤き同志諸君!
命を散らせ!
魂を燃やせ!
持てる全てを使い果たせ!
我々の目的は、我々の思いは唯一つ!
我らが陛下をお救いし、全魔族の未来を守ることである!
戦いに臨む全ての戦友諸君に、我らの未来を! 』
ダウロッシュが全てを語った後、残ったのは暫しの静寂。
空気を切る音だけが、ダウニッシュの耳に聞こえた。
そして暫くして、彼の脳裏に誰かの言葉聞こえる。
多くの思念波が混信する。熱狂の嵐が、彼の脳裏に、全魔王軍兵士の脳内で再生された。
『我らの陛下のために!』
『未来を守るために!』
『今こそ、命の使い時だ!』
全将兵の言葉が、全将兵の脳内を駆け巡る。
それを聞きながら、ダウニッシュの後ろにいるレオナがぽつりと小声でつぶやいた。
「ガウルちゃん、結構演説上手いね?」
脳内で流れるシュプレヒコールをものともせず、雰囲気度外視でそんなことを言った。
彼女は褒めているつもりなのだろうが、ダウニッシュの見解は些か異なった。
「フッ。何せ戦闘部隊をあらゆる面で支援するのが『兵站局』の仕事だそうだからな」
そう言って、彼は笑った。
「そうかー。ハハッ、やっぱり面白いね」
言葉の意味を理解したレオナも、お腹を抱えて笑った。
戦場とは思えない、呑気な笑い声が空に響く。
だが一通り笑い終えたところで、彼らの表情が一変する。
「では、私たちも私たちの仕事をするとしよう」
ダウニッシュが術式を展開し、
「そうね。待ちに待っていたわ……、この瞬間をね!」
レオナは満面のドヤ顔を決めた。
そして、魔王軍と人類軍の戦いの歴史の中で最大の戦いが始まった。
(演説に自信は)ないです