それが兵站局の仕事です
魔王城大会議室。
いつぞや以来の、各部局勢揃いの会議である。
ただし前の時とは違い、メンバーは局長級だけに留まらない。
兵站局からは俺、ソフィアさん、エリさん、リイナさん、ユリエさんが参加。他の部局も大勢が来ていた。
それだけに、事態は急を告げていると言うこと。
「時間がないので手早く行くぞ」
会議劈頭、そう言ったのはダウニッシュさん。
彼が音頭を取って、会議を仕切る。
「陛下が危機にあることは諸君も存じていると思う。そこで陛下の救出作戦を立案し実行するために集まってもらった」
「……それはいいが、まさか貴殿が指揮を執るのか?」
戦闘部隊の誰かが疑義を呈する。
親衛隊と戦闘部隊の間にある、複雑な思惑と言う奴だ。
「現状、それが最善であると信じる次第だ」
「何を言っている。現場で動くのは我々魔王軍だ。事情を知らぬ親衛隊は黙っていてもらおう」
「そうだ。親衛隊が我々の下で動かないからこうなるのだ!」
この期に及んで、責任回避と責任転嫁の応酬だった。
ソフィアさんなどの下っ端は勇み急いで陛下の下に行こうとしたと言うのに、上がこれでは動きが鈍いのはうなずける。
良くも悪くも、彼らは魔王陛下に依存していた。その弊害である。
陛下が危機に陥った時の指揮命令系統を決めていなかった陛下の怠慢でもあるが。
だがそんなことはどうでもいい。
これを続けている間にも、陛下の命は削れていく。
「黙れ! いま大事なのは責任の所在に非ず、陛下を御救いすることであろうが!」
ダウニッシュさんが一喝。
魔王陛下を守らずして、なにが魔王軍であるか、と。
「し、しかしダウニッシュ殿。殊、戦闘部隊の指揮に関しては我々の……」
諦めの悪い戦闘部隊の誰かがまたひとこと。
この空気で反論なんて勇気あるな、とは思うがそれが自分の領域を犯されるのが嫌だと言う感情の上にあるのだから始末に負えない。
そんなことやってる暇あるか、畜生め。
というわけで、ダウニッシュさんが噴火する前に彼らを黙らせることにした。
俺だって暇じゃないしダウニッシュさんの怒るところが見たいわけじゃない。
「そのことなのですが……実は魔王陛下からもしもの時の指揮系統について言われたことがあります。曰く『緊急時の指揮系統は親衛隊が統括すべし』と」
「な、何? そんな話、我々は聞いてないぞ!」
「物資横領事件における大規模な人事異動があった直後のことですからねぇ……、もしかしたら通知が行き届いてないかもしれませんが」
彼らの弱みである、長年あった物資横領事件をチラつかせる。
何もかもお前らが悪いんだと信じさせることが出来ればこちらのもの。その罪悪感で勝手に首が縦に振らせるのだ。
「まぁ、事の真実は陛下に直接確認すればよいでしょう」
確認できれば、の話だけど。
事前にそう決まっていたのだと言ってしまえば、彼らに反論できる材料はない。
下手すれば彼らが陛下に弓引く逆賊となるのだから。
まぁ俺もそんなこと言われた記憶ないけどね!!
戦闘部隊が効率よく戦える環境を整えるのは兵站局の仕事だから許せ。
「ダウニッシュさん。どうやら彼らは納得したようです。進めてください」
「あ、あぁ……。では救出作戦だが、まず現在わかっていることを開示してくれ」
彼の言葉と共に、魔王軍戦闘部隊の面々、とくに若い魔族が情報を出す。彼らが情報開示を渋るということは見たところしなかった。
なんだかんだ言って、彼らも陛下に忠誠を誓っているということかな?
