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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
1-3.全ては魔王のために
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魔王に捧げるオーケストラ

 オーケストラ作戦は、最終楽章を迎えていた。


『こちらマーリン08。煙幕の切れ目から敵部隊を再視認。護衛と思しき魔族が倒れているのは確認できたが、魔王と思われる最優先目標はまだ立っている』

『コルベルク砲兵隊よりマーリン08。報告を感謝する。やはり敵はバケモノだ。あれだけのガスに見舞われてもびくともしないとはな。だが護衛には効果があったか』


 特殊弾、ガス砲弾を雨霰と降らせても、魔王に効果は見られないことに、彼らは改めて「バケモノ」に恐怖した。

 だが人類はいつだって、その恐怖を叡智によって克服してきた。


『アーサー01からCP。特殊弾の効果が出ない以上、通常弾による制圧射撃を上申します』

『こちらマーリン08、少し待ってください。最優先目標は立っていると言っても、なにも影響を受けていないわけではありません。効果はあると思います』

『――こちらCP、コルベルク砲兵隊は特殊弾による攻撃を続行せよ。アーサー小隊はそのまま前進して射撃位置につけ』

『コルベルク砲兵隊、了解。特殊弾による攻撃を続行します』

『アーサー小隊、了解。前進して射撃位置に。念のため、総員にガスマスクを装着させます。通信終了』


 彼ら人類軍は、魔王討伐のためにありとあらゆる手段を取った。

 その科学力の前に、魔王は無力であったのか。


「……アキラの忠告は、本当だったと言うことか。人類は……進化、している」


 答えは否。

 魔王ヘル・アーチェは、まだ立っていた。


 度重なる通常砲弾の攻撃によって身に着けていた衣服をボロボロにして、特殊弾による攻撃によって体に異状を発生させながらも、彼女はまだ立っていた。


 ガスを吸い込むたび、彼女の身体を蝕まれるものの、魔王の持つ強靭な肉体が倒れることを防いでいた。


 だが特殊弾は、通常砲弾によって負う傷よりも厄介だ。

 治癒魔術によって、ガスの効果が薄れないから。むしろ悪化するため、通常砲弾によって負った傷を癒せない。


 それが毒のせいだとわかっても、何の毒かわからなければ解毒魔術のかけようがない。


「力なき敗者が、短期間で私を追い詰めた。私の力を凌駕した。――力以外の方法で」


 この時、ヘル・アーチェは勘違いをした。

 否、長期間にわたって致命的な勘違いをしてしまった。魔族のながい寿命の弊害とも言える勘違い。


 人類は短期間で魔王を超えたのではない。

 数千年の歴史を積み重ねて、今まさに魔王を超えようとしているのである。


 そしてさらに重要な事がある。


 それは人類が進化していたとき、魔王軍が進化できなかったということ。

 つい最近まで、魔王軍は進化から取り残されていた。


「今や私が、魔王たる私が力なき者であり、敗者、か」


 ヘル・アーチェは周囲を眺める。


 親衛隊の仲間が、倒伏したまま動かない。

 悲鳴も上げず、倒れたまま。だが彼らは、まだ息はある。


 魔王と同じく、魔族には人間の科学力では説明のつかない強靭な生命力を持っていて、親衛隊は特に顕著だったからだ。


 心優しき魔王は、そんな彼らを全員故郷に連れて帰るつもりでいた。

 全員治癒させて、また一緒に酒を酌み交わしたかった。


 その願望が、命取りだった。


「――ッ! しまった!」


 一発、着弾。

 ガス砲弾。さらなるガスが、視界を包む。


『マーリン08よりコルベルク砲兵隊へ。着弾を確認。――いい腕だ、初弾命中。目標は未だ動いてはいない。同一緒元、効力射へ移行』

『コルベルク砲兵隊、了解。特殊弾による効力射に移行する』


 鉄の雨が降る。


 しかもガス到来前と違い、親衛隊はほぼ全滅状態にある。

 彼女はひとりでそれを防がなければならない。さもなければ、無防備な親衛隊は砲弾の影響をもろに受ける。


 中身が炸薬でなくとも、砲弾そのものが持つ運動エネルギーは即死レベルである。


 人類軍は魔王討伐を意図して特殊弾による攻撃を開始したが、彼女は親衛隊排除のために人類軍がトドメをさしてきたと考えた。


 特殊弾の影響を受け、傷を負い、疲労し、満足に魔術を使えない中で、ヘル・アーチェは部下の身を護るべく努力した。

 それにいつ爆裂する砲弾が降ってくるかわからない。

 上方一杯に防御魔術を展開し、鉄とガスの雨を防いだ。


 だがそこで、さらなる脅威に、魔王は出くわした。


「な、なんだ?」


 それは、人類軍が用意した最後の一撃。

 正真正銘、魔王を討伐するために到来した英雄。


 それらが彼女の視界の端に映った。