さっきまで反論していた輩は口を尖らせたままというのを見ると世代間の意識の差と言うのもあるのだろうか。まぁいいや。
開示された情報を基に、書記係が会議室の真ん中にある大きな机の上の大陸地図に、魔王陛下を含めた親衛隊や相対する人類軍の推定位置などを書き込む。
その脇で、俺らは情報を共有する。
「現在陛下はここ、ハイヴァール陣地にいることがわかっている。陣地は既に壊滅状態で放棄されているが指揮系統は辛うじて保たれている」
「だが戦傷者の数が如何せん多い。戦闘は不可能だろう。指揮系統を保っていることが奇跡に近いとしか言いようがない」
「しかし今は危急の時。彼らにも戦線に参加してもらいます。偵察くらいはできるでしょう。戦傷者の治療についてはどういう状況ですか?」
「現在、守備隊附きの野戦病院が稼働していますが、容量を超えています」
「では戦時医療局麾下の医療隊を向かわせよう。飛竜を使えばすぐに到着するはずだ。ガブリエル局長、手筈を」
「畏まりました。魔王陛下や麾下の親衛隊の治療も考慮して、四個中隊を陸と空に分けて現地に派遣します」
「頼む」
天子族のガブリエル局長が部下に素早く指示した。やっぱり、彼は優秀だ。
こうなったら負けていられない。俺も近くにいた部下に指示して、必要な医療器具や薬品を手配するよう頼んだ。
また如何なる事態があってもすぐに用意出来るようにしろと指示を出す。陛下はどんな傷を負っているか、まだわからないからだ。
その脇で、ダウニッシュさんは会議を進める。
「肝心の人類軍の出方だが、どうなんだ?」
「情報不足としか言いようがない。飛竜による偵察も覚束ないほどだ。空域は完全に人類軍が握っている」
「一時的にでもいい。陛下救出時に制空権を確保できないと何もできん」
「稼働可能な全飛竜隊をハイヴァールに向かわせる。だがそれでもできるかどうかわからんぞ」
「できるかできないかじゃない。やるしかないんだ」
「精神論などどうでもいい。具体的な戦術論を話してくれ」
「……では興味深い報告がある。ジルジッソ砦所属の偵察飛竜隊が人類軍の鉄竜に襲われた時、高度を下げたところ追撃を免れたそうだ。どういう理由で諦めたのかはわからんが、もしかしたら逃亡だけでなく浸透にも使えるかもしれん」
「なるほど。なら可能性はあるな。しかし低空飛行となるとかなりの練度が必要になるな……」
「では魔都防衛の飛竜隊も向かわせよう。出し惜しみもなしだ」
「人類軍地上部隊に対する防御はどうする? 飛竜隊だけでは止めきれんぞ」
「周辺陣地にある全ての地上戦力・魔像を投入するしかあるまい。別方面でも攻勢を仕掛けて敵方の戦力を少しでも分散させる。それと魔像の現地生産が可能な魔術師を集めて頭数を確保する。総力戦だ」
「物量に任せて力押しかね?」
「物量作戦も立派な戦術だ。問題は……」
そう言ったところで、全員が俺のことを見た。不意にそんなことをされると困る。
つい素っ頓狂な声が出てくるところだったじゃないか。
あぶねえあぶねえ。
「……補給が滞らなければ、の話だ」
あぁ、そのことね。
ハイヴァール周辺陣地にある魔像の種類は、削減を始めた今でも膨大。
前線を支える貴重な存在である魔像はおいそれと削減できないのが実情だ。だからそれを動かすための魔石も膨大となる。
ハッキリ言って、兵站担当者としてはやりたくない仕事だ。
今までの魔王軍だったらそのような大規模かつ効率的で的確な補給活動なんてできなかっただろう。
だから俺は正直に言う。
「あるよ」
兵站局が扱う魔法の一言。検事さんもビックリである。
「そのための『兵站局』です。信用してください」
なんのためにこの一年頑張っていたと思っている?
こういう時に頼られるために決まっている。
会議に同席していた輸送総隊司令官のウルコさんも、俺に続いた。
「事態は急を要します。通常の輸送では間に合いません。前線に向かう魔都の飛竜隊にも輸送を手伝わせて魔石を緊急輸送させてください」
「いいだろう。許可する。輸送隊と兵站局は魔都防衛隊と協力してハイヴァール陣地へ必要な魔石を緊急輸送させよ」
「ハッ、直ちに」
俺はソフィアさんらに向き直って指示を出そうとした時、ダウニッシュさんが「そうだ」と言ってから追加の注文をした。
「あとひとつ、頼み事をいいか?」
その注文はちょっと意外なものだった。
でもその理由を聞いたら、納得のいくものだった。
なるほど、親衛隊というのはやはり規格外の生き物らしい。俺はその注文を受け入れた。
それと共に、こっちも注文だ。
「では私からもひとつ提案が」
「なんだね?」
今回の陛下救出作戦が総力戦だと言うのなら、暇してる奴も引っ張り出すべきだ。
「開発局にも、戦線に参加してもらいましょう」
みんな、レオナを泣かしに行くぞ。