 この日初めて人類軍地上戦力を目視した彼女だが、それは初めて見たものである。


 だが目視圏内にいるのであれば、攻撃は通る。

 のこのこやられに来た奴がいると、彼女は笑みを浮かべて術式を展開する。


「――貫け! 『フレア・アロー』!」


 傷だらけの彼女が砲弾の雨を防ぎながら、攻撃魔術に割り振れる魔力は多くない。

 だが「フレア・アロー」だけでも、人間に対しては致命傷となる。


 しかし人類は、常に進化している。


「なっ――んだと!?」


 相手は、その程度の攻撃など織り込み済みということ。


『こちらアーサー03。攻撃を受けたものの被害なし』

『さすが「戦車(タンク)」だ。なんともないぜ』


 生半可な攻撃をものともしない装甲。

 対魔像砲並の攻撃力を持つ砲。

 不整地を難なく踏破する無限軌道を持つ、人類軍初の本格的な「戦車」の姿がそこにあった。


 それを見た魔王は理解した。

 あれは「人類軍が作り出した魔像」であると理解した。


 そしてそれが恐ろしいものであると理解した。


『アーサー01よりマーリン08、目標の現在位置は?』

『マーリン08よりアーサー戦車隊(ユニット)へ。最優先目標の現在位置はポイントR31。現在、砲兵隊が特殊弾による制圧射撃を実施中。風向220、風速微風。そちらは風上にあるからガスの心配はしなくていいだろう』

『アーサー01了解。こちらも確認した。だが念のためマスクはつけておく。風向が変わったら教えてくれ』


 戦車に乗り込む勇敢な英雄たちは皆、この時を待っていた。

 安全な戦車の中から魔王を討伐できる。その絶好の機会を与えられたのだ。


『アーサー01より全戦車へ。――前進!』


 彼らは進む。


 全人類の悲願を達成するために、そして先に散った戦友たちの仇討ちをするために、彼らは鉄の騎馬を駆って前に進んだ。


 ヘル・アーチェは、それを前にして動かない。

 否、動けない。


 防御術式を展開せず、戦車に向かって「ジェノサイド・バーン」などの最強の攻撃魔術を仕掛ければ、恐らく倒せるだろう。


 だがそれをすれば、鉄の雨に無防備な親衛隊が晒される。

 そうなれば、彼らの身体がどうなるかわからない。


 だからこそ、彼女は動けなかった。


 その優しさが、彼女自身の身体に危険が及ぶと理解しても、彼女は動けなかった。

 それこそが魔王ヘル・アーチェの弱点で、人類軍はその優しさにつけ込んだのである。


『全戦車に告ぐ。攻撃開始!』

『待ってました! 撃て!』


 戦車の中で兵が叫び、魔王は見た。

 自らの持つ人間離れした動体視力が、回転しながら自分に向かう多数の砲弾を見た。


 数多の鉄の塊がヘル・アーチェの身体の近くに着弾、あるいは、ヘル・アーチェの身体を掠めた。

 弾丸が通る衝撃波だけで、彼女の身体は大きく損壊する。


 羽根は捥げ、角は折れ、肉は抉られ、右半身は役に立たなくなるほどズタズタにされて動かない。

 これだけの攻撃を受けてなお意識を保っているのは、偏に魔王というバケモノだからこそである。


 魔王でなければ、バケモノでなければ即死だっただろう。 

 だが、即死かそうでないかは、人類軍にとってはどうでもいいことである。


『撃ち続けろ! 撃って撃って、撃ちまくれ!』


 ヘル・アーチェの身体には、さらに多くの傷が刻まれる。

 そして魔王に命中しなかった一部の戦車砲弾が無防備の親衛隊員の身体を跡形もなく吹き飛ばした。


 それを見た魔王は全力で防御魔術を展開するが、最早彼女の身体では一度に展開できる魔術に制限があるため完全に焼け石に水。


「このままでは――クソッ。こんなところで――」


 仲間を失うのかと、自分は死ぬのかと、彼女は恐怖した。

 人類に対して初めて、魔王は恐怖した。


「……すまない。みんな」


 そう呟いた直後、さらなる砲弾の雨が降り注ごうとした。

 その一撃で、自分はいよいよ死ぬのではないかと恐怖した――その瞬間、


「――――えっ?」


 空が、爆発した。


 彼女は状況を把握できずにいた。

 だが暫く経って、何が起きたのかを理解した。


 自らの周囲に、見たことのある魔獣の――飛竜の鱗や肉片が散らばっていたから。


 魔王は急いで上を確認する。そこにあったのは、


「あれは……!」


 魔王軍の飛竜。数多の飛竜が飛んでいた。

 そして頭の中で、誰かの思念波が響く。


『こちら第一〇一飛竜隊所属のガガーラ! 陛下の御無事を目視にて確認! これより「ペルセウス作戦」は第二段階に移行します!』

『野郎ども、行くぞ!』


 視野一杯に、空を覆い尽くすほどに、飛竜が飛んでいた。


『陛下の為に――総員、命を散らせ!』

『『応!』』


 勇ましい魔王軍の声が、脳内に響いた。




 状況を理解するためには、時間を少し巻き戻す必要がある。


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